教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

4/8 BSプレミアム ヒューマニエンス「"がん"それは宿命との戦い」

がんは多細胞生物の宿命

 がんと聞けばもう助からない病気というイメージは未だに強い。しかしそもそも人はどうしてがんを発症するのかというのは未だに研究中の部分が多い。そもそもがんとは一体何なのか?

 人類のような多細胞生物は多くの細胞が秩序をもって働くことによって生きている。しかしそんな中でがん細胞とは増殖に歯止めがなくなってしまった細胞であり、他の細胞を押しのけてそのエネルギーを奪ったりしながらひたすら増殖することで生命を危機に陥れる。しかしがん細胞自体は一種の不死の細胞とも言えるという。実際に70年前に子宮頸がんで亡くなった女性から採取されたがん細胞が今でも研究に使用されているという。

 がん細胞の研究から1976年、ようやくがんを引き起こす遺伝子が発見された。その遺伝子はがんの原因としてがん遺伝子Srcと呼ばれた。その遺伝子は鶏から発見されたため、当時はウイルスによって感染したものと考えられていた。しかし研究が進む内に2年後にはSrcは本来人類が持っている遺伝子であることが分かったという。

 ではSrcとはいかなる働きを持った遺伝子であるかであるが、これは細胞分裂及び新陳代謝に関係している遺伝子であると言う。また受精の際に卵子の表面に取り付いた精子が卵細胞の中に入る際にも重要な役割を持っていることが分かった。実際にSrcの働きを停止すると卵細胞の表面に達した精子が細胞中に入り込むことが出来ないことが分かった。つまりSrcとは我々の生存に不可欠の働きを持っているのである。

 

がん発生のメカニズム

 かつて地上に繁栄した恐竜もがんの運命からは逃れることが出来なかった。実際にがんに冒された恐竜の化石が発見されているという。また東京大学の野崎久義氏の研究によると、ボルボックスという植物プランクトンは512個の細胞で構成されており、新陳代謝を繰り返して生きているが、正常な個体ではがん遺伝子は細胞増殖を促すアクセル遺伝子として働き、一方で増殖が進みすぎないように抑制するブレーキ遺伝子とバランスを取っている。この両者のバランスで細胞数は常に512個前後で秩序を保っている。しかしアクセル役の遺伝子が変異を起こすと異常増殖が行われて、体細胞ががん化する。多細胞生物にとってがんとは宿命なのだという。

 細胞が増殖する時に遺伝子がコピーされるが、25000の遺伝子がコピーされる過程で100~200のコピーミスが発生するという。これは進化のためのフレキシビリティでもあるのだが、これがアクセル遺伝子に起こると制御が効かなくなってしまうのだという。紫外線や活性酸素、喫煙、飲酒などが影響すると考えられるという。

 

がん抑制のための研究

 京都大学大学院の藤田恭之教授は、我々の体内で毎日数百から数千のがん細胞が発生しているのではと推測している。それでもなかなかがんにならないのは、がんの初期である細胞を回りの細胞が察知して取り除いているからということを発見した。初期のがん細胞の違いを周囲の正常細胞が何らかの方法で察知して排除してしまうのだという。免疫細胞でないこのような通常細胞ががんを防ぐメカニズムを持っていたことが分かったのは画期的である。この効果からがんを診断したり、さらには防止するなどの医療への応用も考えているという。

 また世界の研究者が注目している動物が象である。象は人間の40倍もの細胞数を持っているにもかかわらず、がんで死亡する確率は人間の1/4である。象の細胞には強烈ながん抑制因子を持っていると考えられる。がん抑制遺伝子は数百以上あるとされているが、その中でもっとも効果の強いp53を人間は細胞につき1組しか持たないのに対し、象は20組も持っているのだと言うことが判明したという。

 この結果を見ると、人間もp53遺伝子を増強させるなどを行えばがんを防げると短絡的に考えそうだが、実際にマウスでの実験では、短命化や成長の抑制が起こってしまったという。そもそもがん遺伝子は細胞増殖や新陳代謝を促す遺伝子であるので、抑制しすぎるとそこに問題が生じるのである。結局はどこかに最適のバランスがあるはずだと言うことになる。だから異常になったp53を正常に戻す薬の開発が進められているという。

 

免疫細胞を利用したがん抑制

 さらに免疫とがんの関係も見直されている。ノーベル賞を受賞した本庶佑氏の研究は免疫細胞の研究である。がん細胞を発見するとT細胞がそれを攻撃する(この時にパーフォリンを使う)。いわゆるキラーT君のパーフォリンキャノンパンチという奴である(参照:「はたらく細胞」)。しかしT細胞には体内の細胞を攻撃させないための攻撃停止スイッチがあり、がん細胞は巧みにそのスイッチを入れることで生き延びるのだという。これを阻害するのが免疫チェックポイント阻害剤であり、これが本庶氏の研究成果だという。これを使用するとT細胞はがん細胞を攻撃できる。この薬品は日本で承認されて10種類のがんに対して全世界的に使用されている。

 

 以上、がんについて。つまりはがん細胞が発生することは避けられないので、それが大きくならないうちに退治する体内のシステムを活性化するためには、健康的な生活を送って体力を保つということしかありませんという結論になるような。もっとも現代はかなり選択肢が増えているので、昔に比べると治療法は増えて延命率は劇的に上昇している。そういう点でかつてのような宣告されたらその時点で人生終了の不治の病ということではなくなってきている。

 ところで体細胞ががん細胞を発見してそれを排除する作用をするのが発見されたと言っているが、これって逆に転移を促す原因にならないかと気になったのであるが・・・。

 

忙しい方のための今回の要点

・がんは細胞の増殖の抑制が効かなくなる症状であり、がん細胞は増殖し続けるので一種の不死の細胞だという。
・がんを発生させる遺伝子が解明されたが、それは細胞の増殖や新陳代謝、さらには精子の卵子への進入に関与する遺伝子であり、生体に不可欠の遺伝子である。
・細胞の増殖についてはアクセル遺伝子とブレーキ遺伝子があり、これらの働きのバランスが崩れるとがんが発生すると考えられる。なおそのような異常が発生する原因は細胞分裂時の遺伝子のコピーミスが考えられる。
・しかし体内にはがん細胞が発生した時に周辺の細胞ががん細胞を押し出す働きを示すことが発見された。この効果をがん発見や予防に利用しようという研究もなされている。
・また象は巨大な身体にもかかわらずがんが発生しにくいことで知られている。ゲノム解析の結果、人間では1組しかないがん抑制のp53遺伝子を象は20組も持っていることが判明した。
・p53遺伝子を強化したらがんが抑制できるように思えるが、単純にp53を強化したら成長や新陳代謝まで抑制されて短命化してしまう。すべてはバランスが重要である。現在は異常を起こしたp53を修復する薬の研究がなされている。
・がん細胞を攻撃するT細胞に対して、がん細胞はその攻撃を停止させるスイッチを入れるタンパク質を有している。そこで本庶佑氏がそのスイッチをカバーする薬を開発した。この薬は現在世界中で10種のがんに対して使用されている。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・まあ多細胞生物の宿命というのは事実でしょうね。多細胞生物である以上、細胞増殖による細胞の新陳代謝は不可欠なのですが、そこに一定の比率のエラーが発生するのは避けられないようですから。結局はすべて何でも共通するのは、トラブル発生時にそれが大事にならないうちに早期に対処できるかということになります。そのために日頃から健康に留意しておくということのようです。

次回のヒューマニエンス

tv.ksagi.work

前回のヒューマニエンス

tv.ksagi.work