教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

1/6 BSプレミアム ヒューマニエンス「"精子と卵子"過酷な出会いという戦略」

精子の辿る過酷な道

 生命の継続に関わっているのが生殖細胞、精子と卵子であるが、ヒトの繁殖システムには実はかなり過酷な競争が仕込まれているという。

 そもそも精子は1億ぐらいが生産されるそうだが、その中から最終的に卵子にたどり着いて受精できるのはたった1つである。つまりは受精卵になった時点で1億分の1の確率をくぐり抜けた超エリートであるという。

 精子の旅は遠泳だという。女性の体内は体液で満たされている。スタート地点から目指す卵管は18センチほどで、精子の大きさを成人男性と同じにすると6キロ遠泳だという。しかもこれがタダの遠泳ではない。まず子宮の入り口ではネバネバの中をくぐり抜ける必要があり、ここをくぐり抜けるにはさらにチケットとなるタンパク質が必要だという。どうやらこのタンパク質で同種の生物か判別しているらしい(だから異なる生物の混血は出来ないと言うことか)。ここで運動能力の低い精子はドロップアウトである。次に卵管を目指すがどちらの卵管を目指すかは運次第である。ここで半分になることになる。さらに卵管の中では逆流の中を必死で遡っていく必要がある。そして卵子が排卵されるのはこの頃だという。卵管で卵子は待つのだが、そこに殺到する精子の数は既に100ほどに減っているという。これがたった1つの卵子を目指して突撃する。そしてそこで最終関門として卵子の表面の殻を破るべく激しい運動を行う。そして最初の精子が卵子内に入り込むと卵子から物質が吹き上げられてこれで他の精子はシャットアウトするという。ちなみにたまたま2つの精子が同時に入り込んでしまうこともあるが、その時にはその卵子は発生できず死んでしまうそうだ。結局のところ、精子は能力と運で振り分けられているのだという。ゲストの専門家が「西宮神社の福男と同じ」と言っていたが、確かにあのイメージである。

 

 

生物ごとに異なる精子

 なお精子の寿命は72時間、卵子は24時間だという。だから精子が必死で卵管にたどり着いても、その時に卵子がいなければジ・エンドである。何ともシビアな話だ。なお最近の若者は精子が減少しているという話があるが、精巣の温度は32~34度が最適なので、下着をつけるのが良くないのではと専門家は言っていたが、まさか下半身露出して歩くわけにも行かない(笑)。ちなみにヒトの精子の運動率は40%ほどで実は他の動物とかよりも低く、形のまともなものなども少なく、いわゆる正常な精子は最初から数%に過ぎないという。ちなみにWHOの指針では4%以上正常であれば妊娠可能とされているという。また精子のサイズは動物自体のサイズと相関性がなく、マウスの精子の方がヒトよりも大きいという。なおショウジョウバエは体長5ミリのハエが5センチぐらいの精子を作るのだとか(これは驚いた)。

 

 

受精卵の過酷な環境

 一方の受精卵だがこれも厳しい中を生き抜く必要がある。まず受精卵は母胎からは異物であり、そのままだと免疫の攻撃を受ける可能性があるという。そのために子宮内は免疫寛容というものが起こるので、その中でしか育つことが出来ない。そこで受精卵は子宮に移動する必要があり、それに7日ほどかかるのだが、この間の受精卵は栄養不足の危機に直面することになる。例えばニワトリの卵などなら大量の栄養を持っているが、ヒトの受精卵は着床するまでは栄養の持参がない。その栄養がどこから来ているかを発見したのが東京大学の水島昇教授だという。彼によると受精卵の中でオートファジーが起こっており、それによって受精卵内の不要物を分解して再利用しているのだという。こうして着床までの一週間を凌いでいる。なお免疫寛容に大きな働きをなしているのは胎盤であることも分かってきたという。

 ちなみに受精卵内で最初に生まれるのが始源生殖細胞だという。つまりは受精卵は発生の段階で既に次の段階の生殖の準備をしているのだとか。いかに子孫を残すことが生命にとって重要な課題であるかが覗える。

