教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

12/17 BSプレミアム ヒューマニエンス「"思春期"リスクテイクの人類戦略」

思春期とは何か?

 今回のテーマは思春期。人によってほろ苦かったり甘酸っぱかったりなどの様々な思い出が残っていたりする時期だが、なぜか反抗的になり、あえて無謀なことに挑戦してしまったりする時期でもある。人はかなり長い思春期を持っているが、実はこれが人類の生存戦略と直結しているという話。

 思春期とは人が急激に性成長する時期であるが、実際にこの時期に男は筋肉が増え男らしく、女は脂肪が増えて女らしくなっていく。そして性器が成熟して生殖可能となる。こうして大人へとなるわけだが、そもそも思春期とは何かという問題もあるという。番組ゲストの進化人類学者で総合研究大学院学長の長谷川眞理子氏によると「子供というケアされる側から、大人というケアする側へと移行する時期」だとのことである。

 思春期ならではの暴走も人類としては意味があるものだという。アフリカで古代のままの生活を送る狩猟採取民のサンは、思春期の若者だけで狩りを行う風習があるという。すると大人達はそれまでに獲物が捕れたという実績のある場所に行くのに対し、若者たちは全く新しい場所を訪れるという。そういう若者の狩りは大抵は空振りに終わるが、もしそこで獲物が見つかれば、彼らの仲間は新しい狩り場を見つけるということになる。

 

性ホルモンが脳に影響を与える

 若者特有のこのような無鉄砲な挑戦心は脳の影響があるという。この時期には性ホルモンの分泌が急激に増加して、それが身体の成熟を促すのであるが、実はこの性ホルモンは同時に脳にも影響を与えるのだという。特に脳の内側の扁桃体や側坐核に影響を与えるという。扁桃体は怒りや悲しみなどの感情を司り、側坐核が活性化するとは欲求やリスクを好むようになるという。思春期特有の欲求に基づいての無鉄砲な行動とはまさにそのためであるという。

 この時期にこのような無謀な行動に走らせようとするのは、異性の獲得のために積極的な行動が必要になるからではというのが長谷川氏の説。織田裕二氏も言っていたが、まさにこの時期は試行錯誤の時期でもある。

 ではなぜ人はこのような成長システムを取るかであるが、思春期の前の10才ぐらいまでの時期は急激に脳を成長させる時期であるという。この時に脳の成長に莫大なエネルギーが必要となるので、身体の成長の方は脳が一渡り完成した10才以降ぐらいから始まるのだという。

 

思春期は実は30才まで続く

 思春期が始まるのは10才ぐらいだとして、では終わるのはいつか。世間的には20才ぐらいまでとされているが、脳の観点から見てみると実はもっと遅いという。東京大学の小池進介氏が脳画像を解析したところ、思春期には脳の神経繊維に脂肪の一種が巻き付いていくミエリン化という現象が発生するという。これが起こることで神経細胞の信号のやりとりの速度がアップして処理が高速化するのだという。ミエリン化が起こる神経繊維は脳の中間部分に集中しており、これは本能を司る脳幹部分と、理性を司る大脳皮質をつなぐ役割を果たす。つまりは脳が成熟化することによって、本能を理性でコントロールできるようになっていくのだという。そして年齢と共にどれだけミエリン化が進むかをfMRIで観察したところ、大体30才ぐらいという結果が得られたという。つまり脳科学から見た思春期は30才まで続くのだという。

 脳がミエリン化することによって判断が効率化するわけだが、それはある意味で思考がパターン化することでもあり、融通が利かなくなるという側面があるという。だから新しいことに挑戦しにくくなるということであるという。実際にチンパンジーなどは大人になると子供のように遊んだりしなくなり、必要なこと以外は全く何もしなくなるという。ただ人間の場合は脳のフレキシビリティーがかなり高いので、実際には大人になってからも新しいことに挑戦したりできる。この柔軟性こそが人類の最大の特徴だという。ということで、逆にいうと30才までの時期を何も学ばずに無為に過ごしたら、人間としての根本能力が相当劣ることになるようである。

 

思春期が人類を世界に飛躍させた

 人類はアフリカに発祥して、そこから世界中に広がっていったのだが、やはりそこには「あの山の向こうには何があるんだ」という人間の探究心や挑戦心が根本にあり、まさに思春期の賜物でないかとしている。さらに日本人はその思春期から生まれたのではというのが、番組の「妄想」

