教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

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番組リスト

12/17 BSプレミアム ザ・プロファイラー「美しきスパイ マタ・ハリの純真」

世紀の女スパイの真実

 第一次大戦中、多くの上流階級の男性と関係を結び、実はその裏でフランスとドイツの二重スパイとして暗躍した世紀の女スパイとされるマタ・ハリ。だが改めて探ってみると、その真相は従来のイメージとは大きく異なるという。

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世紀の女スパイ? マタ・ハリ

 マタ・ハリは東洋の聖なる踊り子などとされるのだが、実は本名をマルガレータ・ツェレという東洋とは縁もゆかりもないオランダの片田舎生まれの女性だという。彼女は町で唯一の帽子屋の元に4番目の娘として生まれた。父はかなり金回りが良くて派手好きだったという。彼女は「父は男爵だ」と回りに言いふらし、やがて上流階級の子弟の多い学校に入学、彼女は語学が得意だったという。しかし彼女が13才の時、父が石油株で失敗して破産、さらに母が急死して一家はバラバラになる。彼女は親戚の家に引き取られる。

 そして15歳になると保育士の育成学校に入学させられる。身長175センチ、オランダでは珍しい黒髪と褐色の肌の美しい女性に成長した彼女は嫌でも男性の目を惹く存在だったという。そして35歳も年上の校長と深い関係になってしまう。

 

結婚してインドネシアに移住するが

 しかしこれが回りに知られて彼女は退学させられる。行き先に困っていた彼女は新聞に掲載された花嫁募集の広告に目を留める。当時はこういう広告が普通にあったのだという。広告を出したのはオランダ軍大尉のルドルフ・マクラウド。そして彼女は自らの写真を添えた手紙を送り、その美貌に魅せられたルドルフは彼女と結婚する。ルドルフ39歳、マルガレータは19歳だったという。

 やがて長男のジョンが誕生、そして夫の海外転勤に伴い、子供を連れてインドネシアに移住する。そこでマルガレータは東洋のエキゾチックな文化を目にする。そして翌年には長女のノンが誕生する。しかしルドルフの浮気や女遊びで家庭内は不和となり、ルドルフは暴力をふるうようになる。そして長男のジョンが2才で亡くなったことが決定打となる。ルドルフが息子の死をマルガレータのせいと責めたせいで夫婦間は完全に破綻、マルガレータは離婚を決意、娘を引き取ることを希望したが養う力がないとして娘の親権は夫に取られてしまう。

 

フランスに戻って踊り子として評判になる

 28才のマルガレータは一人でパリに向かう。パリはベルエポックで文化が華やかかりし頃だった。マルガレータは持ち金をはたいて超高級ホテルに泊まると着飾って金回りの良さそうな男と関係を結んでは生活費を稼いでいた(いわゆる高級娼婦という奴か)。そんな時に知り合いの男から上流階級のサロンでダンサーをやらないかと声をかけられる。彼女は引き受けたもののダンスの経験はなかった。その時にインドネシアで見たダンスを思い出したのだという。そしてそれを元に踊りを考案、自らジャワ生まれの踊り子と称したという。エキゾチックな衣装を身に纏った彼女は、踊りながら衣装を一枚ずつ脱いでゆき、最後はブラジャー一枚となる。これが男たちの喝采を浴びる(スケベばかりだ)。彼女自身、「ダンスを上手く踊れたことなど一度もなく、人気になったのは人前で裸をさらした最初の最初の人間だったから」と語っているとか。

 彼女はギメ美術館の特別公演のオファーを受け、それで一躍ブレイクする。この時に東洋の神秘に相応しい名前としてマルガレータに与えられた名前がマタ・ハリ(マレー語で太陽の目の意味らしい)だったという。公演は大成功して彼女の名はヨーロッパ中で知られることになる。

 彼女は自分の活躍を伝える新聞記事をスクラップにして残していたという。明らかにマタ・ハリという自分に酔っていたという。そして彼女の名が知れ渡ると、つきあう男たちも実業家や王族などステイタスの高い者達へと変わっていった。その中にはプッチーニの名もあるという。彼女はそれらの男と次々と関係を結んでいったが、特に制服の男が好きだったという。どうも将校に対する憧れがあったらしい。

 

