教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

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10/23 NHK 歴史秘話ヒストリア「幻の絵画 流転のドラマ 至高の美 佐竹本三十六歌仙絵」

 今回は京都国立博物館で11/24まで開催中の「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」展(主催NHK京都放送局他)の宣伝企画である。

鎌倉時代の宮中文化の傑作

 佐竹本三十六歌仙絵とは鎌倉時代に描かれた絵巻物である。鎌倉時代は肖像画芸術が頂点を極めた時代であるとのことで、この絵巻に描かれた歌仙たちも非常に緻密に描写されている。NHKではこれを8Kカメラで撮影して・・・と毎度のどうでも良い8KのCMが入るのであるが、それはともかくとして最新の分析などもこの際に合わせて実施して、かつての煌びやかな色彩をCGで復元したりしたという。で、この内容は多分8Kで放送される特番で流されるのだろうが、8Kを見る環境がない私にはどうでも良いことである。

 この作品が製作された経緯はあまり明らかではないが、鎌倉時代になって没落しつつあった公家たちが、過去への郷愁を込めて制作したのではないかとしている。煌びやかな衣装などは銀泥なども用いて描かれていたというが、これは板引きと言って米と海藻から作った海苔を板に塗り、そこに布を貼り付けてから乾燥、一晩後にはがすと布がピカピカになっているという布地の製作法があるそうだが、そのような衣装の輝きを描こうとしたのではとのこと。

 

バラバラにされた絵巻

 さてこれが現在、絵巻ではなくて三十六歌仙絵と呼ばれている理由、さらに佐竹本である理由などはいろいろの事情がある。

 まず佐竹本である理由は、明治時代になってから佐竹家のコレクションの中から発見されて、売りに出されることになったからだという。しかしその価格が今の価値で35億ということでホイホイと売れるものではなく、売却を請け負った古美術商は売り先を探して、第一次大戦の物資輸送で莫大な財をなした(要は戦争成金である)山本唯三郎に話を持ちかけた。彼はこの作品を見ることなく「よっしゃよっしゃ」という感じでポンと購入したらしい(いかにも成金的だ)。しかしこの手の成金は没落も早いのが常。第一次大戦が終わると事業が苦境に陥って財産処分がされることになり、絵巻は再び売りに出されることになってしまったという。

 さてこうなるといよいよ売り先がない。そこで古美術商たちが話を持ちかけたのは旧三井物産初代社長の益田孝(鈍翁)。しかし鈍翁にとってもこの絵巻はあまりに高すぎて一人で購入するのは無理だった。だがこのままだと海外に流出することが懸念される。美術品の価値を重視して、日本の美術品の海外流出に心を痛めていた鈍翁はここで一計を案じる。彼は大胆にもこの絵巻を各歌仙ごとに分割して売却するということを提案したのだという。これで絵巻が絵になったわけである。

 

三十六歌仙絵を受け継いだ者達の思い

 結局は鈍翁が見込んだ蒼々たる顔ぶれの財界人たちが集められ、彼らがくじ引きで購入する絵を決めることになった。鈍翁は実は三十六歌仙の中で唯一の皇族であり、絵のグレードも高い斎宮女御の絵が欲しかったのだが、その絵は別の人物が引き当てて、彼に当たったのは全く興味のない坊主の絵だったとか。見る見る不機嫌になる鈍翁に一堂はこれはマズいと話し合い、結局斎宮女御の絵は鈍翁に譲れることになって目出度し目出度しとなったという。しかし不機嫌になるぐらいなら、最初から「斎宮女御は言い出しべの私が買う」と宣言しろよ(笑)。

 絵を購入した各々はその絵に独自の装幀を施して掛け軸に仕立てたという。こういうところもセンスを問われるところであり、各々趣向を凝らしたのだとか。当時の財界人は今度の単なる銭ゲバと違い、こういう風流を解する心があったらしい。鈍翁は購入者たちに呼びかけて、何度か作品のお披露目の茶会を催したという。そこには若手の財界人なども訪れて日本の美術の粋を学ぶ場にもなったとか。

 晩年の鈍翁は小田原の屋敷で過ごしたが、中国で戦争が始まった中で、もしもの場合に戦火から美術品を守るべく美術品を避難させるシェルターまで作ったという。鈍翁はその1年後にこの世を去ったが、彼の行動は功を奏して、7年後に小田原が空襲に遭ったが美術品は無事であったという。また他の面々も鈍翁の意志を継いで自らの作品を守り、戦後にはそれぞれがそれを展示するための美術館を設立したという。それが今日もある五島美術館とか泉屋博古館、逸翁美術館といった財界人系美術館になったとのことで、今の日本の美術界の基本につながったとのこと。やっぱりこの時代は財界人も今の銭ゲバ守銭奴連中とはひと味も二味も違うということである。


 と言うわけで京都国立博物館で開催中の展覧会の宣伝でした。この展覧会についてはかなり地味系展示なのでパスしようかと思っていたのですが、これで京都まで行かないといけなくなってしまいました(笑)。その模様はいずれ「徒然草枕」の方に記載することになるでしょう(笑)。

 

忙しい方のための今回の要点

・この度、京都国立博物館で佐竹本三十六歌仙絵が一堂に展示されることとなった。
・この作品はそもそもは絵巻として製作されたものであるが、売り出されることになった時、あまりに価格が高いことから購入を持ちかけられた旧三井物産初代社長の益田孝(鈍翁)も一人での購入が困難であり、絵巻を分割して大勢の財界人で分けて購入することにした。
・おかげでこの貴重な作品は海外流出を逃れ、鈍翁の意志を継ぐ多くの財界人によって各地の美術館に収蔵されることとなった。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・日本は昔からどうも美術に金をかけないところがあります。そういう中でこういう志を持って財界人が動くというのはなかなかに凄いことだと思える。これが今の時代だったら、高い値が付いたからとさっさと海外のコレクターに売り払って終わりだろうな。財界人も「美術品なんて金にならない」って考えの時代だから。
・もし私が富豪だったら、こういう文化面に金をかけるだろうな。多分美術館とホールを最低でも1つずつは作るだろう。そして家業をつぶしてしまう・・・(笑)。結局は財界人が守銭奴ばかりになるというのは、実は日本はまだそれだけ貧しいということでもあります。そしてこれからはさらに貧しくなるでしょう。残念ながら。

 

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