教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

5/13 NHK 歴史秘話ヒストリア「正倉院宝物 守られた奇跡の輝き」

 1300年以上伝えられてきた奈良の正倉院宝物について。この度、NHKでは宝物の一部の8K撮影を行ったとのことで、その宣伝も兼ねている。

 

実は9割が国産だった宝物

 正倉院宝物と言えばシルクロードの宝物というイメージがあるが、まさにそれにピッタリなのが平螺鈿背八角鏡。一面に螺鈿細工が施された豪華絢爛な鏡である。この螺鈿には東南アジア産のヤコウガイが、さらにミャンマー産の琥珀にトルコ石も使用されている。制作されたのは古代中国と考えられ、まさにユーラシア大陸の材料を集めて唐で作られた宝物である。またサザン朝ペルシアで作られたガラス碗、白瑠璃碗なども正倉院に伝えられている。ペルシアの高度な加工技術とデザインセンスを伝えている。

参考 奈良国立博物館第70回正倉院展HP(平成30年)

www.narahaku.go.jp

 一方で実は正倉院の宝物の大半は、実はメイド・イン・ジャパンだというのである。宝物の一つである粉地花形方机の白い部分を科学分析したところ、日本特有の白色顔料である塩化鉛が使用されていることが判明したという。最近の調査によって9000点の宝物の9割以上が国産であることが判明しているという。

 

聖武天皇が設置した宝物作成工房

 これらの宝物を作らせたのは聖武天皇であると考えられている。天皇の権威を強化する必要があった聖武天皇は唐からの宝物に習って作った国産の宝物を臣下に与えることで、自らの力の誇示を図っていたのである。

 平城京の発掘の結果、様々な細工の一部などが発見されている。これらの細工は工房で行われており、このような工房跡が3カ所見つかっている。これらの宝物は内匠寮と言われる聖武天皇が設置した工房で製作されており、この内匠寮では木工職人、金工職人、紙貼り職人、絵師など多様な職人が連携して作業を行っていたのだと考えられる。これは当時としては革新的な工房であったという。

 なお光明皇后が内匠寮に鏡を磨くための油を送ったと記す木簡なども見つかったらしいが、その情報通りに油にベンガラを混ぜて銅鏡を磨いていみるなんてことも番組では行っているが、確かにピカピカに磨くことが可能だったとか。

 

幾度もの危機を乗り越えた宝物

 正倉院に伝えられている宝物は、聖武天皇が実際に愛用していた品々であるという。聖武天皇の没後に、妻である光明皇后が聖武天皇の愛用の思い出の品々を盧舎那仏に捧げるとして正倉院に封印されて保管されることになったのだという。鎌倉時代には雷が倉を直撃したり、戦国時代には大仏殿が放火されたりなど、火災炎上の危機に何度か瀕しているのだという。

 また宝物にとっての危機は火災だけではなかった。権力者による収奪の危険もあったのである。その際には天下の名香と蘭奢待の一部を差し出して権力者を満足させていたという。蘭奢待には足利義政、織田信長、明治天皇によって切り取られた跡が残っている。このことによって他の宝物は守られたのだという。香道は華道や茶道のように貴族の嗜みであったので、天下の名香である蘭奢待を所有することは権力者達を満足させるに十分だったという。

 

宝物を後世に伝えるための努力

 この正倉院宝物が1300年も保たれた理由には倉の中で箱に収められていたことが大きいという。二重のパッケージになっていることで温度や湿度の変化が少なかったのだという。

 と言っても放っておくだけだと劣化はある。宝物は定期的に検査されて修復もされている。その時の職人が全力を尽くして修復を行い、その時代の技術では修復が不可能なものは、そのままの状態で保管して後世の技術に委ねるということが行われてきたという。宝物の一つ、螺鈿紫檀五絃琵琶も明治時代に大修理がなされた。剥落した螺鈿などがこの時に補われたという。また平螺鈿背円鏡は鎌倉時代に盗賊によって破壊されたものがそのまま保管されており、これが明治に補修されている。

 現在でも科学調査に基づく修復作業は続いている。絵を描かれた琵琶である紫檀木画槽琵琶では使用している顔料の科学調査などが行われ、その結果に基づいて日本画家による復元された絵画が制作されたことで、往時の姿が明らかとなった。

 

 正倉院宝物の再現に纏わる展覧会が、かつて東京国立博物館で、そして現在は奈良国立博物館で開催されているので、それの宣伝も兼ねた内容・・・だったはずなのだが、残念ながら奈良での展覧会はコロナの影響で開幕が延期されている状況で、下手すると延期のまま終了になりかねない状態になっているので、この機会に放送したというところか。奈良は例の解除の39県に入っているが、それでなくても観光客が多くなる奈良で、三密必死の正倉院展を実施できるかどうかと言えばかなり難しいところである。

 なお今回の内容は以前にNHKが別の番組(正倉院に関する特番)で流していた内容の流用も多かった。いわゆるNHKお得意の放送素材の有効活用という奴です。NHKの膨大な放送素材を活用すれば、それだけで数年分の番組は作れるでしょう。

 こういう宝物を伝えるのには復元のための技術者というのが重要なのですが、こういう職人はどうやって育成しているのかというところも興味があったりします。職人も芸術家の一環ですから、自らの名を後世に残すことに意義を感じている者も多いのですが、この手の修復技術者はむしろ己を殺して裏方に徹することを要求されます(自身の創作意欲のままに元を無視した修復をしたら大変なことになる)。こういう一件矛盾した環境の中でどういうモチベーションに基づいて日々業務に励んでいるのかというのが興味のあるところ。また現代には完全に失われている技術・素材なんかも少なくないでしょうから、そんな部分の苦労なんかもあるでしょう。未来になればタイム風呂敷の使用で一発で解決するのかもしれませんが(笑)。

 

忙しい方のための今回の要点

・シルクロードの宝物というイメージの強かった正倉院宝物だが、近年の顔料の科学分析の結果などから、実は9割は国内で生産された物ということが分かってきた。
・これらの宝物は聖武天皇が設置した内匠寮という工房で多くの職人が連携して製作された。
・聖武天皇の愛用した宝物は、聖武天皇の死後に妻の光明皇后によって正倉院に治められて封印・保管されてきた。
・正倉院宝物は、火災や権力者による収奪の危機などをくぐり抜けて今日にまで伝えられてきた。
・これらの宝物は定期的な修理も行われており、それは現在も続いている。

 

忙しくない方のためのどうでもよい点

・宝物の中には今の世では同じ物は作れない物はあるでしょう。今では残っていない技術や、今でも入手が不可能な材料なんかもありますから。科学技術だけでは解決できない問題というのは少なくないんです。
・こういうのこそがまさに「民族の文化の象徴」という奴です。しかしなぜか普段声高に愛国を唱える者ほど、こういう方面にかける予算をケチろうとするんですよね。自称愛国者ほどなぜか積極的に亡国に導こうとする矛盾。

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