栄華の頂点からの転落

 ダンサーとして成功したマタ・ハリは大富豪のパトロンから城を与えられて優雅な生活を送っていた。しかし彼女は娘と暮らすことだけは実現できないでいた。使用人に誘拐しても良いから娘を連れてくるように命じたらしいが、ルドルフに見つかって頓挫する。

 取材が殺到する彼女は、自らの神秘性を高めるために偽りのプロフィールを次々と作り上げたという。曰くジャワ生まれで熱帯雨林で育った。曰く祖母がジャワの王族でインドの血が流れているなどなど。

 35才の時にスカラ座から公演のオファーが届く。マタ・ハリの公演を見ようと大勢の観客が押しかけるが、ここでマタ・ハリが披露したのはシックな衣装を身につけて踊るだけで、いつもの服を脱ぐショーはなかった。彼女はダンスそのもので評価される本物のアーティストに脱皮しようとしていたのだという。しかしながらそもそもダンスの経験のなかった彼女のダンスは酷評されることになる。結局これから徐々に人気は低迷していく(要するに脱がないと需要がなかったということ)。またパトロンの大富豪とケンカ別れして城を出て行くことになるなど苦しい状況になっていくが、派手な暮らしをやめることは出来なかったという。

 借金まみれになったマタ・ハリは37才でベルリンに移住する。ロンドンやアメリカではダメでもベルリンなら何とかなると考えたらしい。しかし間もなく第1次世界大戦が勃発し、予定されていたベルリン公演も中止となる。

 永らくフランスで暮らしていたマタ・ハリは敵国の人間して扱われ、銀行口座は凍結され、毛皮や宝石類は差し押さえされることととなる。すべてを失った彼女はオランダに戻って細々と暮らすことになる。そんな時に実は娘のノンが密かに母の家を見に行ったらしいが、彼女はドアをノックすることはなく、彼女は娘が近くにいることさえ気づかないまま永遠の別れになってしまう。

 

苦しむ中で金のために二重スパイとなることに

 彼女が39才の時、ドイツ領事のカール・クレーマーが訪れ、彼女にドイツのスパイとして働くと2万フランを提供すると申し出る。彼女はドイツの負担でパリに戻れると深く考えることなくこの申し出を受けたという。実は彼女はそもそもスパイなどする気は毛頭なく金が欲しかっただけだったという。

 久しぶりに戻ったパリは重苦しい空気に包まれていた。当時のフランスはドイツに大敗北を喫していた。ソンムの戦いで連合国は70万もの犠牲を出していたという。しかしこの時にマタ・ハリはロシアの将校であるマスロフと出会って恋に落ちる。マタ・ハリ40才、マスロフは21才の青年だったという。しかしマスロフは戦場で左目を失う負傷をする。彼の元に駆けつけるための許可を得るためにフランス軍を訪れたマタ・ハリは諜報部のラドゥーからフランスのスパイになることを勧誘される。マスロフから求婚されたマタ・ハリはそのための資金を得るためにフランスのスパイとなるのを引き受ける。

 彼女はドイツ皇太子に接近して軍事情報を入手しようとしていたが、3ヶ月経ってもドイツに入ることさえ出来なかった。焦った彼女はマドリードのドイツ大使から情報を引き出すが、そこで得た情報は既にフランス諜報部が既に得ていたものだった。彼女はスパイとしては全く無能だったという。そしてパリに戻った彼女は突然にフランス当局に逮捕されてしまう。

 

結局は戦争の犠牲とされる形で死刑になる

 マタ・ハリに関してフランス軍が保管していた書類が2017年に公開されたという。それによると彼女はドイツのスパイとして逮捕されたのだという。しかし彼女は実際にはドイツのスパイとして何らの成果も上げてなかった。調べに当たったプーシャルドンは彼女の有罪を確信しており、執拗に彼女を責めると共に、刑務所の環境を劣悪なものとして彼女を追い込んだ。半年間着替えやクシも与えられない環境の中で彼女は過ごすのを強制されたという。マタ・ハリはこの状況下でマスロフと顔を合わせることを最も恐れていたという。

 3ヶ月後、ドイツ軍の電文の中からH21(マタ・ハリのコードネーム)に金を渡してフランスに向かわせたとの記載を彼女に突きつけ、彼女は自らがH21であることを認めざるを得なくなる。さらにプーシャルドンはマスロフの調書を彼女に示す。そこにはマスロフがマタ・ハリと別れるつもりであることが記載されていた。これで彼女の心は完全折れる。

