教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

4/1 BSプレミアム ヒューマニエンス「"死" 生命最大の発明」

死とは何であるか

 どんな金持ちでも権力者でも等しく避けられないのが死という宿命。人間はこの死を避けようと必死になるが、その一方で人類という種を考えた場合、死は種全体の進化と新陳代謝のために不可欠なものでもある。ガン宣告を受けたスティーブ・ジョブズは「死は生命最大の発明」だから避けるべきではないと語ったらしいが、なおなおそう達観できるものではないが、それ自体は真実である。しかしこの死というもの、実は未だに良く分かってない部分がある。

 昔からよく議論になるのは、何をもって死と定義するか。昔は心臓や呼吸が止まって瞳孔反射がなくなったら死んだとしていたが、それも医学の進歩でおかしくなってきた。また実際に死んだと宣告されていても後になって復活する例なんかもあったことから、死亡宣告をされてから24時間は埋葬や火葬を禁止するように法律にもある。意外にも生と死はグラデーションであるのだという。実際に延命措置を施されていた患者が生命維持装置を外すと、心拍と呼吸は間もなく停止するが、脳の神経細胞の反応は急激に高まるのだという。死亡して4時間経った豚から脳を取り出し、そこに人工血液と神経細胞を保護する薬剤を循環させると、前頭前野などの脳の一部の活動が再開し、最大6時間神経細胞の働きが持続したという。どうやら今は亡き丹波哲郎が言っていたように「あの世とこの世は陸続き」のようである。

 

細胞レベルでの死まではタイムラグがある

 この脳細胞の急激な反応は脳細胞が死ぬ過程であるという指摘をゲストがしていたが、実際に心拍と呼吸が停止しても、細胞レベルではまだ死んでいないのは「はたらく細胞BLACK」などでも登場していたが、実際にその通りである。この番組では触れていないが、死人の爪や髪が伸びるというのは普通にあると言う(どちらかと言えばダークサイドミステリーの範疇になるが)。ちなみに心肺が停止してもそこで蘇生されれば生還するが、いわゆるこういうのが臨死体験だが、それを体験した者の多くが幸福感があったと言っているらしいが、これは脳内麻薬であるエンドルフィンが出ることで起こっているのだという。

 

生物学的に見た死のメカニズム

 では生物的に死とはどういうシステムなのか。京都大学の石川冬木教授によると、寿命は仕組まれたもので、それにはテロメアが絡んでいるのではないか考えられているという。テロメアとは細胞内のDNAの末端にあるキャップのような部分であり、細胞分裂の度にここが短くなるという。そしてある程度より短くなると細胞分裂が起こらなくなる。こうして細胞が老化して能力が低下、死に向かうことになる。

 このテロメアが修復できれば不老不死が可能ではないかと研究が行われた。しかしマウスの皮膚でテロメアを修復する働きを促したら、皮膚の老化は防がれたがガン化するという現象が発生した。明らかに不老不死を拒むシステムが存在しているのだという。テロメアはがん細胞が登場する前に分裂を防ぐ能力を持っているのだという。なおテロメアが短くなるスピードには個人差があり、紫外線や飲酒、喫煙などの生活習慣さらにストレスなどが影響するという。

 

有性生殖が死を産んだ?

 しかし人間の体内で一カ所だけテロメアが短くならない場所があるという。テロメアを修復する酵素にテロメラーゼというものがあるが、通常はこれが働かないようにロックされているのだが、生殖細胞だけはこれが働くようになっているのだという。だから生殖細胞だけはまっさらな状態で生成することになる。生殖細胞はずっとそのまま引き継がれる一種の不死の存在であるといえる。次の世代を産むのは有性生殖で多様性を作り出すことであり、次の世代は前の世代よりも優れていると考えられるため、生物は次の世代に引き継いでくることになるのだという。つまりは有性生殖が死を産んだと言えるという。

 もっとも老いた者は退場して次の世代に譲れという単純なものでないのが人間だという。ほとんど生物は生殖能力を失うとすぐに寿命が来るのに隊し、人間は生殖器が過ぎてもそこから長い寿命を持つ。これには生物的に意味があると考えられるという。この意味を考える仮説には「おばあちゃん仮説」というものがあるという。人は残った能力を子孫の世話に振り分けるのだという。次の子孫に知恵を伝えたり、育児をサポートするなどのために存在しているのだという。となれば年寄りの知恵は侮ってはいけないということになる。

 

寿命を延ばすための人工冬眠技術

 個体の死は生物としては大した意味がないという。とは言うものの、死にあらがおうとするのが人というものである。そこで人間の寿命を延ばす方法が検討されているが、その一つとしてSFなどに出てくる人工冬眠がある。筑波大学の櫻井武教授は、マウスの脳内のQニューロンという神経細胞群を刺激することでマウスを冬眠状態にすることに成功したのだという。冬眠状態になると代謝が低下することになる。これを救急医療に応用すること考えているという。怪我などの際に体内活動を抑えることが出来れば身体の損傷を抑えることが出来、不慮の死を減らすことが出来るのだという。

