実は男と女だけではなかった
人間には男と女の二つの性があり、それによって繁殖する戦略をとってきた・・・と思っていたのだが、それがもしかしたら少し違うかもしれないという話。
そもそも男性と女性はどこで分かれるかだが、今までは受精卵が出来て精子と卵子の核が融合して性染色体のXXとXYが決まる。その時点で性が決定されたと考えてきたのだが、やや違うそうだ。人の性のあり方を科学的に研究してきた国立成育医療研究センターの深見真紀氏によると、誰もが男と女の間のどこかに位置するのだという。性染色体において、XX,XY以外にYの一部が欠けているもの、Xが1本だけのもの、XXYのパターン、XYXXのパターンなどいろいろな染色体が見つかったのだという。また男女の外性器についても中間的な様々なバリエーションが見つかっているという。典型的な形でないために見かけだけでは性別の判別が出来ない例があるというのである。今まではこういうのは特殊な欠陥と考えられていたのが、思いの外存在が多いということが明らかとなりつつあり、今では性スペクトラム(つまりは性が連続的につながっている)という概念にたどり着きつつあるという。最近のスポーツ界でも男性ホルモンの値の高い女性が登場したり、男女の区別が難しいという問題が起こっているのだという。
性の分化を決めるSRY遺伝子
また性の分化であるが、受精卵が出来た時点では性染色体が決定するが、この時点ではまだ性別が確定したとは言えないという。8週目頃に生殖腺ができるが、これは精巣及び卵巣のいずれにもなれる状態であるという。この時にY染色体上のSRY遺伝子が働き、それが生殖腺を精巣へと変化させるのだという。このスイッチが入らないと卵巣が出来るらしい。さらにこうして出来た精巣から男性ホルモンのアンドロゲンが大量に分泌され、このアンドロゲンシャワーによって男性らしくなっていくのだという。
なお胎内でのアンドロゲンシャワーをどれだけ浴びたかが指に出るという話があるという。人差し指と薬指を比較して、薬指が長い者ほど大量にアンドロゲンを浴びており、いわゆる男らしいということになるらしい。ちなみに私はあからさまに薬指が長いのだが、その割には体力はなく、イケメンでもなく、女性には全くもてず、自分でも女々しい奴だと感じている。だからこれについては「ホンマかいな?」と疑っている。
男性が消滅する?
さらには男性が消滅するかもしれないという話があるという。自然界では実際にオスがいなくてもメスだけで卵を産む例があるという。イギリスのチェスター動物園のコモドオオトカゲのフローラは「処女懐胎」をしたというのである。オスとの性交渉なしに11個の卵を産み、7個が孵ったのだという。コモドオオトカゲは島にメス一匹など孤立した場合には、メスだけで卵を産むということが出来るのだという。このような仕組みは鳥や魚も持っており、オスとメスが繁殖に絶対必要なのは哺乳類だけだという。北海道大学の黒岩麻里氏によると、哺乳類は胎盤を作るのに父親由来の遺伝子が必要なようになっているので、オスとメスの双方が必要なのだという。哺乳類が胎盤を持つようになったのは、かつてのネズミレベルの弱小だった哺乳類の先祖が、母体と共に胎児が逃げられるように胎盤を得たのだという・・・のだが、これは胎盤の生成が父親の遺伝子によらないといけないという理由とは関係ないような。なおY染色体は傷ついた時の修復が出来ないので、段々と消滅しつつあるという。また男性の細胞内のY染色体も加齢と共に消えていくことが分かっており、70、80代ぐらいになると4割の細胞がYがないという。
となれば将来的にオスが絶滅する可能性があるのだが、既にY染色体が消滅しているトゲネズミでは、別の染色体にSRY遺伝子の働きをする部分が登場したことによってオスが生まれて繁殖しているという。
また性転換する動物も多く、クマノミなどは一番大きな個体がメスとなり、次の個体がオスとなり、多くの個体が性未分化だという。最初はオスになるのだが、身体が成長するとメスに変わるのだとか。だからある群れでメスが亡くなると、次に大きなオスがメスに変わるのだという。
一夫一妻制は実は人間には自然でない?