 そして軍事裁判となる。結局は彼女がフランスの情報をドイツに流したという証拠は全くなかったのだが、ドイツに大敗してその責任をどこかに押し付ける必要のあったフランス政府によってこの大敗の責任者として処断されることになってしまったのだという。結局はマタ・ハリは死刑の判決を受けて銃殺される。最後の瞬間、彼女は目隠しを拒んだという。

 

 何か世紀の大スパイのイメージがあったのですが、こうして聞いていると「全然話が違うじゃん」というのが正直な感想。特に大敗の責任を誰かに押し付けたかったフランス政府によって、その大敗の責任者として世紀のスパイとして祭り上げられてしまったというのはあまりに不憫。そう言えば日本においても、満州国の宣伝のために男装の麗人の工作員として祭り上げられた川島芳子というのがいたな。結局は彼女も大した活動もしていなかったのに、後に中国の思惑で処刑されている。

 マタ・ハリもあちこちとコネがあるみたいだからスパイとして使ってみたものの、思いの外全く使い物にならなかったので、無駄な高額の報酬を払うぐらいなら、いっそのこと生け贄にしてしまえってなものだったんだろう。まさしく戦争の犠牲である。

 もっとも彼女自身もあまりに考えがないというか、行き当たりばったりな人生を送っているということの批判は免れないだろう。もっとも当時に女性が一人で生きていくということがどの程度可能であったのかということは考慮に入れる必要はあるが。

 人気絶頂の頃に路線の変更で失敗して人気が低迷することになったという話だが、実際は彼女も年を取ってきたと言うことと、彼女自身が世間から飽きられてきたということが大きいんだろうと思う。しかしそこからアーティスト路線に転じようとしても、元々ダンスの素養がなかったわけだから、それは上手く行きそうなはずがない。つまりは脱がなくなったストリップダンサーには需要がなかったという非常にシビアな話。その挙げ句に戦争でショーどころでなくなったことで、彼女は結果として追い詰められ、目の前の金に飛びついた結果が身の破滅だったと言うことになる。

 

忙しい方のための今回の要点

・マタ・ハリはそもそもオランダの片田舎の生まれである。その後、オランダ人大尉と結婚してインドネシアに渡るが、夫の浮気などから家庭は崩壊して離婚してパリに戻ってくる。
・パリで彼女は高級娼婦の生活を送っていたが、ある時にサロンでのダンスを依頼される。ダンスの経験のなかった彼女は、インドネシアで見たエキゾチックなダンスに着想を得て、さらには踊りながら着衣を脱いでいくという演出で人気を博することになる。
・大評判となって一躍スターダムにのし上がり、多くの実業家や王族などと関係を結んだ彼女だが、路線変更して脱がなくなってアーティストを目指したことから人気が低迷していくことになる。
・追い詰められた彼女はベルリンに渡るが、すぐに第1次大戦が始まってショーも中止となる。口座などを差し押さえられてオランダで細々と暮らしていた彼女にドイツの諜報部からスパイとして声がかかり、金をもらってのフランス行きが可能となると考えた彼女は、深く考えずにそれを受ける。
・フランスはドイツへの大敗で沈んでいる時だった。彼女はそこで青年将校のマスロフと恋に落ちる。そして彼との結婚のための資金を得たいと思った彼女は、フランスのスパイの提案を引き受ける。
・しかし彼女はスパイとしては全く役に立たなかった。その挙げ句にフランス政府によってドイツのスパイとして逮捕される。彼女は結局はフランスの情報をドイツに流したことはなかったのだが、過酷な責めを受けた挙げ句に死罪の判決を受ける。結局はフランスの大敗の責任がすべて彼女に被せられることとなる。

 

忙しくない方のためのどうでもよい点

・まあひどい話だなという感想しかないわな。軍なんてこんなものだわ。彼女は元々から男の目を惹く美貌を持っていたのだが、それがゆえに栄華にたどり着いたが、そこから転落することにもなったということか。男をもてあそぶ悪女と言うには、意外に要領も悪いところがあったようだ。峰不二子のような本当の悪女ならこういう悲劇的な結末を迎えることもなかったろうに。

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