教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

6/1 BSプレミアム プロジェクトX 挑戦者たち(リストア版)「窓際族が世界規格を作った~VHS・執念の逆転劇」

かつて世界規格となったVHSの開発秘話

 今回は日本初の世界規格となったVHSビデオについて・・・と言われても、既にVTRなんて滅んで久しいので、今となっては「?」な者も少なくないのではないかと思われるのであるが、この番組が放送された時はまさにVHS花盛りだった時代である。何かそういう辺りも時代を感じたりする。

 なおこの放送は富士山レーダーに次いで、この番組の第2回目の放送となっている。だから私の当時のアーカイブもかなりあっさり目。しかも私は実はβ派(だったんだが、私が初めてビデオを購入した頃には既に天下はVHSに定まっていたので、VHSを購入している)だったということもあり、当時の記事内容にはそういう私の個人的想いも滲んでいる。

 

プロジェクトX 挑戦者たち「窓際族が世界規格を作った~VHS・執念の逆転劇」(2000.4.4)

 今回は今や世界規格となったVHSビデオの開発秘話である。ビクターは今でこそビデオを中心とした大メーカーであるが、この当時はステレオが中心の弱小メーカーだった。その中でも特に駄目だったのが、業務用ビデオを扱っていたビデオ事業部で、ここは赤字を垂れ流している状況だった。そしてそこに左遷同然で配属された部長と、本社の採算悪化によって切り捨てられた技術者達が、一発逆転をかけてホームビデオの開発を行うという「サラリーマン根性もの」である。

 本社からのリストラ命令をなんとかかわし続ける部長。本社には極秘で開始したプロジェクト(本社にばれたらクビは確実)、経理部長を味方に付けて嘘八百の業績見通しでなんとか本社をだまし通そうとするといった手に汗握る展開になっておりなかなか楽しめる上に、研究者である私としても、彼らの「技術者魂」には非常に共感できるものだった。

 そして彼らの努力の甲斐あって、VHSビデオはSONYのβから遅れること3ヶ月後に開発に成功する。その後、親会社の松下やその他の家電メーカーに対して技術をオープンにすることで、VHS陣営を増強していくという手法が的中し、ついにはβを駆逐してビデオのスタンダード規格になっていくのである。

 内容的には実に面白いものであった。ただ私個人としてはどうにも複雑なのは、私の評価としては明らかにVHS規格はβ規格に比べて能力的に劣っているものであるということ(これは両方式のビデオの映像を比較したことがあれば明らかである)。だから私としては、VHS対βの争いは「技術的には優れていた規格が販売力などの他の要因で駆逐されていく」といった技術者の目からは極めて不本意な例の典型として記憶されているので、残念ながらこの番組の中身に100%は共感できなかった。ただそういうことはあるものの十分に興味を持てる内容であった。

 リストラで人材を切り捨てることばかり考えている経営者は、真のリストラクチャリングとはどういうことかを考えて欲しいと思えた。首切りだけなら素人でも出来る。

 

 以上、当時のアーカイブ。なかなかあっさりしたものである。なお少し補完すると、この左遷された部長が高野鎮雄で、VTR事業部は大赤字のまさに風前の灯火で、社内では部長になれば1年でクビと言われていた状況。高野も自暴自棄で連日つぶれるまで酒浸りだったとか。そこに本社のVTR部門が廃止され50人の技術者が事業部に移されてきたが、その面々が日本で初めてブラウン管に文字を映した天才技術者・高柳健次郎の弟子達だったことから、高野は本社に極秘で家庭用VTRの開発を行うことを決める。

 50人の中から高柳の右腕だった白石勇磨を起用し、彼の推薦で工業高校卒の梅田弘幸と大田善彦の二人を抜擢し、高野を含めてたった4人の極秘プロジェクトとして家庭用VTR開発に挑んだのだという。ただし既に人材豊富なソニーが家庭用VTRの開発に乗り出していたので、かなり厳しい勝負だったという。

 そして本社のリストラ命令を必死でかわしながら開発を続けるが、ソニーが先にβを発表することになる。しかしβは録画時間が1時間という欠点があったので、2時間録画可能なVHSを3ヶ月後に開発。そしてこの試作機を当時βに傾いていた松下幸之助に見せ、松下をVHS陣営に引き込むと共に、まずは普及させることを第一として、試作機を各メーカーに無償で貸し出してVHS陣営を強化するという策を取る。そしてこれが功を奏してVHSがβを駆逐することになるというわけである。なお左遷された高野はVHS発表の10年後にはビクターの副社長になっている。

 まあ窓際族の逆転劇という点が非常に熱いドラマなのだが、実際のところのVHSの性能は明らかにβよりも劣っていたことを私は知っている(店頭でよく比較視聴などをしていた)だけに複雑なわけである。当時も書いているが、結局は技術的に優れていた物が営業戦略的なもので敗北してしまったわけなので。

 ただこの時に、高野が目の前の利益を一旦捨てて、規格を浸透させる手を取ったのは賢明だったと思う。結局はVTR以降の映像機器は各社が目先の利益の争い合いの規格乱立で、結果としては消費者を混乱させた挙げ句に日本は家電トップの座から転げ落ち、世界規格からはむしろ取り残されることになってしまったわけであるから。結局は日本の家電メーカーはこの番組が放送された頃がピークであり、この後は急坂を転げ落ちるようにダメになってしまう。この辺りはあまりに悲しすぎる。

 

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