教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

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番組リスト

6/24 BSプレミアム ヒューマニエンス「"睡眠"ヒトは眠りで進化した?」

ヒトは長時間睡眠の「才能」を持っている

 ヒトは個人差はあるが大体7時間程度を睡眠する。これだけ長く眠る動物は人類ぐらいであると言う。これについては番組では人類は長時間睡眠が必要であるという捉え方でなく、ヒトは長時間睡眠出来る才能があるという捉え方をしているところが興味深い。

 ではそのヒトの睡眠であるが、最近有名になったように2種類の睡眠があることが分かってきた。いわゆる深い睡眠といわれるノンレム睡眠と浅い睡眠といわれるレム睡眠である。レム睡眠の時は脳は覚醒時のように活発に働いている。そしてこの時は身体は完全に脳と切り離されて深く休息している状態であるという。

 このレム睡眠をもたらす遺伝子が発見された。東京大学の上田泰己氏が、M1とM3という神経伝達物質の受容体を作る遺伝子がレム睡眠に不可欠であると言うことを発見したのである。我々の祖先は最初はノンレム睡眠しかなかったのだが、進化の過程でレム睡眠が生まれたのだという。レム睡眠の存在は進化と関係があると推測される。

 

レム睡眠の意味

 ヒトの睡眠のリズムはまずノンレム睡眠から始まり、ここで深い睡眠を取る。その後、レム睡眠とノンレム睡眠が交互に現れることになり、最後はレム睡眠が続いて目が覚めるということになるらしい。これに対してマウスの睡眠などは非常に細かくリズムが切り替わり、しかも途中で何度か覚醒している。ヒトの眠りは長く眠り続けるのが特徴である。

 レム睡眠にはどういう意味があるのか。名古屋大学の山中章弘氏がその謎に迫っている。彼は2019年にレム睡眠が脳の海馬で記憶を消している可能性を指摘した。マウスで玩具を使った実験をすると、マウスは新しい玩具に興味を示す反応をする。しかしマウスのMCH神経を刺激して、レム睡眠を取ったのと等しい状態にしたところ、前の玩具のことを忘れたのか、そちらにも興味を示すようになったという。レム睡眠が記憶を消すのは脳内で生まれる夢などを記憶に残さないようにするためと、起きている時の大量の情報を処理するためだと推測されている。とりとめのない夢の記憶が残ってしまうと現実との区別が付かなくなってくるし、レム睡眠中に海馬の記憶を整理することで、新たな記憶が入る容量を確保しているのではないかという。

 

レム睡眠とノンレム睡眠の関係

 レム睡眠とノンレム睡眠にはどういう関係があるか。京都大学の林悠氏がマウスを使ってレム睡眠を阻害する実験をしたところ、そのマウスは阻害をやめた途端に取り戻すかのようにレム睡眠をタップリと取るようになったという。さらに世界で初めてレム睡眠のオンオフを切り替えることが出来るレム睡眠遮断マウスを作っての実験で、レム睡眠を取れない状態にしたまま眠った時の脳波を調べたところ、ノンレム睡眠の質が悪くなっていくことが分かったという。そこでレム睡眠が取れるようにしたら、ノンレム睡眠の質が回復したのだという。

 東京大学の上田氏によると、ノンレム睡眠とレム睡眠のサイクルの繰り返しが、一種の進化の大イベントなのではないかという。ノンレム睡眠中に神経細胞間のシナプスが形成されることが分かってきたという。一方、レム睡眠中にはシナプスが破壊されたり、逆に増強されたりするのだという。結局は記憶を捨てたり強めたりしているのである。このノンレム睡眠中のシナプスの形成と、その後のレム睡眠での自然選択を上田氏は進化の大イベントと表現したようである。

 

夢のメカニズムに夢の再現

 またレム睡眠といえば夢であるが、レム睡眠中の急速眼球運動が激しいほど夢が鮮明であるということが実験で確認されたという。またこの時には脳の視覚野が活性化していたという。つまり夢は「見えていた」わけである。なお急速眼球運動と夢の関係については2説あり、1つは夢で見えるものを追っているから眼球運動が生じるというものと、もう1つは眼球が動くからそれが刺激になって脳が働くというものであるという。

 最後は夢を再現しようという研究。京都大学の神谷之康氏は映像を見た時の脳の反応パターンを調べることで、AIによって夢を見ている時に脳が見ている映像を再現しようという研究を行っている。映像と脳波のパターンをAIで学習させることで、かなり脳内のイメージを映し出すことに成功している。例えばポストと豹の顔が重なった二重映像を見せて、ポストに意識を向けてもらうとポストに近い絵が、豹に意識を向けてもらうと動物の顔らしきものが見えるということを実験している。

 ちなみにこのネタは以前にサイエンスZEROにも登場している。

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 以上、睡眠について。ヒトの長時間睡眠を「才能」と言い、睡眠が進化の大イベントという発想はなかなかにして面白かった。確かに睡眠を取ることで頭が切り替わって新たな発想が出てくるというのは、実際に私自身も経験していることではある。

 もっともショートスリーパーといわれる人たちも存在し、本当に睡眠が必要なのかということに関しても諸説あったりするのが現状である。この辺り、未だに解明されていない部分が多いので、今後の研究の進展待ちである。

 なお夢については、私も若い頃は非常に突飛で非現実的な夢が多かった。例えば地底の大帝国の冒険とか、メインコンピュータの暴走で人類が駆除された宇宙ステーションに潜入するとかのSFチックなものが多かったのが特徴であった。それが年を取るにつれて、過去の古傷をえぐられるような夢が登場するようになり、それを過ぎると何の変化もない日常そのものの夢(朝起きて普通に仕事場に行って仕事をして帰ってくるという夢を見たことがある)が多くなっていった。どうも私自身が人生に夢を失ったようである。

 

忙しい方のための今回の要点

・ヒトは他の動物には見られないような長時間睡眠を取るのが特徴である。
・睡眠はレム睡眠とノンレム睡眠の2種類が存在するが、レム睡眠時は脳が覚醒時のように働いているが、身体は深い休養状態にあるのを特徴とする。
・レム睡眠は人類が進化の過程で獲得したと推測されている。マウスなどの動物はレム睡眠とノンレム睡眠の切り替わりが激しく、途中で覚醒なども起こるので人間のように深くは眠っていない。
・マウスを使った実験でレム睡眠を抑えるとノンレム睡眠の質が低下することが判明した。
・またノンレム睡眠の時には脳神経のシナプスが形成され、レム睡眠の時には破壊されたり増強されたりしていることが分かってきた。睡眠時に記憶の整理がなされていると考えられるという。
・夢はレム睡眠時の急速眼球運動と関連があり、眼球の動きが激しいほど鮮明な夢を見る関係があるという。
・現在、AIを使用して夢を見ている時の脳内のイメージを再現する研究がなされている。

 

忙しくない方のためのどうでもよい点

・ちなみに私は年を取るにつれて睡眠不足に覿面に弱くなってきました。20代の頃は夜中の2時頃までネットをやって、翌朝は6時に起きて仕事に行くなんて無茶をしていた時期もあります。今ではそんなことをやると間違いなく仕事中に意識を失ってしまいます(というか、そもそも朝にまず起きられない)。最近は出来れば8時間ぐらいの睡眠時間は確保したいところです(実際は7時間確保するのもキツいですが)。

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