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7/25 BSプレミアム 偉人達の健康診断「東京に空がない"智恵子抄"心と体のSOS」

 今回は高村光太郎の「智恵子抄」で有名な光太郎の妻・高村智恵子について。高村光太郎による智恵子抄は彼女の回想録のような詩集なのだが、それによると智恵子は晩年に精神障害を患っている。

智恵子が密かに抱えていた問題

 高村智恵子(旧姓長沼)は福島県の造り酒屋の箱入り娘として生まれている。17歳で両親の反対をおして上京し、日本女子大学卒業後に画家を目指す。彼女はエメラルドグリーンをふんだんに使用した油絵を描いていたのだが、絵の先生から「エメラルドグリーンは不健康な色なので人間には使わない方が良い」と言われたのだが、彼女はその指導に従わなかったらしい。実はそこに彼女が秘めていた問題が潜んでいた。彼女は通常の人と色覚が異なっていたのだという。

 通常、3色型色覚と言って3種の錐体細胞が赤・緑・青の三原色を感知するするのであるが、2色型色覚(少数色覚)と呼ばれる緑を感知する錐体細胞がない者が男性の20人に1人、女性の500人に1人存在するという。この色覚を持つ者は赤色を黒っぽく認識するのが一番の特徴であると言う。智恵子が多用していたエメラルドグリーンは彼女にとっては黄色っぽい色に見えていたのだという。この色覚に悩んでいた彼女は、ある時に高村光太郎の評論を読み、彼なら自分のことを理解してくれるかもと思って光太郎に会いに行く。そして彼に惚れ込んだ智恵子は積極的にアプローチをかけたという。しかし智恵子に故郷の両親から縁談を迫られることになる。光太郎にそのことを告げて去ろうとした智恵子であるが、光太郎が雑誌に発表した詩が自分に対する熱烈なラブレターであることに気づいた彼女は、光太郎の元に駆けつけて二人は結婚する(えらく遠回しなプロポーズだなという気がする)。ただ皮肉なことに、結婚後も彼女は自分の色覚のことを光太郎に打ち明けていなかったらしい。だから光太郎は彼女の絵画について「色彩には未熟なところがある」と感じていたという。

 

霊長類の進化と色覚の関係

 このような2色型色覚の者が一定数存在する理由だが、霊長類の進化が絡んでいるという。そもそも3色型色覚は人類の祖先が樹上生活していた時代に、熟した木の実の色である赤を見分けるために進化したものと考えられる。しかし人類が樹上から草原に降りてくると、今度は色覚に攪乱されて草原に潜む獲物や敵である肉食動物を捕捉するのが困難となった。これに対して2色型色覚の者は色彩に攪乱されない分、輪郭などに敏感であるためにこれらを早く発見することが出来るため、2色型色覚を有する者を含む集団が有利となり、結果として一定数の2色型色覚の保持者が残存することになったのだという。

 しかし智恵子の画業はこのハンデのために完全に行き詰まることになる。油絵でなくて水墨画なんかをやっていたら・・・というゲストのコメントもあったが、これは私も同感。また現在だったら、逆にこのハンデを「独自の感性」として売りに変えることも可能であると思うのだが、この時代にはまだ無理だったろう。

見過ごされた最初のSOS信号

 また芸術家としてのあり方を優先する光太郎の生活はかなり貧困であったという。そんな諸々のストレスの中で彼女が発した言葉が「東京には空がない」という言葉だったという。実はこれは彼女からのSOSであったのだが、残念ながら光太郎はそれに気づかなかったという。それは彼女のこの言葉に「あどけない話」という題が付けられていることに現れているとのこと。この頃の彼女は体調が悪くなると福島の故郷に帰るという生活を送っていたという。これは自然セラピーの一種で、人間は自然の映像を見ただけでも脳が落ち着くことが研究の結果明らかとなっているという。

 

