教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

9/4 NHK 歴史秘話ヒストリア「西郷と最後まで闘った男」

 今日の主人公は幕末の山形の偉人、酒井玄蕃・・・と言ってもどんな人だかさっぱり分かりません。実際にNHK山形のアナウンサーに聞いても名前の読み方さえ分からない(「さかいげんば」です)、町の人に聞いても「誰?」というような状態。だけどこれが非常にスゴい人らしい。

江戸の治安維持で活躍した若きイケメン

 酒井玄蕃は20代でありながら庄内藩の重臣であった。この時の庄内藩は江戸の治安維持を命じられていた。当時の江戸は不逞の輩が闊歩する不穏な状態。庄内藩士はこれを危険を顧みずにビシビシ取り締まった。これを率いていたのが剣術に秀でていた酒井玄蕃。江戸の治安を守る庄内藩士は御廻りさんと呼ばれていたとのことで、これが今日の警察官のお巡りさんという呼称の元になっているとか。なお玄蕃は武術一辺倒の人物ではなく、笛や書をたしなむ文武両道の人物であった。また優しげで女性のような風貌の美青年でもあったという。

戊辰戦争に巻き込まれる

 しかし庄内藩は幕末の激流の中に巻き込まれることになる。武力倒幕を目指していたものの慶喜の大政奉還で戦いの口実を失っていた西郷が、幕府側を暴発させるために浪人を江戸に送り込んで騒動を起こさせたのである。相次ぐ事件に憤った幕府は、庄内藩に命じて浪人たちの本拠となっている薩摩藩屋敷の強制捜査をさせる。これを口実にして薩長と幕府側の全面戦闘が始まり、戊辰戦争に突入する。

 一方、この頃玄蕃は不運にさらされていた。庄内藩では幕府派と朝廷派に分かれて対立しており、酒井家は幕府派によって罪人として粛正され、当主であった玄蕃のおじは切腹させられた。当然玄蕃も同様の処置が下されるはずだったのだが、玄蕃の才を惜しんだ藩主の酒井忠篤が軽い処分で済ませるように取りはからった。玄蕃はこの恩義のために庄内藩を守るために命をかけることになったという。

 

連戦連勝の玄蕃率いる庄内藩

 やがて江戸城は開城され、新政府軍は東北へと迫ってくる。東北の諸藩は奥羽越列藩同盟を結成してこれに対抗することになった。そして庄内藩の軍勢の指揮は玄蕃に託されることとなった。

 ここで玄蕃が戦の才能を発揮する。玄蕃率いる庄内藩は、玄蕃の巧みな戦術とその不退転の意志によって新政府軍を退ける。この時に玄蕃が用いていた軍旗が残っているが、北斗七星を描いたもので、破軍星を頂点に掲げている。この破軍星は敵を打ち破ることができるかもしれないが、場合によっては自らをも滅ぼす不吉の星でもあるという。ここに玄蕃の不退転の決意が込められているという。それにしても北斗の軍とはケンシロウでも出てきそうである。

 また庄内藩の強さを支えたものに本間家による支援もあったという。ちなみに説明を加えると、本間家は戦前までは日本最大の地主であった一族だったが、戦後の農地解放で没落している(「本間様には及びもせぬが、せめてなりたやお殿様」との歌が詠まれるほどの栄華を極めていたらしい)。その本間家が庄内藩に対して今の価値で100億円規模の財政支援を行っており、それで最新式の銃や弾薬が調達されていたのだという。玄蕃率いる庄内藩は連戦連勝を続けて新政府軍からは鬼玄蕃として恐れられることになる。敵軍は庄内に迫ってくるが、玄蕃は病をおして輿に乗って陣頭で指揮をとって敵軍を押し返す。

