教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

2/1 BSプレミアム 英雄たちの選択「天明の打ちこわし 怒りの抗議が世を変えた!」

単なる暴動ではなかった打ちこわし

 江戸時代、天明の大飢饉から端を発して米価を中心とした大幅な物価高騰が発生し、ついに庶民が買い占めで米価をつり上げた商店などを打ち壊すという大騒動となった。この天明の打ちこわしについて。

 民衆は木槌や鍬などめいめいが武器を持って参加したが、一番良く使用された武器は鳶口という火事の時に延焼防止のために周囲の建物を引き倒すための道具だったという。また打ちこわしと言えば、暴徒化した民衆が商店を襲撃して略奪など乱暴狼藉を働くというイメージがあるが、実は打ちこわしの実態はそのようなものではなかったという。まず数人で家に入ると火の元を消し(火事を防止する)、打ちこわしはリーダーが打つ拍子木に合わせて整然と行動、再び合図が鳴ると一斉に休憩、次の合図で再び打ちかかるなど規律のあるものだったという。また店の道具は打ち壊すが店の人には危害は加えず、混乱に乗じての盗みも御法度で、盗みを働いた者がいたら即座に仲間内で打ち殺すという申し合わせまで存在したという。その打ちこわしをみた水戸藩士が「誠に丁寧、礼儀正しく狼藉にて御座候」という記述を残しているという。

 参加人数は「目に余るほど大勢」とされ、打ち壊された商店は1000軒に及んだという。参加者は日増しに増えて広がっていった。治安を守るために長谷川平蔵率いる与力や同心が出動したものの、あまりの規模に多勢に無勢で抑えようがなく、江戸の混乱は5日間に及んだという。暴動と言うよりは今日のデモに近いものだったのではないかという指摘もなされていた。

 

 

幕府の政策の失敗と腐敗が庶民に不満を抱かせる

 このような大混乱になった原因は、急激な物価高、特に米が4倍以上にまで高騰したからだという。これで江戸の庶民は生きていくことが不可能となった。そもそもの原因は天明の大飢饉による凶作で、幕府もこれに対して米穀売買勝手令を出して米の売買の規制を撤廃することで新規参入を促して米の流通量を増やそうとした。しかし結果としては投機目的で米を買い占めて価格つり上げを図る商人が登場することになる。幕府は米の買い占めを禁止する触れを出すが、全く効果がなく米価は上昇を続けた。商人は旗本と結託して法の網の目をくぐるなどをしていたという。このような不正への怒りも打ちこわしへとつながっている。打ちこわしのあった町の辻に木綿の旗が掲げられ、そこには「老中をはじめ町奉行や諸役人が結託して悪事を働いたため、その罪により打ちこわしを行った。もし幕府のが徒党のものを一人でも逮捕し罪を科すならば、老中や町奉行、諸役人を生かしてはおけない。そのための人数は何人でも動員するし、このことを厭うことはない。生活の成立を保障する政策を実施すべし。」と記されていたという。打ちこわしは正義であると謳ったのである。ここには為政者は庶民の暮らしが成り立つようにするべきという思想が溢れていた。打ちこわしは庶民にも支持されていたという。

 

 

幕府の庶民無視の対応についに怒りが爆発する

 1787年5月、江戸では家賃が払えずに長屋を追い出される町民が続出して飢えに苦しんでいた。その結果、橋からの身投げが増えて橋の往来が監視されると、今度は渡し船から身投げをする者が増えて渡し船が停止されることになった。困窮していた店子達は幕府によるお救い米を待望していた。享保の大飢饉の時に行われた施策である。店子達は町名主に町奉行に願い出るように嘆願した。しかし町名主達は町奉行から店子達が騒動を起こさないように監視するように命じられており、板挟みの状態となった。彼らは悩むが、5月18日結局は町奉行にお救い米の支給を願い出ることになる。

