教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

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1/31 BSプレミアム ヒューマニエンス「"毒と薬"その攻防が進化を生む」

毒を薬として使用するのはヒトだけではなかった

 毒と薬、一見相対する物質のようであるが、実際は毒が使いようでは薬になったりなど、実は化合物としては差がなく、量の問題だけであるという指摘もある。この毒と薬、これもヒトの進化に大きく影響した要素であるという。

 「良薬口に苦し」などと言うが、これが身体に良いと知っているヒトは、あえてその苦い薬を摂取する。このようなことをするのは知恵のあるヒトだけだと思っているだろうが、実はそうではないという。タンザニアの野生のチンパンジーが毒草であるベルノニアの茎を食べる行為が確認されているという。このベルノニアは葉にはかなり強い毒があるのでそのまま摂取するのは危険だという。またこの茎もかじってみるととんでもなく苦いので、ヒトと味覚が類似しているチンパンジーが好んで摂取するものとは思えないという。

 ではなぜそのような毒草をチンパンジーが摂るか。それはチンパンジーがこれを摂る時期が寄生虫が増加するシーズンと重なっていることから分かるという。つまりはチンパンジーは毒のあるベルノニアを虫下しとして使用しているのだという。実際にベルノニアを摂取したチンパンジーでは糞便中の寄生虫の卵の数が大幅に減少するという。チンパンジーがこのような習慣をどうやって身につけたのかは謎であるが、この習慣はどうやら子に伝えられているらしい。また他の地域のチンパンジーでもあえて毒のあるものを摂取することは見られており、やはり何らかの目的があると考えられるとのこと。なおこのようなことはチンパンジーに限らず、マメ科の植物の毒を使って鎮痛効果を得るマレーゾウや、やはり毒を虫下しに使用するタテガミオオカミなどが存在し、ヒトリガの幼虫は寄生するヤドリバエの卵を殺すのにセリ科の植物の毒を使用するという。

 

 

自然界の毒を利用してきた人類

 創薬した薬を使用するのはヒトの特徴だが、そのヒトの薬もそもそもは毒から発祥している。画期的薬であるペニシリンは青カビが作り出す毒である。ペニシリンは細菌の持つ細胞壁を破壊する能力があるので、細胞壁を持たないヒトの細胞にはほぼ無害という特徴がある。一方、抗がん剤なども自然界の毒が使用されているが、これはがん細胞が正常細胞よりも増殖が早いという特徴を利用して、その増殖を阻害するという方向で開発されているので、同じく増殖の早い毛根の細胞も攻撃されて脱毛という副作用が起こることになってしまう。ガンの発生メカニズムが解明されれば、もっとがん特有のプロセスに直接働きかける副作用の少ない分子標的薬の開発が可能となるかもという。

 なお自然界でもっとも多くの毒を作っている生物は被子植物だという。被子植物は受粉のために昆虫などをコントロールするための化学物質や、さらには食害に抵抗するための毒物などを合成する能力を持っている。これらの毒の多くはアルカロイドと呼ばれる化合物である。また人類はこれらの毒を使用している。例えばトリカブトの神経毒はアイヌの人々によって毒矢の材料として使用されている。またマリーゴールドの持つ強い酸化作用を持つ物質は線虫の駆除などに効くので、畑の防虫に使用されている。

 

 

毒を取り込み続けている人類

 またヒトは進化の過程において毒を積極的に味わうようになったという。猿は葉っぱを食べるが毒のある葉っぱを見わけているのは舌。苦味受容体の遺伝子であるTAS2Rが鍵を握っているという。霊長類のTAS2R遺伝子の数を調べると、小型霊長類が20個前後だが、それに比べるとヒトやゴリラやチンパンジーなどは数が多い(ヒトは26個)。苦味受容体が進化することによって様々な毒性を感知できるようになり、強い毒を避けるということを行えるようになったのだという。しかしヒトに至る進化を見ると、700万年前の最後の分岐の段階でチンパンジーよりも2つ減少しているという。これは知恵を持って知識を伝えることが出来るようになったことで、感覚だけに頼らなくても済むようになったのではなどと推測されている。ヒトは歴史の過程で何か毒を許容する方向に行ったのではないかという。

 さらにヒトは新たな毒を発見し続けなければいけないジレンマに陥っている。その原因は薬剤耐性菌抗生物質を乱用すると耐性菌が発生して感染が広がってしまうという状況が現在発生している。それに対して帝京大学准教授の浜本洋氏は各地の土壌のサンプルを集めて、そこから薬剤耐性菌に対抗できる菌を探している。その浜本氏が発見したのが、ライソバクター菌から分泌されるライソシンEという抗生物質。この抗生物質は菌の細胞壁でなく細胞膜を標的にするのだという。さらに菌に特有の物質を狙い撃ちし、その殺傷能力はかなり高いという。現在はこれの実用化を進めながら、さらに新しい菌の探索を続けているという。ただこれにしてもいずれは耐性菌が登場するのは宿命であり、いたちごっこではあるという。

 

 

 以上、ヒトにとって重要な毒と薬。ペニシリンの登場で細菌を征圧したかと思われていた人類だが、敵も然る物でしっかりその対抗手段を打ち出してきた。進化のスピードで考えると、残念ながらこの勝負は最終的にはヒトの方が分が悪そうである。

 なお基本的に苦味とは毒を示す味であるので、子供が苦い野菜を嫌うのは本能のようなものである。それが様々な学習によって解消されていくのだから、子供が嫌がる野菜を無理強いしない方が良いというのが私の考え(昔ガッテンで「子供は青ピーマンなんて食べなくても良い」という話があった。甘くて食べやすい赤ピーマンを食べとけば良いと言う内容。)。子供の頃に食べなくても身体が必要とするようになれば自然に食べるようになるというのが、子供の頃には野菜がほとんどダメだった私の体験談。なお大人になっても食べられないようなものは、多分一生食べなくても問題のないものだろう。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・苦い薬をあえて摂取するのは知恵のあるヒトだけだと思われているが、実は自然界の動物でもチンパンジーが苦いベルノニアの毒を虫下しに使うなど、あえて毒を薬代わりに摂取する例は観察される。
・ヒトは創薬された薬を使うが、それらも元をたどれば自然界の毒が多い。例えば抗生物質ペニシリンは、青カビが他の菌を殺すための物質であり、菌の細胞壁を破壊する作用を有している。
・自然界でもっとも多くの毒を合成しているのは、実は被子植物である。彼らは受粉のために昆虫などをコントロールする物質や、食害を防ぐための毒などの様々な化学物質を合成しており、古来よりヒトはそれらを利用している。
・また霊長類は苦味センサーを司るTAS2R遺伝子を増やして、様々な毒を感知してなるべく毒の少ない葉などを食べられるように進化した。ただしヒトは700万年前にチンパンジーから分岐する際にTAS2R遺伝子が2つ減少している。
・抗生物質には耐性菌の問題があり、現在は新たな毒を探し続けないといけない運命がある。そんな中、菌の細胞膜を攻撃するライソシンEという新しい抗生物質が発見された。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・「毒と薬の違いは量だけ」という言葉が途中で登場したのだが、これこそまさに真理。人間が死なない程度の量の毒を使って、体内の寄生虫や細菌などを駆除するのが薬ってことである。また神経毒で痛覚を麻痺させたりなど、結局は薬とはいかに毒を上手くコントロールして使用するかという話に尽きる。

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