しかし大勢は覆せずに降伏

 しかし庄内藩の奮闘もむなしく状況は悪化を続ける。既に奥羽越列藩同盟は崩壊し抵抗するのは庄内藩と会津藩のみとなっていた。そしてその会津藩もとうとう降伏、最後まで抵抗を続けていたのは庄内藩のみとなった。ここまで戦況が悪化したところで庄内藩内部では降伏論が台頭する。玄蕃は庄内藩を守るために最後まで徹底抗戦を訴えるが、藩の意志は降伏で決してしまう。結局庄内藩は最後まで一度も負けることなく降伏したのである。

 庄内藩に西郷達が乗り込んでくる。しかし西郷が下した庄内藩に対する処罰は非常に軽いものであり、庄内藩は誰も犠牲になることなく終わったのだった。これは西郷が庄内藩に対して倒幕のための陰謀に巻き込んでしまったという後ろめたさを持っていたためではないかとしている。また西郷は玄蕃の勇猛な闘いっぷりに敵ながら敬意を感じてもいたのだという。

 

過去のわだかまりを捨てて

 そうして明治を迎える。玄蕃は一度鹿児島の西郷の元を訪れて、これからの日本のあるべき姿について語り合ったという。そこには過去の怨念を捨てた二人の姿があった。西郷はこれからは人を育てることが大事と述べ、玄蕃もそれに同意する。そして西郷は私学校を設立、庄内に戻った玄蕃はそこに若き藩士の子弟を二人留学させる。しかしその2ヶ月後、玄蕃は病でこの世を去る。享年34歳。死因は結核だとのこと。また西郷がこの世を去ったのもその翌年である。

 なおこの時に西郷が寛大な処置をとったことに対する恩義は今でも庄内に残っており、西郷の語録の学習会なんかもなされているらしい。思わぬところに西郷のファンが存在しているという話である(会津なんかは逆に恨み骨髄なのに)。


 7/24の「最後の大名」に続いて、妙にドラマに力を入れた幕末イケメンシリーズでした。ところで私も全く知らなかった人物なのだが、こうして聞いてみるとなかなか凄い人物である。ただ世間的に知名度が低いのは、やはり若くして亡くなっており、明治になってから特に何かの活躍をした人物ではないからだろう。ただその一方で、いわゆる創作界の主人公としては十二分すぎる条件が揃っている。戦の天才にしてイケメン(これが一番大事)。さらに結核を患っていて若くして夭折となったら条件が揃いすぎ。ここに新撰組辺りを絡めたら腐女子が失神しそうなドラマが出来上がる。恐らくNHKもそういう反響も狙っての人選と思われる(笑)。幕末に新政府軍と戦った人物となれば、長岡藩の河井継之助なんかもいるのだが、悲しいかな彼はどう見てもイケメンではない(笑)ので、所詮は脇役止まりになってしまう。やっぱりどの世界も「ただしイケメンに限る」だな(笑)。

 


忙しい方のための今回の要点

・酒井玄蕃は庄内藩の若い重臣であり、江戸の警備において藩士を率いて活躍している。
・しかし庄内藩は戊辰戦争に巻き込まれ、新政府軍と全面対決することになる。この時に軍を率いたのが玄蕃であった。
・庄内藩は玄蕃の戦術と不退転の決意で新政府軍に連戦連勝し、新政府軍からは鬼玄蕃として恐れられることになる。
・しかし奥羽越列藩同盟は崩壊し、最後は庄内藩だけが残ることになって降伏をする。だが西郷は庄内藩に対して非常に穏便な処置でとどめる。
・明治になって玄蕃は西郷の元を訪れ、これからの日本について語り合っている。

 

忙しくない方のためのどうでもよい点

・何やらこの「幕末イケメンシリーズ」、まだ第三弾とかが出そうな気がします。ヒストリアも腐女子人気を狙い始めたか(笑)。だけど実は腐女子人気って意外と侮れないんです。あの低視聴率だった「平清盛」も序盤は腐女子人気で意外と盛り上がってましたから。視聴率が急降下したのはそっちを切ってから(笑)。もっとも一番の問題はこれ以上イケメンが存在しているかですが・・・。