 そもそも氷河期には中国は台湾とつながっていたのであるが、そこから琉球列島の与那嶺島までは100キロの距離がある。台湾の山から見たら遙か向こうに島影が見えるというレベルだという。そこまで実際に当時の航海術で渡るという実験が以前になされたが(この模様はNHKスペシャルで昔紹介されていた)、丸太船で5人がかりで3日間昼夜こぎ続けるという過酷なものだったという。人類をそこまで駆り立てたのはまさに思春期の挑戦心ではないかという話。

 しかしその思春期に最近変化が現れているという。意欲の低い子供達を調べたところ、共通するのは「人に迷惑をかけてはいけない」という価値観に過度に支配されていたことだという。失敗を許さない社会が、思春期に必要なトライ&エラーを否定することで「無難に」生活することが求められ、その結果として抑圧された子供達が意欲を失うということになっていると言う。

 

 というわけで、人類の思春期は30才までとのこと。で、シャア・アズナブル20才、ブライト・ノア19才が厨二臭くて、ランバ・ラル35才がやけに老成しているのは当然だったというわけか。ちなみにTHE ORIGINになるともう少し若いランバ・ラルが登場するが、その頃の彼は確かにもっと厨二臭い(笑)。

 まあこの時代は妙に突っ張ったり、反抗したりするもので、確かに私もそれに基づいたかなり「痛い」思い出はある。そして今の社会が過度にそういう若者の失敗を認めない息苦しい社会になっていることも感じる(とは言うものの、若者が他人の迷惑を考えずに好き勝手やっていいというわけでもないが)。なかなかそういう「通過儀礼」もしにくくなっているから、逆に「成熟し切れていない」大人が増えているのかも知れない。

 そう言えば私が30才の時といえば、ちょうど人生について悟ったというか。それまでの「いずれはノーベル賞クラスの一流の研究者になる」とか「世間的に名の通った一端のライターとして身を立てる」とかいう夢がまさに叶えることは絶対不可能な妄想であることを悟り、「まずは日々生活できないと」と開き直った時期でもあった。俗に「夢を一つずつ捨て去っていくことが大人になるということ」などとも言うが、実際にそういう側面もあったりする。

 そう言えばこの年になると、とにかく全く新しいものに挑戦するということがなくなったし、そういうことを考えるのも面倒になってきた。残念ながら、今までやって来た範囲内での世界を拡張することまでは出来ても、そこからさらに新たな世界に踏み出すということがとにかくしんどくなるのは事実。実際に私は50を過ぎてからブログという新しい世界に進出したが、その内容はいずれも30才前後でやっていたHPの延長線だったりする(徒然草枕はHP「私的美術館紀行」のもろに拡張後継だし、教養ドキュメントファンクラブはそのものズバリの同名のHPをかつてNiftyで運営していて、白鷺館に至っては私のもっとも原点のHP)。

 

忙しい方のための今回の要点

・思春期は脳の発達がほぼ完成した人類が、次に性成長を中心に身体を完成させる時期に当たるという。
・身体の成熟を促すための性ホルモンは脳の扁桃体や側坐核という脳幹部分にも作用し、欲望に基づいて無謀とも言える行動を促したりすることになるという。
・この頃に脳のミエリン化が進行する。これは脳の神経繊維に脂肪の一種が巻き付いていく過程で、これが起こることで脳の信号伝達が高速化して効率化する。しかしその一方で新たなことに対する柔軟性は落ちてくるという。
・人間の思春期から来る挑戦心が、実は人類の生息域の拡大の原動力になったのではないかと考えられるという。
・しかし現代の若者は「他人に迷惑をかけない」という価値観に過度に抑圧され、また失敗が許されない社会の中でトライ&エラーが否定されることで、意欲の減退につながっている可能性が高いという。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・老人になるほど「頭が固くなる」というのはミエリン化で説明がつくようです。最も成熟が限度を超すと脳細胞自体の死滅などが起こってくるので、「効率化したものの全体としての能力は落ちてくる」ということになるのでしょう。つまりはこれが「老い」か。
・今回を見ていると、人間は30才までの経験と知識の貯金が生涯大きくものを言うということになるようです。なるほどこの時期を無為に過ごすと後で後悔では済まないことが起こると言うことか。そう考えると、この時期をゲームやネットで無為に過ごしていることが多い若者が増えたと言うことは、将来に思考能力の著しく低い大人が増えると言うことで・・・ってもう既に確かに起こってるな。

次回のヒューマニエンス

tv.ksagi.work

前回のヒューマニエンス

tv.ksagi.work