 そう言えば冬眠とは違うが低体温療法というのを聞いたことがある。身体を低温の水に浸して、さらには胃中にも低温の水を流し込んで身体全体の体温を低下させることで、脳の損傷などを防いで治療するという方法である。それのさらに確実で効率的な方法だと考えられるだろう。

 

 以上、人間にとって死とは何かという話。不老不死が実現したらどうなるかという話があるが、ゲストのいとうせいこう氏は「絶対に飽きちゃうから不老不死は御免」と言っていたが、それは同感。もっとも現在の私のように老化による体力低下で四苦八苦していたら、不死はともかく不老はあっても良いかなという気はする。理想を言えば、不老で長生きしたところで「もうそろそろ生きていくのもしんどくなったな」と考えたら、そこでポクッと行くというものだろう。まあ同じ考えの人間は少なくないようで、実際にポックリ寺は全国に結構あり、長野の善光寺などは「ピンピンコロリ」がキーワードになっている代表的なポックリ寺である。

 まあ私も人よりも早く死にたいとも思わないが、現在のようなクソゲーか何かの罰ゲームのような人生を延々と続けるのだったら、適当なところでポックリ行った方が良いんじゃないかなんて気はする。幸か不幸か私が突然にポックリ逝っても悲しむ者は決して多くはないし。

 ところでおばあちゃん仮説なるものが登場しましたが、人間が生殖能力を失って以降も余命が長いのは単に医療の進歩で寿命が延びただけの気もするのですが・・・。昔は人間の寿命なんてせいぜい50年程度で、それこそまさに閉経の時期だったような。そう言えば「閉経した女性は生物学的に生きている価値はない」とぬかして問題になったのは、自分自身が老害の象徴でまさにもっとも生きている価値がない人間の一人だった石原慎太郎だったな。

 今回から番組司会が井上あさひアナに変更になったが、どことなくやりとりがギクシャクした感があるのは、まだ織田裕二氏との呼吸が掴み切れていないのか。彼女は相変わらずのどことなく肩に力が入ったところがあり、なぜか見ている者も妙に力んでしまうところがある。この辺りがもう少し自然に出来るようになったら、彼女も大成するんだが。

 

忙しい方のための今回の要点

・生と死は実はグラデーションであり、どこからが死かははっきりしていない。実際に心拍が停止して呼吸も停止、瞳孔反応が消失してからも復活したという例は存在する。
・また延命装置を停止したら、心拍と呼吸はすぐに停止するが、脳神経の反応が急激に高まるという測定があり、また死亡したから4時間経った豚の脳に人工血液と細胞の損傷を防ぐ薬剤を循環させたら、脳機能の一部が復活し、その状態が6時間続いたという研究報告も存在する。
・生物の寿命はそもそも仕組まれたものであるという。DNAの末端にテロメアと呼ばれる部位があり、細胞分裂ごとにここが短くなり、ある程度短くなると分裂が停止して細胞は老化して機能低下することで死につながるのだという。
・このテロメアを再生できるようにすると、老化はしなくなったがガン化してしまったという。テロメアはガンを抑制するシステムでもあるのだという。
・一方、生殖細胞だけはテロメラーゼという酵素の働きでテロメアが無限に再生されるようになっていると言う。そうやってまっさらな状態の細胞を次世代に引き継ぐようになっているのだという。
・そもそも有性生殖する生物は、次世代の方が環境に適応した優秀な個体である可能性が高いことから、次世代に引き継いで前世代は退場するようになっていると考えられる。
・ただし人間だけは他の生物と違い、繁殖能力を失ってからの寿命が長い。これについては生物学的には残った能力を子孫の世話に振り分けるために存在しているという「おばあちゃん仮説」が存在する。
・人間の延命法として人工冬眠が研究されている。代謝を極限まで落とすことで身体の損傷を抑えて救急治療などを行うことで不慮の死を減らせるのではないかと期待されている。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・まあ生物学的に考えたら、種全体を生かすためには個体の死というのは重要であるという話です。
・もっともこう言うと、だから戦争などでお国のために命を捨てるのは生物的に当然というように曲解しようとする輩がいるんですが、あれは根本的に間違いがある。というのは、お国のためといっているお国の中身とは基本的に権力中枢に座っている老害連中のためであり、そのために若者の命を使い捨てにするのが戦争なので、生物学的に言えばあれは種にとってはもっとも有害な行為になります。ですから種にとって合理的な戦争をしようと思えば、戦争を決定した指導者同士がどつき合いして決着をつければ良いんです。

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