教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

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1/16 BS-TBS にっぽん!歴史鑑定「明治の元勲 山県有朋は悪役だったのか?」

下級藩士から明治維新で台頭した山県有朋

 総理を2度も務めて亡くなった時には国葬までなされたが、参列者は軍関係者ばかりでわずかに1000人ほどだったという明治の元勲の山県有朋。あまりのしょぼさに顰蹙を買ったらしいが、山県の不人気ぶりが際立ったという。しかし山県は本当に悪役だったのかについて迫る・・・とのことですが、実際に山県は悪党です(私の見解)。と言ってしまっては身も蓋もないので番組の内容を。

 山県有朋は萩城下で長州藩士で下級役人の家に生まれる。少年時代は学問や武術に励んだという。しかし下級武士なので要職につける可能性はなかった。しかし動乱の時代が彼にチャンスを与える。京都派遣のメンバーに選ばれたのだという。この時の同志でライバルだったのが伊藤博文だという。この京都で山県は尊皇攘夷思想に触れて、帰国後は松陰の松下村塾に学ぶが半年後に松陰が斬首されることになる。またそのすぐ後に父も亡くしたという。早くに母を亡くしていて、自分を育ててくれた祖母も自分が28才の時に自害するという経験をしてるので、この辺りが猜疑心の強さにつながったという分析もあるという。その一方で律儀で真面目な性格ではあったという。

 山県は奇兵隊に参加して討幕の急先鋒になり、京都で西郷隆盛とも出会って意気投合する。その後、日本は明治新政府の時代となり、1869年にヨーロッパ視察をする。山県は軍の整備に活躍することになる。

 

 

陸軍を巻き込んだ大スキャンダルの山城屋事件

 しかしその山県にスキャンダルが持ち上がることになる。その最大のものが陸軍省が絡む汚職事件の山城屋事件である。これは元奇兵隊員で山県の部下から貿易商となっていた山城屋和助が起こしたもので、山県の後ろ盾による軍需品の納入で莫大な利益を上げて豪商となっていた山城屋が生糸相場の投資で大失敗したことがキッカケで起こる。実はこの投資していた金が山県が貸し付けた陸軍の公金であった。ここで山県は救済の為にさらに資金を貸し付ける。しかしこの資金でフランスの商人と直接取引の為に渡仏した山城屋がパリの歓楽街で豪遊し、不審に思った駐仏公使が外務省に報告して調査すると、豪遊資金の出所は陸軍省で、さらに貸付金総額は65万円(現在の価値で130億円)に及ぶ(国家歳入の1%)ということが判明した。また山県が貸し付けの見返りにワイロをもらっていた疑いも浮上、これに薩摩閥が激怒して山県排斥に動く。ここで西郷が山県に手をさしのべて、近衛都督を辞めさせることで責任を取らせて手を打つことになる。なおフランスから帰国した山城屋はすべての書類を焼却してから陸軍省で割腹自殺する。

 この件に関して番組では、証拠が残っていないので山県が汚職に絡んでいたとは言えず、これで悪役のレッテルが貼られたとしているんだが・・・いやいや普通に考えて、まず山県はもろに汚職の中心だろ。でなかったら、山城屋が証拠の書類をすべて焼却した上で割腹自殺なんてことにはならない。恐らく山県に累が及ぶことをさけるためにすべて被せられたのは明確。そもそも長州閥は公私の混同が激しく汚職が続出だったのは有名なところで、ちなみにその風土は現在の安倍晋三にまで連なっている。

 

 

軍の整備に努めて明治の元勲として権力を奮うが

 一方で山県が進めていたのは徴兵制だった。しかしこれは士族の反発を受けることになる。この反発は西郷が抑えて徴兵制が導入されることになる。山県はこの混乱と先の山城屋事件責任で陸軍大輔を辞任するが、西郷の後押しで初代陸軍卿に就任する。そして日本陸軍の基礎を築く。ただしこの間に西南戦争が勃発、西郷と戦う羽目になってしまう。山県は西郷を死に追いやる結果となってしまう。

 1889年に総理大臣となった山県は、藩閥政治を維持して政党政治を否定する。山県は政党政治家は私的な利益を求めて国家全体を考えていないと見ていた・・・と言うんだが、これは逆で山県が私的な利益を追求するには藩閥の要人馴れ合い政治の方が都合が良かったってことだろうが。

 その後に陸軍大将となった山県は教育勅語を制定する。そして伊藤と共に明治天皇の信任を得るのだが、伊藤内閣の時に日清戦争で暴走して大本営の指令に反して独断攻撃を行ったとのこと。これについては前線による独自の判断としているが、これについてはどうなのかは知らない。

 そして1898年に元帥となった山県は山県系官僚閥を形成することになる。そして政治に対する考えの違いで政党政治を目指す伊藤と対立することになる。伊藤は政党内閣を結成するが政党間の対立で瓦解。その後は山県に近い軍人出身の桂太郎内閣が発足する。この桂内閣がロシアとの対立を進めることになる。そして日露戦争が勃発山県は参謀総長として総指揮官を務める。日本は戦勝したものの賠償金が取れなかったことに民衆の不満は爆発する。その一方で山県には勲章と年金1500円(今の価値で3千万円)が与えられ、公爵の爵位を与えられて栄華を極めることになる。

 しかし伊藤博文が暗殺されたとの報を聞いた山県はこれに大きな衝撃を受ける。そして時代が大正になりロシア革命が起こるとシベリア出兵の声が沸き上がる。これには山県は慎重で、アメリカに大陸進出を疑われないように協調する路線を取ったという。また大正デモクラシーの中で原敬の政党内閣が成立、ここで山県は遅ればせながら政党政治を認めて原内閣の後見人を務める。しかしその原も暗殺されてしまう。原を慰留したことで暗殺されたと考えた山県は衝撃を受け、翌年にこの世を去る。

 

 

 以上、番組の主旨は山県は様々な事情で悪役にされてしまっているがそうではないという主旨なんだが、やはり私の判断では山県は悪役ではなくて悪党だったというものである。少なくとも長州閥の汚職の親玉と見ている。晩年には軍部の独走を抑えたとか言っていたが、その暴走する軍部を作ってしまったのも山県であり、自分が作った組織を抑えきれなくなりつつあったのではという印象を受ける。

 まあどんな人間でも両面があり、取り上げ方によっては評価は変わるところ。まあ山県を擁護する声が上がっても不思議ではないが、この時代にあえて山県を再評価となると、むしろ胡散臭いものを感じてしまうところである。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・山県有朋は国葬時にも参列者は軍関係者1000人だけと不人気が際立っている。
・山県の不人気の一因となっているのは山城屋事件。軍の公金が山城屋に大量に貸し出された挙げ句に相場投資の失敗で焦げ付いた事件である。山県は山城屋からワイロを受け取っていた疑いがあるが、山城屋が書類をすべて焼却した上で自殺したので真相は不明である。
・山県は軍の改革を進め、徴兵制の導入も行っている。
・山県は後に総理になるが、あくまで藩閥政治を支持して政党政治には非常に否定的であった。
・また日清戦争の際には前線で大本営の指令を無視して攻撃を行ったと言われている。
・日露戦争では参謀総長を務め、戦後には勲章と年金を得た。

 

忙しくない方のためのどうでもよい点

・今回の番組の主旨は「山県有朋はボロクソに言われるほどの悪人ではない」なんだが、やはり私の目にはどこからどう見ても悪人にしか見えませんね。まさに今日の長州閥の汚職の原点に連なっているとしか見えん。

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