教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

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4/13 BSプレミアム ダークサイドミステリー「ヒトラーを死体でだませ!スパイ大作戦"MM計画"」

第二次大戦中のリアルスパイ大作戦

 今回は第二次大戦において、イギリスがナチスを騙すために駆使したスパイ作戦の内容について。まさにダマしダマされの世界である。

 1943年7月、北アフリカを制圧した連合軍はシチリア島からの上陸作戦を計画する。しかしシチリア島が上陸地点となるのは地形を見れば明らかであり、イギリスのチャーチルはこの上陸作戦の成功を危ぶんでいた。実際にドイツ・イタリアも連合国軍のシチリア上陸を予測して、シチリア島に防衛のために10万人以上の大兵力を配置していた。ここに上陸を強行すれば大損害が確実なばかりか、場合によっては作戦そのものが頓挫する危険もあった。

 シチリア島の敵兵力を削減するために諜報機関が動き出す。そのための方法がドイツに偽情報を流す方法だった。連合国軍の上陸作戦の目標はシチリアではなくて他の地点だと情報を流すことで警戒をシチリア以外に向けさせるというものだった。通常はこのような偽情報を敵に流す場合には二重スパイを用いた。ドイツのスパイを捕らえて脅迫や勧誘によってイギリスのスパイとして使用するという方法である。しかし中にはさらにもう一度ドイツに寝返る三重スパイまで登場しており、逆効果になる恐れもあった。

 

 

奇想天外なアイディアを実現するためのチームが組まれる

 この時に一人の情報将校が兵士の死体をスパイにして偽情報をドイツに掴ませるという方法を提案する。死体に偽の書類を持たせるというのである。生きたスパイなら裏切ったり拷問で自白する恐れがあるが、死体ならその心配が無い。この突飛な作戦を提案したのはチャールズ・チャムリー空軍大尉で人付き合いが大の苦手という変わり者だが、奇抜なアイディアを出す才能があったという。ただあまりに突飛な作戦には情報部の中でも怪しむ声があった。死体だと臨機応変に対応するということが不可能なので、事前に万全の仕込みが必要だったのである。そこで弁護士出身の騙しのプロであるユーエン・モンタギュー少佐が呼び出される。

変人チャムリー(左)と騙しのプロのモンタギュー

 チャムリーとモンタギューを中心とした14人のスタッフが集められ、3ヶ月に渡って死体を使うアイディアを実行可能な作戦へと練り上げていく。ミンスミート作戦と名付けられたその中身は、秘密文書を持った伝令が飛行機で北アフリカに向かう途中で墜落したと見せかけ、その遺体をドイツが影響力を持つ地域に流れ着かせ、ドイツに偽の機密文書を手に入れさせるというものである。

 

 

万全の準備を整えて作戦を実行する

 1943年2月、まずドイツを騙す架空の兵士の死体をでっちあげる必要があった。死体は溺死体であるので爆撃などによる損傷などがないものである必要があった。検死官と交渉して死体を横流しさせ、こうしてウェールズ出身のグリーンドゥール・マイケルの死体を入手、これを死体保管用の特殊な冷蔵庫に収容する。これで3ヶ月以内なら死亡時期を誤魔化せる。そして彼を架空の伝令へと仕立て上げる。そして海軍省にウィリアム・マーティンという架空の兵士の本物の身分証明書を作らせる。なおこの名は実在する兵士の名を無断借用したもので、名簿でバレないようにしたのだという。さらに細かい所持品などまでキャラクター設定をして決定した。別れを悲しむ婚約者の手紙まで作ったのだという。そしてシチリア上陸は偽の情報であり、本当の上陸目標はギリシアとサルディニア島だという偽機密文書を作成する。高官同士の私的な文書にさりげなく機密情報を潜り込ませるという形を取ったという。また水中でインクが滲んで読めなくなってしまっては意味がないので、そのための検討までしたという。こうして用意された死体と機密文書が潜水艦でスペイン沖に運ばれ、1943年4月30日に流される。中立国スペインには多くのドイツのスパイが入り込んでいたので、彼らに偽文書を掴ませようとしたのである。

 

 

