教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

2/14 BSプレミアム ヒューマニエンス「"再生"新たなるパンドラの箱か」

憧れの完全再生

 人間は手足を失うと義手・義足で補うしかない。しかしイモリのように手足を失っても生えてくる動物もいる。同じことを人間では出来ないのか? 現在iPS細胞の登場で再生医療が注目され始めているが、それが何をもたらすか。

 人間はイモリのように手足が再び生えてくるということがないが、それは意図的に再生を封印しているとも言えるという。人間は傷をするとかさぶたが出来て皮膚が再生するが、実はこれは完全な再生ではないという。表皮は再生するものの、その下の真皮にまで傷が及んでいる場合はこれは修復しない。だから深くて広い傷の場合は傷跡が残ることになる。これに対してイモリは前足が切断しても数ヶ月で再生し、しかもこれは生涯を通じて何度でも可能である。これを司るのが幹細胞。あらゆる臓器に進化可能という万能細胞である。受精卵からまず全細胞に変化できる多能性幹細胞が生成し、そこから各臓器に分岐した組織幹細胞が生成する。イモリが再生に使っているのはこの組織幹細胞だという。足を失った時にこの組織幹細胞を生成するのだという。

 ちなみにイモリの再生能力については以前にサイエンスZEROでも紹介している。

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再生能力を封印したヒト

 この組織幹細胞はヒトにも存在する。ではなぜヒトでは再生できないかだが、イモリでは傷が出来た時にかさぶたが出来ずに皮膚が伸びてきて傷口を塞ぐ。この時に背側と腹側の皮膚が接触することがシグナルとなって、組織幹細胞が大量に生成して、それが再生を始めるのだという。これに対してヒトはかさぶたが出来ることで皮膚がくっつくのを妨げるので再生を抑止してしまうのだという。ヒトがこのようなメカニズムになったのは乾燥した地上で暮らすために、乾燥による細胞の死滅を防ぐために即時に傷口を塞ぐ必要があったのだという。これに対して水場で暮らすイモリは、皮膚が閉じるまで3時間かかっても問題がないので再生が可能なのだという(と聞くと、人間も傷口を水に漬けていたら再生するのか? とか頭に浮かぶが残念ながらそんなに単純なものではない)。

 再生に制限のある我々の細胞だが、その中で全く再生できないのが心筋細胞。我々の心筋細胞は再生が不可能なので、生まれた時に得た心筋細胞を一生使うのだという。だから心筋梗塞などで細胞の一部が死亡すると修復が出来ないので、心機能は完全には回復しない。しかしイモリはこの心臓さえ再生するのだという。イモリではサイクリンと言う物質が働きかけて心筋細胞の核が分裂し、その後に細胞分裂が起こるという。ヒトと同様に心筋細胞が分裂できない大人のマウスにサイクリンを作らせる薬を投与する実験ではでは、核が分裂の準備に入ったところで細胞分裂が停止したという。心筋の再生が封印されている理由は、イモリは心臓再生に1ヶ月かかるが、その間に不足する全身に供給する酸素は皮膚呼吸で補っている。しかし陸上動物ではこの手は使えない。しかもヒトの場合は脳の消費酸素が極めて大量のために、酸素供給が低下した状態では維持不可能だという。つまりヒトは脳を大型化させる進化をした時に、心臓の再生を断念したのだという。

 

 

ガン化抑止のための工夫

 なおヒトが再生を抑制しているのはガン化を防ぐ意味があるという。細胞分裂が盛んになるとどうしても一定の確率でガン化の危険が生じるからとのこと。しかしここで矛盾なんだが、イモリは非常にガンになりにくいことで知られている生物なのだとか。イモリはガンをも再生で抑制しており、イモリに発がん物質を注入するとそこから足が生えてきたという実験がある。要はガンが発生したら、それは再生のスイッチが入ったと判断して、再生のメカニズムに組み込むのではという。

 再生能力は有していない人間だが、それでもそれに似た裏技はあるようだという。それを示しているのは肝臓。肝臓は細胞分裂の能力が高く、マウスの実験では70%を切除しても、二週間でほぼ元の重量に戻っている。しかしこの時にどのぐらい分裂しているかを調べたら、実は0.6~0.7回程度だったという。つまりは細胞の数を増やすのではなく、1つ1つの細胞が肥大化することで回復を行っていたという。なおこれでも肝臓の機能としては復活しているという。なおこれはやはりガン化のリスクを防ぐためではという(肝細胞は特に毒の集まるところだから、ガン化のリスクは高いような気もする)。