さらに人は多くは一夫一妻制を取っているが、これが本当に正しいのかについての疑問もあるという。東京大学の坂口菊恵氏によると、人は同じ相手に恋愛感情を抱き続けるのは大体2年半が限界だという(だから昔から「3年目の浮気」って歌もある)。動物について見た場合、ゴリラは一夫多妻である。ゴリラはオスメスで体格の差が大きく、この差が大きい動物は一夫多妻の傾向があるという。人間の場合は男女の体格差はあるが、ゴリラほどではない。一夫一妻のテナガザルはオスメスの体格差が全くなく、人間は両者の中間だという。さらにチンパンジーはオスメスの体格差は人間に近いが、彼らの場合は特定の相手と交尾しない乱婚であるという。だからオスは自らの遺伝子を残すために精子の数は多く、動きも活発である。チンパンジーの精子が6億個に対し、競争のないゴリラは5千万個、そして人間は2億5千万個と完全に中間だという。このような中途半端な人間は、一夫一妻よりもシリアルモノガミー(連続的単婚)という行動があるのではないかという。これは一夫一妻が永続するのでなく、数年で相手が変わっていくというパターンだという。うーん、これは浮気性の奴が「人類学の観点から浮気が認められた」と喜びそうだが、社会的にはどうなのよ? これに従うと仮面夫婦で互いに浮気しまくっているという夫婦が、一番生物学的に正しいということになる。しかし人間の場合は親権やら何やら難しい問題が付きまとう。
ウーン、驚きの話だった。処女懐胎にはビビったな。しかしこの論理だったらマリア様はコモドオオトカゲになってしまう。
それはともかくとして、性スペクトラムという考え方には頷かされるところがある。まさに今問題となっているLGBTの話である。スペクトラムになっているのなら、肉体上の性と精神上の性が一致しない場合があっても不思議ではないと言うことである。現在はこういうのを「異常」と捉えて排除しようという輩が少なくないが、実はその一方で昔からLGBTは潜在的にかなり多いということも推測されている。性がスペクトラムだとしたら、その数が多いのはいわば「当たり前」ということになる。この辺りはあからさまにヘテロである私には全く想像が付かない。
まあしかし男性がいずれ消滅するかもという話については「そうかも」という気が全く別の意味で感じる。いわゆる男らしくないせこい男が世の中にあからさまに増えているので。男女差別的な意味での男らしさの否定だけでなく、実は生物学的にもいわゆる男らしさというのが消滅しつつあるのかもなんて考えたりする。
忙しい方のための今回の要点
・今まで性の分化は性染色体で決まるとされていたが、単純にそれだけでは判別できない例がかなり多いということが近年の研究で判明してきた。
・最近の考え方では性は男女に完全に二極分化しているものではなく、中間的状態を含んで連続的につながっている性スペクトラムという考え方が登場している。
・またY染色体はいずれ消滅するという報告もある。動物の中にはオスとメスがいなくてもメスだけで繁殖する能力を持っているものは少なくないという。もっともY染色体が消滅したトゲネズミも、他の染色体が精分化に働いてオスが誕生しているという。
・一夫一妻制が人間の本来の生態として正しいのかというのに疑問を呈する声もあるという。生物学的観点からは人間は一夫一妻の相手を数年で変えていくシリアルモノガミーの方が自然なのではないかという話もある。
忙しくない方のためのどうでもよい点
・何か結局は「浮気性は悪くない」という擁護にだけ使われそうな内容だな。女性問題で干された芸能人とかが「俺は自然だったんだ」と開き直りそう。だけど大抵は奴らはシリアルモノガミーでなくて一夫多妻に近いから。
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