想定外の事態が発生したものの、何とか作戦が成功する

 4月30日の午前、死体は計算通りにスペインの小さな港町ウェルバの海岸に流れ着く。イギリス兵の死体発見のニュースはあっという間に広がる。ウェルバの警察にはドイツを支持する人が多いことから、機密文書はドイツに渡るはずという目論見だった。しかし事態は思わぬ方向に向かう。なんの手違いかスペイン海軍が事件に対応することになり、イギリス寄りのスペイン海軍は死体の所持品をイギリスに返還すると言い出したのだという。イギリスにすればとんだありがた迷惑である。そこでロンドンのモンタギューはマドリードの大使館に「マーティン大尉の所持していた文書は極めて重要な機密を要するものであり、絶対に開封してはならない」との電報を打つ。この電報は実はドイツに傍受されることを想定済みであり、案の定ドイツのスパイがこれに飛びついて機密文書をあらゆるルートで入手しようと動き出す。結局スペイン軍は封筒を開けずに文書の中身を確認し(封蠟を壊さないようにして中の文書を取り出した)、その情報をドイツに流すことにする。

 情報を入手したドイツ軍は騒然として急遽情報はベルリンに送られる。1943年5月9日、機密情報がベルリンに送られる。この情報の真偽を判断するのがヒトラーが信頼する情報分析官のアレクシス・フォン・レンネである。彼を騙せないとヒトラーを騙せない。しかし彼はこの情報を本物と分析してヒトラーに情報が送られる。しかしヒトラーは最初はこの情報を信用しなかったという。もっともこれは根拠があったものでなく、劣勢になりつつあるにも関わらずヒトラーを恐れて都合の良い情報しか上げてこない将軍たちにヒトラーの不信感は高まっており、この頃のヒトラーは不信感の塊となっていたのだという。しかしあらゆるルートのスパイから同様の連合国の上陸目標はギリシアであるという情報が上がってきたことから、ヒトラーもこの情報を信じ兵力を移動させる。その結果、7月10日に決行されたシチリア島への連合国の上陸作戦は大きな抵抗も無く成功する。ここを足がかりにして連合国はドイツ包囲網を狭めていく。なおこの作戦のことが知られるようになるのは戦後50年経ってからだという。

 

 

 リアルスパイ大作戦である。それにしても極めて緻密な作戦であるが、最後の最後では運も大きな要素であると専門家が言っていたのが印象的。確かに緻密で周到な作戦が最後の最後で運に見放されて失敗するという例も実は多い。

 なお情報分析官のレンネがあっさりと騙された件に関しては、実は彼は反ヒトラー派であり、文書の内容が嘘ではないかと感じながら、ヒトラーを追い詰めるためにあえて本物との分析を上げたのではということも語られていた。もうそうであれば、ある意味で最も優秀なスパイはレンネだったのかもしれない。

 それにしてもこの時期のヒトラーは不信感の塊となっていたと言うが、これぞ典型的な独裁者の孤独である。結局は都合の良い情報しか上がってこなくなることで判断を誤って破滅することになる。ちなみにその独裁者自身が、自身に媚びを売る奴を重用するなんてことがあればその傾向に拍車がかかる。日本の某政治家なんかも、自分に媚びを売る奴は露骨に引き立てて、意に沿わない奴は片っ端から左遷していたから、もう完全に世の中が見えてなくなっていただろうと推測する。なお現在はロシアのプーチンがまさにこの状態で、既に破滅の瀬戸際にいるように思われる。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・第二次世界大戦中、連合国は上陸作戦を実行するに当たって、上陸予定地点のシチリアのドイツの兵力を移動させるために偽情報を流すスパイ作戦を実行することになる。
・通常は二重スパイなどを使うが、それだと裏切られて失敗する可能性もあることから、死体に偽機密文書を持たせてドイツに偽情報を掴ませる作戦が立案される。
・作戦は北アフリカに機密情報を伝える伝令の乗った飛行機が事故を起こして墜落したというものである。
・その作戦のために死体が選ばれ、偽の伝令として仕立て上げるために身分証明書などすべてが綿密に偽装される。そしてその死体は中立国のスペインの海岸に流される。
・スペインがイギリスに死体の持ち物を返還しようとしたりなどの想定外の事態が発生するが、イギリスは「重要機密があるから絶対に開封するな」という偽情報をドイツに傍受させ、ドイツのスパイが動くように仕組む。その結果、狙い通りに「シチリアではなく、本当はギリシアに上陸する」という情報がヒトラーの元に伝わる。
・当時不信感の塊となっていたヒトラーは、当初はその情報を疑ったが、複数ルートから同じ情報が入ってきたことで最後は騙され、結果として連合国のシチリア上陸作戦は大きな抵抗も無く成功する。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・なかなかに手に汗握るリアル「スパイ大作戦」でした。それにしてもモンタギューって男、天性の詐欺師だな。その手腕を発揮したのが戦争での諜報活動で良かったってところだ。下手に民間でその手腕を発揮されたら、大被害が出ていたところだ。

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