 さらに卵子が精子を選り好みしているかもという研究報告がある。2020年のイギリスでの研究では精子と卵胞液を取り出して、卵胞液に精子を入れたところある特定の男性の精子だけが活性化するという現象が起こったという。別の女性の場合は別の男性の精子が活性化し、またその相手はパートナーとは限らなかったという。もっともこの活性化がそのまま子供が出来るところにつながるかは未確認らしいが。どうもこれは人間同士の「性格の一致」などとは無関係のようだから複雑である。いわゆる「体の相性が良い」ってことだろうかなどとゲスな考えも浮かんでくる。ただやたらに子だくさんになる夫婦なんてのも昔からあり、そういうのが関係しているのかもしれない。

 

 

ヒトの妊娠しにくさがイクメンを生んだ?

 さらにヒトの子育ての仕方は精子と卵子の関係が影響しているという考えもあるという。ヒトの精子はチンパンジーに比べると数も少なく動きも活発でない、またチンパンジーの雌は排卵時に尻が腫れるので排卵の時期が分かるが、人間は外観だけでは分からない。このため人間はチンパンジーに比べると妊娠の確率が下がることになる。だからヒトは育児に父親が関与する、授乳期の母親を父親が支えるというように子供を大切に育てるようになったのではと言う。さらには3000年前からほ乳瓶の存在が確認されており、授乳さえも父親が肩代わりできるようになっており、離乳を早く促すことで次の妊娠に早く備えるというようになったのではとする。まあどこまで本当かは疑問もあるが、人間の子供は他の動物よりも産まれにくいから親に大事にされるというのは間違いなさそうな気はする。

 なお卵子はすべて誕生の時に生まれたものであり、だから老化は免れないのだが、それを抑止しようという研究をしている研究者もいるという。量子科学技術研究開発機構の塚本智文氏は卵子の中の脂肪に注目し、卵子が老化すると脂肪の新陳代謝が低下すると考えており、外から脂肪を補うことで卵子の老化を抑制できるのではと考えているという。これを不妊治療に利用できないかと考えているという。

 

 

 以上、精子と卵子の話なんだが、私自身もそもそも受精の話を聞いたときに「なんでそんなに難しいシステムにしてるんだろう」という疑問を感じたものである。ましてや近年になって不妊で悩む夫婦が増えているという話を聞くにつれ、「そもそも妊娠にやけにハードルが高すぎる人類って、生物として欠陥があるんじゃないか」という疑問も持っていた。しかし改めて考えてみると、それは人類が無駄に増えすぎないように歯止めをかけているのではという気もしてきた今日この頃である。なおチンパンジーは妊娠をしやすいという話が出ていたが、だから多くの動物は発情期が決まっているのだが、ヒトの場合は排卵期が分かりにくいせいで、年がら年中発情期っていうおかしな動物になってしまった気もする。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・ヒトの精子は6キロの遠泳に喩えられる過酷なレースをくぐり抜けて卵子に受精するのだという。1億の精子から最終的には1つに絞られることになる。
・しかも精子の寿命は3日、卵子は1日なので、この間に卵管内で出会わないとアウトである。
・また受精卵は着床するまで7日間は栄養のない状態で生き延びる必要がある。この間の受精卵は自らの不要物を分解して再利用していることが分かった。
・さらに卵子と共に分泌される卵胞液が特定の精子を活性化することから、実は卵子が精子を選り好みしている可能性も出て来たという。
・ヒトはチンパンジーなどと比べると妊娠が難しい生物であるが、それ故に父親が子育てに参加して子供を大切に育てるという文化が成立したと考える研究者もいる。
・卵子は誕生時に生成したものが一生使用されるため、老化もしていくことになる。この老化を抑止することで不妊治療に応用しようという研究もなされている。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・人間の場合、生殖行為についてはいわゆる相性なんてのも絡んでくるからややこしいところです。生殖細胞レベルの相性と、頭脳レベルの相性が異なっているってのはありそう。

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