教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

12/3 BSプレミアム ヒューマニエンス「"指"ヒトとサルの分岐点」

人間の進化の鍵となった指

 今回のテーマは指。実はこの指が人類の進化と大きな関わりを持っているという。

 まず「指だったらチンパンジーだってあるじゃん」という声も聞こえてきそうだが、実は人間の指とチンパンジーの指は根本的に違うという。チンパンジーの手を見ると、親指が人間よりも随分短い。これに対して人間の親指はよく発達していて、動きの自由度も高い。チンパンジーが木の上を移動する際、枝をつかむのは4本の指を引っかけるだけで親指は使っていない。それに対して人間の親指は他の指と相対しており、しかも親指の筋力が非常に強い。そのために物をしっかりと握ることが出来るという特徴がある。

 この親指の進化こそが人類を独自の進化に向かわせたものであるという。人類が親指をこのように進化させたのは、人類が草原に降りて生活し始めたことと関係あるという。

 草原に降りたすぐの人類は狩りも上手く出来ず、肉食獣の餌食になることも多いひ弱な存在だった。そんな彼らが草原で入手することが可能であった食料は、肉食動物が食べ残した死体の骨の骨髄であったと考えられるという。そしてこの骨髄を食べるには石を使って骨を割る必要がある。そこで石をしっかりと握れるように親指が進化したのだという。こうして指を発達させた人類はさらに高度な道具を作れるように進化していった。指を使うことが脳の発達をも促したのだという。

 

指を高度に制御するための筋シナジー

 この高度な指を制御するシステムは現在でも謎を秘めているという。指を動かす筋肉は片手で29個もあり、この筋肉の動作の強さが10段階あるとしたら、合計で10の29乗と言った膨大な組み合わせを制御する必要があることになるのだという。これはスーパーコンピュータを使用しても到底不可能な数である。

 この制御システムとして筋シナジー仮説というものがあるという。大脳から指を動かす指令は29個の筋肉に直接行くのではなく、途中の中継地点までは1つの通路で、そこから29個の筋肉に各指令が行くようになっているというのである。この仮説を証明するためにニホンザルを使った実験の結果、脊髄に筋シナジーにに関係する細胞があることが分かったのだという。つまりは「握る」という指令が脳から脊髄に伝わると、それで脊髄から個々の筋肉のコントロールを行う信号が行くようになっているということである。脳は複雑な指示を個別に出さず、複雑なコントロールは脊髄に丸投げすることで負荷を軽減しているのだという。この動作のパターンは学習で定着し、つまりは訓練を重ねることで複雑な動作が「自動的に」行えるようになるのではとの話で、微妙に先週の「自由意志」と絡んでいる。

 さらに人間の指の動きを再現するロボットの開発も行われている。早稲田大学の菅野重樹教授が開発しているのは、人間と同じ指の動きを出来るロボット。手の硬さを人間と同じにして圧力センサーを取り付けた。ただし指は4本である。実は人間の手ですることは指が4本あればほとんど再現できるという。そもそも人間の指がなぜ5本なのかについては分かっておらず、目下のところ「偶然」としか言いようがないという。なお陸上に上がった動物の指は一旦5本で収斂してから、そこから機能に合わせて数が減る方向(例えば馬なんかは中指の1本だけが残った)に進化したという(ただパンダは6本目の指みたいなものがあると聞いたことがあるが)。ちなみに菅野教授のロボットは介護など人と協力する作業を想定しているとのこと。

 

指のセンサー機能を伝える装置

 さらに指にはものをつかむだけでなく、センサーとしての機能もある。指の触感は指紋などに伝わった皮膚の歪みなどの振動情報がパチニ小体というセンサーに伝わって脳に送られるのだという。この機能によって固いものを強く持ち、軟らかいものは緩く持つと言うことが出来るという。そしてこの触覚を使えるというシステムを開発しているのが名古屋工業大学の田中由浩准教授。彼が開発した装置は指先に取り付けたセンサーが感知した振動を別の再生機に伝えるようになっている。実際に脳卒中で片手の触覚を失った患者につけて1時間ほど訓練したところ、それまでは触覚がないせいで物をうまくつかめなかったのが、積み木をつかんで積み上げられるようになった。これは触覚の情報が脳に蓄積されていて、それが呼び出されるようになるからだという。なおスタジオで実際にこの装置を試してみたところ、例えばペンで字を書いたらその感触が分かり、しかも直線を書いているのか円を描いているのかまで分かったという。


 以上、人間の手について。チンパンジーが親指をほとんど使わないということは私も知らなかった。そう言えばチンパンジーが物を持つ時は何となくぎこちなさを感じるが、それはここに原因があったのか。なお進化において非常に重要な役割を果たした親指であるが、現代人はスマホなどのせいで親指を酷使しすぎているのが問題となっている。かく言う私も親指の腱鞘炎で手術をしたことがある(手首を切開した)。将来の人間の手はさらに親指が肥大化するかも知れない。

 

忙しい方のための今回の要点

・人間の手とチンパンジーの手を比較した時、人間の親指は大きくて自由度が高い。チンパンジーは枝をつかむ時に4本の指で引っかけるが、人間は親指が他の4本と相対することで物をしっかりと握ることが出来る。
・このような手が出来たのは、人類の祖先が草原に降りて来た時、食料として肉食獣が食べ残した骨を石で割って骨髄を食べる時に、石をしっかりと握れるように進化したのではないかという。
・さらに指を使うことによって、脳が進化することになり、今日の人類へとつながったと考えられる。
・人間の指は29もの筋肉を複雑に制御しているが、これらを全て大脳でいちいち制御していたら追いつかない。手の制御は筋シナジー仮説というものがあり、大脳からは「握れ」というような漠然とした指令が脊髄に伝わり、ここで各筋肉を具体的に制御する指令が送られているという。だからパターン学習をした動作は自動的に行えるようになるのだという。
・人間の指は触覚センサーとしての働きもあるが、これは指紋などの皮膚の歪みなどの振動がパチニ小体というセンサーに伝わることで感じられるという。現在、この触覚を伝える装置が開発されており、これを使用して訓練すると脳卒中で触覚をなくしていた患者が、物をうまくつかめるようになったという。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・まあ昔から「器用な人ほど頭がよい」などと言ったりします(もっともそれが真実なら、不器用な私はかなり頭が悪いことになるが)。手の働きというのは人間の脳の働きとは不可分なようです。番組ではピアニストが登場して、訓練で手の動きを学習するというようなことをいっていましたが、確かにそんな物ですね。私もピアノは全く出来ませんが、タイピングは明らかに訓練で動きを習得しました。もっともカナ漢字変換に特化してしまったので、日本語タイプは早いですが英字が混ざると途端にヘロヘロですが。

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