教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

10/31 BSプレミアム ザ・プロファイラー「小説家 ヘミングウェー ヒーローを演じ続けた男の真実」

 アメリカを代表する小説家であるヘミングウェー。彼は常に「強い男」を演じ続けていた。しかしそこには葛藤があったという話。

戦争に憧れていた少年時代

 ヘミングウェーはシカゴの裕福な人たちが暮らす町で生まれた。母は元オペラ歌手で厳格で格式を重んじる人物で、良家の子女に音楽を教えていた。彼女は医師である夫の10倍の収入があり、ヘミングウェーの家庭では父は母に頭が上がらない状態だったという。このような家庭の状況にヘミングウェーは母を憎んでいたという。父はこの窮屈な家庭から逃げ出すように大自然の中の別荘にしばしば滞在するようになり、ヘミングウェーはここで父から釣りや狩りを学んだという。

 また幼少期のヘミングウェーに影響を影響を与えた人物としては祖父のアンソンがいる。南北戦争に従事した彼はヘミングウェーに武勇伝を聞かせており、ヘミングウェーは自然に勇敢な兵士に憧れるようになる。そして彼が12才になった時、祖父は彼に散弾銃をプレゼントしたという(日本ではおよそ考えられない)。

 

実際に従軍した第一次大戦で死の恐怖に直面する

 高校に入学したヘミングウェーは親の意思に反してジャーナリストを志望するようになる。そして第一次大戦が始まる。この戦争を聖なる戦争と位置づけるアメリカで若者は熱狂、ヘミングウェーも戦場を目指すが左目の視力が悪かったせいで戦場には行けない。そこで彼は赤十字の傷病兵運搬車の運転手として従軍したという。

 しかしこうして参加したイタリアの戦場で、彼は砲撃を受けて隣の兵士は即死、彼も両足に砲弾の破片を受けて瀕死の重傷を負う。この体験は後々まで尾を引くことになるという。傷病兵として帰国した彼は、各地で戦場のでの経験を語ったが、そこには誇張が入り、そして彼が切実に感じた死への恐怖へは触れることがなかったという。

 要は子供的に戦争というものに憧れていたのが、実際の戦場で現実を目の当たりにして衝撃を受けたのだろう。大抵の者が大体そうである。今でも無邪気に「日本も戦争をすべきだ」などと戦争に憧れているような奴がいるが、そういう奴に限って実際に戦争を体験すると恐怖でどうしようもなくなるものである。彼も「戦争、戦争、大好きな戦争、楽しみな戦争」という調子で戦場に出て行ったんだが、いざ命を落としかける経験をして、いつ死ぬか分からない戦争の恐怖というものが身に染みたんだろう。そう言えば、無邪気に戦争に憧れていた少年が、戦争での人の死というものを目の当たりにして打ちのめされるという作品があったっけ。ガンダム0080だったかな?

 この後、番組ではヘミングウェーはなぜ戦場を目指したかという議論をしているが、幼心に「戦争は格好良い」と仕込まれた上に、弱すぎる父なんかを見ていたら、戦場で男を上げるというような発想になるのは容易に想像できるところである。まあある意味で無邪気だったのである。

 

10年後にようやく戦争での体験を小説化

 戦争を体験したものの、彼はその体験を真っ正面から小説にすることは出来なかった。それをようやく作品にしたのは10年後の「武器よさらば」である。

 この10年の間にヘミングウェーは結婚してパリに渡る。当時のパリはピカソら新進の芸術家たちが闊歩していた。ここで彼は新聞記者をやめて小説家として身を立てることにする。その時に初めて挑んだ長編が「陽はまた昇る」だという。彼はここで退廃的なパリの風景を描いたが、それは自身が体験したことそのものだとのこと。彼の小説のスタイルは新聞記者時代に仕込まれた事実を簡潔にありのまま描くというスタイルで、これが彼の文体の特徴ともなる。ただあまりにありのままなので、小説のモデルが誰かということが明らかであり、彼はそれで友人を失うことになったが、彼自身はモデルにされた者は喜んでいるはずだと考えて気にしていなかったという(他人の感情が理解できないタイプなのだろうか?)。そしてアメリカに戻ってからようやく戦争での体験に基づいた作品「武器よさらば」を執筆。これが大ヒットして一躍人気作家となる。

 なぜここでやっと戦争のことを書けたのかだが、そんなことは本人に聞かないと分からない(笑)。番組出演者もいろいろ言っているが、実際のところはピンとこない。まあ10年間パリで乱痴気騒ぎをしている内に、社会からも自身の中からも戦争というのがようやく過去のものとなって、自身の中の恐怖もリアルなものとして襲ってこなくなったんじゃないかと私などは考えるが。

