教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

7/30 テレ東系 ガイアの夜明け「独占!国産ワクチン開発」

国内のワクチン開発メーカーに密着

 各国でコロナワクチン争奪戦が激化する中で、日本は早くもワクチン不足の状態に陥りつつある。やはり国産ワクチンの登場に期待されるところであるが、その現場は現在どうなっているのか。番組が密着取材の結果を報告する。

 番組ではKMバイオロジクス社の永里敏秋社長に密着している。同社は熊本に拠点を置く明治HD傘下の製薬メーカーで、国内ワクチン製造メーカー6社の1つである。昨年のインフルエンザワクチンではシェアトップという。同社はコロナウイルスを無毒化する不活化ワクチンという従来の技術でのワクチンの開発を行っている。公的機関から入手したコロナウイルスを培養して増やし、これを薬剤で無毒化して精製することでワクチンとするのである。同社では安全性を重視して不活化ワクチンを選択したという。

 同社では治験が始まっていた。同社では昨年5月にワクチン開発を発表、その後10ヶ月で治験用のワクチンを完成させていた。このワクチンは冷蔵保存で良いのがメリットである。現在国内ではアンジェス、塩野義、第一三共、そしてKMバイオの4社が治験に入っているが、同社は現在フェーズ1とフェーズ2を兼ねた治験を開始している。この後、さらに対象者を増やしたフェーズ3を経由して承認に至ることになる。国がワクチン開発費を支援することでようやくワクチン開発が前進し始めたという。

 

だが大規模治験で問題に直面する

 しかし問題になるのは治験の参加者集め。同社では治験専門の施設のあるにしくまもと病院に治験を依頼、治験には専門のスタッフが必要なのでどこでもというわけにはいかないという。治験者の募集は電話や口コミなどあらゆる方法で集められるが、参加者にはリスクも含めて説明した上で完全な同意が必要である。番組では実際に治験に参加した人にも密着取材をしているが、本人は社会貢献の意志などもあったようだが、やはり家族には危険性を心配する声もあったという。治験の結果、特に心配されるような重篤な副作用もなく(1日ほど少し熱が出たという事例はある)、2回接種した1ヶ月後に血液が採取されて分析がなされることとなった。

 だがワクチン開発に挑んでいる国内メーカーはいずれもフェーズ3で大きな壁に突き当たっているという。フェーズ3は万人単位の治験者を集めるために、まずはその人員確保が問題となる。また効果を確認するためにはプラセボとの比較が必要となるが、つまりはそのプラセボを打たれる被験者は無ワクチンの状況で経過を観察することになる。現在のようにコロナが急拡大し、ワクチン接種が進められている中でそのようなことが倫理的に許されるかという問題である。さらには今後はそもそもワクチンを打っていない人を見つけること自体が困難となることも考えられる。組み替えタンパクワクチンで挑んでいる塩野義でもやはり同様の問題に直面しており、打開のために国とも交渉中であるという。

 

ワクチン先進国の機会を逸した日本で新型ワクチン開発に挑む

 実は日本はワクチン先進国となり得る機会を自ら逸していた。東大理化学研究所の石井建教授は韓国でMERSが流行した際にワクチン開発を国へ提言していた。この時に石井教授が作るべきと提言していたのがファイザーやモデルナが開発したメッセンジャーRNAワクチンであったという。しかし感染が終息したとして開発はストップされた。

 この失敗を繰り返さないとして、全く新しい型式のワクチンの開発を始めたベンチャーも存在する。VLPTジャパンの赤畑渉代表は国からの支援を受けて開発中である。彼は京大大学院を卒業後に2002年に渡米して、アメリカ国立衛生研究所で研鑽を積み、アメリカでベンチャーを立ち上げてがんやマラリアのワクチンを研究している。その彼が日本でワクチンベンチャーを立ち上げたのだという。彼は医薬基盤研究所の山本拓也博士と共同で開発を進めている。二人はアメリカ国立衛生研究所の同僚だったという。彼らが開発しているのはレプリコンワクチンという全く新しい型式のワクチンで、体内で増殖する作用があるので接種が少量で済むというメリットがあるので、副反応を抑えられる上に生産も少量で済むのだという。同社では富山の製薬工場で製造の準備を進めている。国の許可が下りれば8月中にも治験を始める予定だという。

 一方のKMバイオであるが、国がフェーズ3の規模を数万人規模から数千人規模に縮小し、さらに偽薬でなく実用化された従来ワクチンとの効果比較にする方針を打ち出したことで治験が進みやすくなることになった。同社では生産体制の確立を進めている。

 

 まあとにかく国の対応の遅さが致命的に足を引っ張っているのが現状である。国としては安全性を重視するのは当然であるが、それが今回のような事態では迅速な対応を阻害してしまっている。これは日本の組織によくある「不作為の結果の損害の責任は誰も取らないが、行動した結果失敗した場合は責任を問われる」という体質にもある。つまりはワクチンの開発を阻害してワクチン開発が遅れた挙げ句に国民に多くの死者が出たとしても、その責任の所在は不明確なために誰かが責任を問われることはないが、もし拙速に認可を進めた結果として大規模な薬害でも発生した時には認可した者が責任を問われるということである。この体質がある以上、上としてはとにかく認可には慎重を極めてむしろ握りつぶしてしまった方が得策ということにさえなる。ことワクチンに限らず、日本のすべての行政の場面、さらには企業の内部にまで蔓延する体質である。

 この体質は平時においては「組織の無茶な暴走を防ぐ」という安全弁になり得るのであるが、今回のような緊急事態では対応が後手後手になってしまうということになってしまう。この辺りのさじ加減が難しいところでもある。

 なお日本の場合はさらにこの上に「すべてにおいて政治家の利権が最優先される」という腐敗体質が重なって、イベルメクチンの認可問題で言われているように「国民に益があるとしても、政治家やそれにつながる企業に利益にならない場合には阻止」ということになってしまうわけである。この辺りの問題が深刻なのだが、まあその辺はこの番組では絶対に斬り込むことは不可能な事実である。

 

忙しい方のための今回の要点

・国内ワクチン開発が急がれるが、番組ではワクチン開発メーカーの一つであるKMバイオに密着取材している。
・同社のワクチンはコロナウイルスを無毒化する伝統的な不活化ワクチン。安全性を重視してこの方式を選んだという。現在フェーズ1と2の治験が行われたが、目下のところは深刻な副作用は見られないという。
・しかしフェーズ3に当たって、治験者の募集などの問題が発生していた。これについては国の基準が緩和されたことで前進する可能性が出て来た。
・一方、全く新しいレプリコンワクチンという方式で開発に挑んでいる国内ベンチャーがVLPTジャパン。同社の赤畑渉代表はアメリカ国立衛生研究所で研鑽を積んだ研究者である。体内で増殖する性質があるので、少量で効果があるのがメリット。国の許可が下りれば8月中にも治験を開始する予定。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・レプリコンワクチンという方式は興味深くはあるが、今回説明を聞いた限りでは安全性の検証については慎重さも必要な気がする。急ぐ必要はあるが、性急に事を進めすぎて安全性がないがしろになることだけは注意してもらいたい。

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