 

 

ヒトの再生の可能性と究極の再生生物

 このようにヒトにとって再生とは不可能になっているのだが、それが思いがけないことで再生のスイッチが入るのではという報告がある。昔から落雷した田畑は豊作になるという話があるのだが、理化学研究所の片岡洋佑氏の研究によると、稲妻の起こった時に発生するプラズマをマウスの脳に照射したところ、細胞の増殖が発生したのだという。プラズマの作用で細胞が初期化して幹細胞化したのではという。これは新たな再生医療の可能性を示すのではという。ちなみに傷口にプラズマを照射したら回復が促されるという報告もあるとか。またがん細胞がプラズマに弱いので、プラズマを使用したがん治療なども考えているとか。

 最後に登場するのは究極の再生生物プラナリアである。プラナリアは身体を六分するとそれぞれが再生して、六体に再生するというとんでもない生物である。プラナリアのその再生力を司るのは多能性幹細胞で、体内に20%ほどの多能性幹細胞を有しているからだという。ただし多能性幹細胞は生物としての機能は有していないので、ある意味ではそれだけの負担を常に抱えた状態で生存しているとも言えるらしい。

究極の再生能力を持つプラナリア

 

 

 以上、再生能力について。番組ではヒトの脳の再生が可能となるかという話もあったが、そうなった場合には記憶が飛ぶ可能性がという話も出ていたが、それはまさに同感だと思う。記憶は恐らくDNAレベルでは記憶されていないはずなので、単純に細胞分裂での修復だと記憶は飛んだまっさらの脳になりそうである。

 プラズマを照射したら脳細胞が再生するかもなんて話が出てたが、頭に照射したら毛根が再生したなんてことは起こらないだろうか? もしそれが起こったら、世界中大騒ぎになるだろう。ちなみにイギリスのウィリアム皇太子は、もろもろの増毛を試したが功を奏さなかったという話があるようだが、もしプラズマで毛根再生となったら、真っ先にトライするのではなかろうか。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・イモリなどは足を失っても完全再生するが、ヒトにはそれは無理である。水中で暮らすイモリは、足が切断されると皮膚が伸びてきてつながることが再生開始のスイッチとなり、多能性幹細胞が発生して切断された足が再生する。
・ヒトも多能性幹細胞を有しているが、地上で暮らすヒトの場合は皮膚が閉じるのを待っていると細胞が乾燥で死んでしまうために、かさぶたで傷口を塞ぐことを優先しており、それが再生を阻んでいる。
・心筋細胞は再生しないことで知られているが、イモリでは心臓さえ再生する。イモリの心臓が再生する時はサイクリンという物質が作用して細胞分裂が行われる。なおマウスの心筋細胞にこれを投与しても、分裂の手前で停止してしまう。
・ヒトが心臓を再生しないのは、大量に酸素を必要とする脳が、心機能の低下する再生中に持たないからであるという。
・またヒトが再生を抑制しているのはガン化の抑止のためであると考えられる。なおイモリではガン化を再生のメカニズムに組み込むことでガンの発生を抑止している。
・肝臓は再生能力が高いと言われているが、実は細胞分裂をしているのではなく、細胞が肥大化することで機能を回復させている。
・プラズマをマウスの脳細胞に照射したところ、脳細胞が増殖したという報告がなされており、プラズマが細胞をリセットしたのではと考えられている。
・究極の再生能力を持つのがプラナリアだが、プラナリアは体内に20%ほどの多能性幹細胞を有しており、それが再生能力の源である。ただしこの細胞は身体の機能には貢献しないので、それだけ負担をかけていることにはなる。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・つまりは人間が陸上に対応するにはかなり犠牲も大きかったと言うことのようで。そう言えば最近は傷口は乾燥させずにシートで保護して湿潤状態で置く方が治りが早いというのが通説になっているが、それってこれとも絡んでいるのかも。
・なお、上で紹介したサイエンスZEROで、人間が再生能力を持たない理由について。再生能力があってもさして生存に有利にならないという話が出ていた。手足を再生できると言っても、すぐにムクムク生えてくるならともかく、何ヶ月かかかっていたら、その間に足が欠けて機動力が落ちている状態の個体は生き残れないと。

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