教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

6/10 BSプレミアム ヒューマニエンス「"舌"変化自在の開拓者」

舌は「喉から生えた手」

 今回のテーマは舌。味を感じる器官としても、人間にとっては言葉の発生のためにも重要な臓器である。この舌がどのように進化したかに注目する。

 動物の舌に注目すると、キリンは長い舌で葉っぱを巻き取って食べる、カメレオンは時速90キロもの速さで伸びる舌で獲物の昆虫を捕らえる。実に多彩な働きをする。舌がこのように自在な働きをするのは舌の発生のメカニズムを見れば分かるという。

 ニワトリの受精卵の中を見ると、4日目にして身体の基礎部分が生成し始めているが、ここで胴体となる部分が体節と呼ばれる部分である。ここから手足だけでなく、舌も生まれるのだという。つまり発生の過程で舌は手足と同様の生まれ方をしており、喉から出た手とも呼べるという。

 生物がこのような舌を必要とするようになったのはいつからか。それは生物が陸上生活を始めるようになってからだという。それまでの海洋生活では餌は海水と共に吸い込めば良かった。しかし陸上では餌を捕まえて口に運ぶ手段が必要となったのである。実際にアリクイなどは長い舌でアリを捕らえて口に運んでいる。舌は陸上生活に不可欠だったのである。

 

人間の舌は丸くなった

 ここで人間の舌だけに生まれた特徴的な変化があると言う。それは人間の舌は丸いということだという。舌といえば平たいイメージがあるが、MRI画像を見るといわゆる平たい舌の下に丸い巨大な筋肉が存在し、実際はこれらすべてが舌である。これを類人猿らと比較すると明らかに丸いのだという。つまり人は舌を長く伸ばすという機能を捨て、口の中で細かく動く機能に特化したことになる。

 人がそのように進化したのは700万年前に二足歩行を始めてからだと推測される。人の舌はチンパンジーと比較するとチンパンジーの舌が前後方向に動くことに特化しているのに対し、人の舌は前後方向の動きが小さくなる代わりに上下方向に動けるようになっている。口の中で自在に動かせるようになったことから、言葉を発することが出来るようになったのである。結果としてこれが人類の文明を発展させることにつながる。

 言葉の発声は人間が舌を使って口の中の形を自在に変化させることで行っている。実際に口の中を再現した模型を人工声帯の上に取り付けると、音声が「あ」とか「え」とかの音を発する。これにさらに子音が加わると、舌は実に細かく口内で動くことになる。これが可能となったのがまさに丸くなった舌の恩恵である。

 

生物によって異なる味覚

 さらに舌の重要機能といえば味覚である。味覚は舌にある味蕾が食べ物の成分を捕らえることで感じるものであるが、ここに我々は4億年前の記憶を残しているという。魚類だった我々の祖先は味覚受容体を唇や体表、ヒゲなどに持っていたという。これで水中に漂う餌を感知していたのである。これが陸上生活を行うようになった時に舌に集まった。味覚受容体は水に溶けた物質を感知する必要があるために、水分を含んだ口の中に味覚センサーを集めることになったのだという。つまり我々は口の中に海を持っているのだという。

 人は味覚によって食べられるものと食べられないものを判別した。哺乳類は甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つの味覚を持つが、猫類では肉が主食のために甘味は感じなくなり、パンダはうま味と苦味を感じなくなっているという。味覚は食性と深く関わっているという。ゲストの料理研究家の土井氏によると、人間はさらに味覚以外の五感に記憶まで動員して食べ物を判断しているのではというが、これはまさに同感。

 人間が特においしいと感じるものの一つがグルタミン酸であるが、実際に味覚受容体はグルタミン酸に強く反応するようになっているが、これは人に特有のものであるという。これは人の巨大化した脳がグルタミン酸を必要とするのではないかという。神経細胞のやりとりには伝達物質としてグルタミン酸が使用されるので、人はそれを調達するためにグルタミン酸に敏感になったのではないかという。

 

 「舌は喉から生えた手」というのはなかなかに面白かった。人間の舌は外に飛び出すという機能を捨てて、その代わりに口の中で細かく動くようになったので言葉が発声出来るようになったという観点は興味深い。と言うことはたまに舌が異様に長い人がいるが、彼らは原始的だということか(笑)。

 またグルタミン酸が脳と関係しているというのは公知だが、だからといってグルタミン酸を良く摂れば脳が進化するものではない。実際にグルタミン酸を取り過ぎると今度はグルタミン酸中毒という症状を引き起こすことがある。なおグルタミン酸は脳と関与するということから、味の素が登場した当初は「これを使用すると頭が良くなる」なんてことが言われていたことがある。まあ和食がグルタミン酸が多いのは公知なので、これを持ってして「日本人は優秀である」という国粋思想に使用されたこともある。しかし今日では化学調味料の多様はむしろ頭に悪いのではということの方が言われている。化学調味料の多用に慣らされたいわゆる「ファミレス舌」はかなりひどいもので、少なくとも味覚を破壊することは間違いなさそうだ。

 

忙しい方のための今回の要点

・舌は発生の段階で手足と同様に体節から生じており、喉から生えた手と考えることが出来る。
・生物が舌を必要とするようになったのは、陸上生活をするために餌を口に運ぶ必要が生じたから。実際に多くの動物が餌の確保に舌を使用する。
・一方で人間の舌は丸く進化した。これは人が二足歩行をするようになったことと関係しているという。その結果、人の舌は外に飛び出す機能は衰えたが、口の中で細かく動かすことが可能となり、それが口の中を空間を自在に操作して発声出来るようになることにつながった。
・一方の味覚は、元々水中生活の時は体表に存在したものが、陸上生活することによって水分を含む口内に移動した。
・哺乳類の味覚は基本的に5つの感覚からなるが、その内容は食性によって変化し、肉食が中心の猫類は甘味を感じにくくなっているという。また人類はグルタミン酸を強く感じるようになっており、それは脳内伝達物質としてグルタミン酸が必要だからではないかと推測されている。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・「身体が欲しがる」という言葉がありますが、実際に人間はその時の体調から身体に必要な成分を判断し、それまでの記憶から特定の食品を欲求するようになると思えます。基本的には身体が欲するものを食べることが健康に良いのではないかと思いますが、人にはいわゆる欲というものがあるので、本当に身体が求めているのか、それとも単なる嗜好なのかの判断は難しいところです。

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