 しかしその頃の幕府では、前年の将軍家治の死去に伴う田沼意次の失脚から、田沼派と松平定信を担ぐ反田沼派が対立する事態となっていた。嘆願書が出されたのはそのような混乱の中であった。嘆願書に対する回答は「男性は米二合、女と子供は米一合を時価で売り渡す」というものであった。また米の代わりに大豆を食べることを奨励していたが、大豆もまた高騰していた。江戸の町民達の期待は完全に裏切られる。このお触れが出された日に米価は20%も上昇したという。さらに北町奉行の曲淵景漸が「昔飢饉の時に犬を食べたことがある。今回も犬を食え。」と言ったという話が広がる。これで町民達の怒りは頂点に達し、翌日に打ちこわしが発生する。

 5日間の大混乱の後、幕府は遅ればせながらお救い米の支給を決定する。さらに20万両を支出して商人から買い集めた米を安価で販売した。これで町人はようやく安堵する。町奉行の曲淵景漸は打ちこわしの責任を問われて解任され、さらに田沼派の重鎮で御側御用取次の横田準松が失脚、これで政治の主導権を反田沼派が握り、松平定信が老中に就任することになる。定信は米価抑制のための政策を打ち出し、地区ごとに米蔵を建てて備蓄をさせるなどの政策を打つ、これによってこの後の天保の大飢饉の時に江戸での打ちこわしは起こっていない。結局は打ちこわしが政権をも替えたのである。

 

 

 以上、封建時代の江戸時代でさえ、物価高騰に怒った町民が立ち上がって政権交代にまで結びつきましたよという話。明らかに今日の物価高騰に庶民が苦しんでいる時勢を意識しているのは間違いなく、明らかに「ここまで虐げられてお前達はいつまで黙っているんだ」という番組制作者からのメッセージが垣間見える。とは言うものの、現在の政権擁護が大原則のNHKではこれはギリギリの線だろうと思う。今でもNHKの現場には問題意識を持つ者は残っているが、そういう連中は上からの圧力で次々と左遷されている状況だという。というわけで、我々視聴者はこういう現場からの良心の発露のようなメッセージは受け取ってやる必要があるだろう。

 まあ実際に今の政府はこの時の幕府並(場合によってはもっとひどい)に庶民を虐げている。庶民が物価高騰で困窮しているのに、自分達だけは利権を優先して悪徳商人と癒着している。しかもこの困窮下にさらなる利権の拡大のために増税を目論む(幕府でさえここまではやっていない)という常軌を逸した状態。確かにこの状態で怒りもせずに、唯々諾々と「やっぱり自民でないと」なんて言っているのはバカの極みであり、江戸の町民でさえ「お前達、頭は大丈夫か?」と言いそうである。打ちこわしはデモのようなものだったと言っていたが、この後に及んでデモさえ起こらない日本は、確かに腐敗政治家共にとっては最高のユートピアである。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・天明の大飢饉に端を発した米価を中心とした物価の高騰で江戸の庶民は生活が破綻していた。しかも商人は米を買い占めて価格をつり上げた結果、米の価格は4倍にまで上昇する。
・幕府は買い占めを禁ずる触れを出すが、商人達は旗本と癒着して法の目をかいくぐった。
・店子の中には家賃が払えずに長屋を追い出され、飢えに苦しんで自殺する者が相次いでいた。
・彼らは幕府からのお救い米の支給を願い出るように町名主に嘆願する。奉行所と板挟みなった彼らだが町奉行にお救い米の支給を願い出る。
・しかし幕府は田沼派と反田沼派の争いの渦中にあり、町奉行は「米を庶民に時価で売り渡す」という町民の願いを無視した決定をする。その上に町奉行の曲淵景漸が「犬を食え」と言ったという噂が広がり、ついに庶民達の怒りが爆発、江戸で打ちこわしが発生し、混乱は5日間に続く。
・打ちこわしはただの乱暴狼藉ではなく、店の者への暴力や混乱に乗じた窃盗を禁じるなど統率の取られた抗議活動であり、町民の支持を得ていたという。
・結局、町奉行の曲淵景漸は打ちこわしの責任を取って解任、田沼派の重鎮も失脚して幕府では反田沼派が主導権を握って、松平定信が老中に就任する。
・定信は米価安定策をとると共に、町内の米備蓄を増やす。そのおかげで天保の飢饉では江戸では打ちこわしは発生しなかった。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・まああまりに上がひどすぎたら封建時代でさえ庶民は抗議活動をするってことです。それに比べて民主主義下のはずの今の日本人の体たらくと言えば・・・。

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