 なおこの作品の完成直前にヘミングウェーの父が自殺している。彼はそれを母のせいだと考えて母を憎んだという。

 

時代の寵児となり、マッチョな自分をアピール

 この頃に隆盛した雑誌ジャーナリズムで時代の寵児として取り上げられたヘミングウェーは「パパ・ヘミングウェー」と称して狩猟する姿や冒険する姿を見せて、アメリカ人の憧れるマッチョな男を演じるようになっていく。そして従軍記者としてスペイン内戦に参加するが、彼はここで死への恐怖を完全に克服したという。そして英雄的な主人公を描いた「誰がために鐘は鳴る」を執筆、これが大ベストセラーとなる。

 しかしこの頃からなかなか執筆が進まなくなり、次の作品を完成させるのには10年かかることになる。

 この時のヘミングウェーの心境だが、「家族との確執や自分の弱さを隠したかったのでは」と言っていたゲストがいたが、これは私も全く同感。実のところはかなり無理をして強い男を演じているのだと思う。父の自殺が父の弱さのためと考え、母への反発と同時に自分は父のような弱い男にはならないという気持ちが過剰防衛的に発達したのではと分析する。マッチョな自分を周囲にアピールすることで、自分自身でそれが自分の真の姿だと思い込もうとしたのではという気がする。しかしそういうギャップは、事実をありのまま描くスタイルの彼には創作の源泉が枯れてくるという結果につながるように思える。

 

ノーベル文学賞を受賞するが、その後に自殺してしまう

 その後、彼は第二次大戦に私設軍隊を率いて参戦したらしい。その時のことも小説にしたようだが、それは内容がヤバすぎると言うことで彼の死後まで出てこなかったとか。そして次に書いたのが有名な「老人と海」だが、ここでは彼が若い女性に恋をしたことが影響しているとか。どうやら恋愛からパワーを得たらしい。しかしこの後、彼は飛行機事故に遭って重傷を負い、かつてのような無理が効かない体になってしまったようである。そしてノーベル文学賞を受賞して作家として頂点を極めるが、いよいよ何も書けなくなってきて61才で自殺してしまう

 まあ彼が書けなくなってしまったのは、自己体験型の作家の限界だろう。あくまで自身の体験を元に作品を描くスタイルだから、体が悪くなったことでそれを体験できなくなったのは致命傷だとも考えられる。ただ私はそれ以前に、自身の弱さを否定して自身を偽ると言うことが限界に来ていたように思われる。そこの矛盾の狭間で崩壊したのではと考える。またノーベル文学賞を受賞したことで作家としての頂点に立ち、そのことがかえって「下手な作品を出すわけにはいかない」というプレッシャーにつながった可能性もある。まあ彼の執筆スタイルが徒になったというところでは。

 

忙しい方のための今回の要点

・祖父などの影響で戦争に憧れていたヘミングウェーは、第一次大戦に赤十字の運転手として参加するが、そこで砲弾を受けて瀕死の重傷を負って死の恐怖を刻み込まれることになる。
・彼がその体験を元に戦場の小説である「武器よさらば」を執筆するには10年を要することになった。しかしこの小説のヒットで彼は世間の脚光を浴びるようになる。
・世間に注目されるようになった彼は、「パパ・ヘミングウェー」として自らのマッチョなイメージをアピールするようになる。
・その後、スペイン内戦に参加して、この時に死への恐怖を克服、英雄的な死に憧れるようになって「誰がために鐘は鳴る」を執筆、大ベストセラーとなる。
・しかしこの頃から筆が進まなくなる。「老人と海」を執筆したのは10年後、これでノーベル文学賞を受賞するが、飛行機事故で体を悪くしていた彼は61才でとうとう自殺してしまう。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・演技型の人間が最後に破綻してしまったという気がしますね。最後の頃になると彼は、何が自分の本質かも分からなくなってたんじゃないかという気がします。自分自身の弱さと真っ正面から向き合う強さを最後まで得られなかったんじゃないかという気がしてならない。「ああ、俺は弱い。弱いさ。だからそれがどうしたと言うんだ。」というような調子で自身の弱さを直視できてたら、破綻は来なかったんじゃ。
・まあ昔からビッグマウスに限って、本音の部分はビビりだったりします。私の頭の中にはWBC中に散々ビッグマウスを繰り返しながら、本音ではプレッシャーかかりまくりだったイチローなんかが浮かんでるんですが(笑)。
・アメリカ人ってなぜかマッチョ幻想が強いんですよね。だからアメリカでトップを目指す者は必ずマッチョアピールをする。今のトランプなんかが最たる者。だけどそういうアピールをやたらにする奴に限って本質はビビりです。トランプなんかまさにそう。

 

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