アスリートの怪我のしやすさを予測するシステム
アスリートを心身両面から支えるための試みについて紹介。
まずはアスリートを怪我から守るための研究。ハンドボール日本代表のスポーツスタッフでスポーツ医学が専門の大阪大学の小笠原一生助教が編み出した方法は、高さ20センチの台から片足で飛び降り、その時の衝撃と姿勢の揺らぎを調べるというもの。
理想的な着地だとひざが着地の際に揺らがないというものだが、例えば足の力が弱ければ着地の際にひざが揺らぐし、着地の際に衝撃が強すぎる場合は力が入りすぎていて、こういうタイプの選手は足をひねって靱帯を切るなどの重傷を負いやすいという。
このテストの結果、角南唯選手が怪我のリスクが高いと判定されたという。彼女は攻撃の要だが、足の力が強すぎて着地が不安定になっているのだという。そこで着地の姿勢を検討。前屈みの姿勢で着地することで体制を安定させ、怪我の危険を減らすことが出来たという。
アスリートのストレスを毛髪から調べてメンタル不調を予防
次はアスリートのメンタルについて。アスリートと言えばメンタルも強そうなイメージがあるが、実際には様々なプレッシャーがある上に基本的に「休む」ということが苦手な者が多いので、深刻な鬱を患ってしまう例があるという。プロサッカー選手会の調査によると、プロサッカー選手の実に38%がメンタルに不調を抱えているという。
メンタルの不調に対応するためにストレスの可視化に取り組んでいるのが筑波大学の征矢英昭教授。髪の毛に含まれるストレスホルモンであるコルチゾールを測定するのだという。コルチゾールはストレスに対抗するためのホルモンだが、コルチゾールが大量に分泌される状況が長期間続くと脳機能低下やうつ症状を発症することが分かってきたという。そこで毛髪に蓄積されるコルチゾールを測定することで長期的なストレスが分かるのだという。
被験者になったのはボート競技でリオ五輪の日本代表となった中野紘志氏。オリンピックに出て以来、自分を追い詰めて精神の不調を感じていたという。調査の結果、オリンピックの翌年にはコルチゾールの値はベース値の7倍にまで急増しており、このままいけばうつ病の危険などがあったという。これを受けて中野氏は練習姿勢を変更、それまでの「プレッシャーを受ければ強くなる」という考えからニュートラルな心境を心がけるように変えたという。その結果、コルチゾールの値は減少、そして全日本選手権でも好成績を収めることが出来た。征矢氏はこの研究はアスリート以外にもバイオマーカーとして使用できるのではと考えている。そこで一般人を対象にした調査も開始している。
都市の局所的な気象をシミュレーションで予想する
最後はアスリートの戦術に関わる気象予測だという。風向きや日陰があるなしなどは実際に例えばマラソン競技なんかには大きく影響する。そこで従来の天気予報よりもさらに細かい気象予測をしようというのである。
筑波大学の日下博幸教授が取り組んでいるのは、建物のデータなども取り込んで路地一本レベルの気象予測を行う技術。地面の材質や木の種類などもとりこんで、風向きや日射などを予測するという。その単位はなんと1メートル。通常の天気予報の100万倍の細かさだという。実際に東京駅で実測調査をしてみたら、気温や風などの予測結果が19カ所中17カ所で概ね一致したという。同じ日向でも細かい風の流れなどで温度が変わるのだという。
さらにはこれを涼しい町づくりに活かそうとしている。灼熱都市として有名な多治見で最適なドライミストの高さや街路樹の位置をシミュレーションで割り出し、涼しい町づくりのためのデータにしているという。今後は熱中症予想マップの作成なども考えているという。
以上、アスリートを守るための技術・・・とのことだが、3つめはかなり無理矢理だ。ネタが2本だけだと内容的にしんどかったから、無理矢理に3本目を引っ付けた印象。しかしこのネタは気象予測の方でまとめた方が流れが良かったような気がする。
アスリートの心身を守るとのことだが、私が以前から一つ気になっているのは、引退後のアスリートの健康をいかに守るかという観点。一般的に運動は身体に良いと思われているが、実はそれは趣味レベルの運動の話であって、アスリートレベルの運動になると身体にとっては拷問と同じで、特に引退後に身体にトラブルが発症しやすい。実際にアスリートは意外に短命な場合が多い。そのような引退後のアスリートの身体に発症するトラブルを事前予測して回避するというのも重要なのではないかと考える。
またメンタルの問題については、とにかく最近はオリンピックにも見られるようにスポーツに利権が直結するために、選手に余計で無意味なプレッシャーがかけられることが多い。こういうつまらないしがらみをまず撤廃することが重要だろう。そもそもメダルを多く取ったからその国が強いなんて自慢するような時代ではもうない。
このストレス値を可視化するという方法はアスリートだけでなく、一般市民にも応用できるようにしてもらいたいものだ。今のところはとにかくストレスは見えない敵であるからタチが悪いところがあり、それが可視化できれば対策の取りようもある。ちなみに常に身体が緊張状態で明らかに心拍が高めの私は、日常的に高ストレス状態であるのは感じている。
忙しい方のための今回の要点
・アスリートの怪我を防ぐための技術として、大阪大学の小笠原一生助教は10センチの高さから片足で飛び降りた時の反動と着地の姿勢の安定性に注目した。
・筋力が弱い者はひざがぐらつくし、力が強すぎる者も着地が安定せず、重大なけがをする危険があるという。そのような者は着地姿勢を意識することで怪我を防ぐことが出来る。
・一方アスリートのメンタル不調も問題となっている。筑波大学の征矢英昭教授は毛髪中のストレスホルモンのコルチゾールを測定することで、ストレス状態を数値化する研究をしている。この結果、メンタルの不調を抱えていたボート選手が、練習に対する姿勢を変えることで見事に好成績を収めることが出来た。
・細かい気象の変化も戦略に影響を与えるが、筑波大学の日下博幸教授は町の中の1メートルごとの範囲の温度や風の詳細なシミュレーションを実施している。この技術で多治見市を涼しい都市にするための街路樹の選定などにも取り組んでいる。
忙しくない方のためのどうでもよい点
・スポーツも選手のレベルまでやったら身体に悪いんです。万事、趣味のレベルでチンタラやってるのが実は一番身体に良かったりする(笑)。
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