ついに決定的な一撃が・・・

 しかしそんな彼女の危ういバランスを崩す最後の一撃が訪れる。彼女の実家の造り酒屋が父の死後に経営悪化してとうとう倒産してしまう。彼女は上京した母や妹に密かに支援を行うが、それらは光太郎には内緒のことであったという。彼女は自分が画家として成功してということを考えていたようだが、既にこの頃には画業は完全に行き詰まっており、それは全く不可能なことだった。こうして彼女は新たなストレスを抱え込むと共に、今まで彼女の精神の最後の一線を支えていた故郷も失ってしまい、ここで決定的な破綻を来す。

 彼女が発症した精神の病は統合失調症であったと考えられるという。脳内のバランスがストレスなどで崩れることで、妄想や幻覚で苦しめられる病気で、非社交的で自閉的な性質の者などが発症しやすいとのことで、智恵子はまさにそのタイプだったという。

転機となった切り絵

 結局は智恵子は光太郎と共に暮らすことが困難となって入院する。そんな智恵子に転機がが訪れたのは光太郎が千代紙を差し入れたことだという。やがて彼女は切り絵をするようになり、その時は妄想などの症状が軽減するようになり、彼女に笑顔が戻ってくる。

 統合失調症の妄想などはいわゆる脳内の雑念が原因であり、切り絵などに集中することで雑念が除去されるので統合失調症の病状が軽減されることになるという。彼女は自ら自身の治療の方法を発見したようなものらしい。

 しかしその3年後、智恵子は持病であった結核の悪化でこの世を去る。智恵子抄はその後に光太郎が彼女との生活を回想して執筆したものだという。


 切なすぎる話ですが、この時代には統合失調症に対する薬物療法などもなかったので、打つ手がなかったというのが実情です。また同じストレスにさらされた誰もが発症するという病気でもないので難しいところです。まあ昔から漠然と「いわゆる芸術家肌のタイプが危ない」とはよく言われることです。感受性が強いだけにストレス耐性が低いということで、この辺りが昔から俗に言う天才と何とかは紙一重という話にもつながります。実際にゴッホなんかを見ていても感じるように、特異な芸術的才能はある程度の狂気と引き替えになっているのではという気さえします(ゴッホの作品で今日傑作と言われているものは、明らかに彼の精神が一線を越えた以降の作品ばかりである)。

 

忙しい方のための今回の要点

・高村光太郎の妻・智恵子は2色型色覚であり、緑色の知覚が鈍かったようである。
・結局はその色覚でのハンデが彼女の画家としてキャリアを行き詰まらせ、それが彼女にとって大きなストレスとなった。
・そこに実家の倒産などがかさなり、ついに一線を越えてしまった彼女は統合失調症を発症する。
・統合失調症発症後の彼女は、切り絵に打ち込むことで症状を緩和する。雑念を排除して何かに打ち込むことは、統合失調症の妄想などの症状を緩和することにつながる。
・しかし彼女は持病の結核の悪化で3年後に死亡する。

 

忙しくない方のためのどうでもよい点

・2色型色覚とか少数色覚という呼び方は私は初めて耳にしたんですが、やはり色盲では差別的なニュアンスがあるということでのマイノリティーの配慮なんでしょうね。
・しかしそれに霊長類の進化が絡んでいたという観点は気づきませんでした。ただ草原に降りたことで2色型色覚が有利になったというよりも「有利になる局面が発生した」というのが正しいでしょうね。だから淘汰されなかった。もしこれが決定的な優位だったら、今度は3色型色覚の持ち主の方が淘汰されていたはずですから。むしろよく樹上生活の時代に完全淘汰されてしまわなかったものだなと感じますね。不利ではあったが決定的なほどの不利ではなかったというところか。今日の社会でも同じですね。ハンデではあるが、生きていけないレベルのハンデではないという。
・精神の病は難しいです。今日では薬物療法が進化して症状を抑えることがある程度出来るようになりましたが、それでも完治は難しい。それと困ったことに、統合失調症は本人が病気と認めないことが多いため、治療自体を受けない例が多い。その挙げ句に決定的な事件等(自殺や他害)につながることがあるので、どうやって発見して医療につなげるかも課題になってます。なかなか人権との絡みなどもあって難しい。