生命にとって不可欠の塩
今回はちょっとひねったテーマで塩。地味ではあるが、実際に生命には不可欠で、これが足らなくなると生命は死を迎えることになる。塩とは人にとってどんなものなのか。
まず塩がどれだけ重要かであるが、体内の塩分濃度は0.9%に保たれているという。この値は厳密にコントロールされており、ここからズレることはすなわち死を意味するという。試みに赤血球を真水に入れるとパンパンに膨れて丸くなってしまう。こうなると狭い血管内を赤血球がスムーズに流れることが出来なくなり、酸素の運搬に支障を来してしまう。
さらに我々の細胞の栄養素の吸収自体に塩が不可欠なのだという。細胞膜には栄養を取り込むための扉があるが、その鍵となるのがナトリウムであり、ナトリウムがこの扉に作用したときのみ、栄養分を中に取り込むことが出来るのだという。そしてナトリウムは別の扉から外に排出される。これはシンポーターと呼ばれるすべての生物に存在するシステムであるという。ちなみにこの0.9%という濃度はほとんどの生物で共通している数字であるという(サメだけは例外らしい)。
塩のために内臓機能を改造し、塩によって脳が発達した
39.5億年前に最初の生命が誕生したが、その場所は海底であったという。そしてその時に周辺に大量にあったナトリウムを生命に使用するようになったのだという。しかし4億年前に生命が陸上へと進出すると、この塩をどう確保するかが問題となった。そこで生き物は体内に塩分を溜め込む機能として、腎臓でナトリウムを回収するという機能を身につけたのだという。腎臓からは体内の老廃物と共に塩も尿中に排出されるのだが、その後に糸球体の尿細管で尿から塩を大量に回収しているのだという。この機能があるからこそ我々は1日当たりわずか2グラムの塩を補充するだけで生きていけるのだという(ちなみにこの機能が無かったとしたら1.5キロの塩の補充が必要だという)。
さらに脳の働きにも塩が絡んでいるという。脳は神経細胞を通って電気で情報を伝えているが、この電気はナトリウムの働きによるものだという。神経細胞のナトリウムイオンチャンネルにナトリウムが吸い込まれる際に電気が発生し、それが隣に伝わりということを繰り返して信号を伝えるのだという。神経細胞を機能させるのに塩が不可欠なのである。
人間と塩の関わり
また人間が動物を飼い慣らす時にも動物にとっても不可欠の塩を与えるということがなされる。人間と動物の関係にも塩が影響しているのである。塩を使用することで、人は動物を家畜化できたのではという。また人類が世界に広がっていったグレートジャーニーでも岩塩の産出地域が中継地点となって人類の拡散が起こっているという。グレートジャーニーは実は塩を求めた旅なのかもしれないという。
塩が美味しいと人が感じる理由についても考察している。人の下には甘味、塩味、酸味、苦味、旨味を感じるセンサーがあるが、甘味センサーには糖分だけを感じるセンサーと、ナトリウムと糖が重なったときに反応するセンサーがあるという。だから糖と塩が加わったときにより甘味を感じるのだという。これがすいかに塩をふる理由だとのこと。なお同じことは旨味センサーにも考えられるという。つまりは塩は味を深める効果があり、これが人が塩に魅入られる理由であるという。
味覚の中でも塩味はナトリウムにしか反応しないという意味で特別である。だから人工甘味料は多く登場しても、人工塩味料は存在しないのだという。そこで他の方法で塩味を作り出せないかとして、塩味細胞に直接刺激を与える方法が研究されている。マウスの塩味細胞を改造して光に反応するようにしたという実験もなされているという。だからこの細胞をターゲットにして刺激する方法が見つかれば人工塩味料が可能となるのではという。
以上、人間にとっても多くの生物とっても不可欠の塩について。実際に人類の歴史から見ても塩の確保というのは常に大事であり、今日のように岩塩などから簡単に得ることが出来なかった時代には戦略物資でもあった(敵に塩を送るなんて話もある)。
生命はそもそも回りに塩が無尽蔵にある環境で発生したのだから、その塩を活用するようになったのは道理と言えば道理だが、それ故に塩のない環境までも塩を持っていく必要に迫られたというのは驚きでもある。そうなってくると、そこまで無理するほど地上には魅力があったと言うことでもある。やはり高い酸素濃度だろうか(これは活動を活発化するが、有害でもある両刃の剣だが)。
そう言えば魚の腎臓はナトリウムを素通しってのは、回りが無尽蔵にナトリウムに溢れている環境だから当然なんだが、海水魚はそれで良いとして、淡水魚はどうしてるんだろうか。そこのところの説明がなかったな。回りに塩がないという点では淡水魚は陸上生物と同じ環境なんだから、そこはやはり塩分を何らかの方法で外から摂取するとか、再利用するとかのメカニズムが存在するはずなんだが。
忙しい方のための今回の要点
・体内の塩分濃度は0.9%に保たれており、これは細胞が活動するために不可欠のものである。
・細胞はナトリウムが働くことで栄養を取り込む扉が開くようになっているので、ナトリウムが存在しないと栄養を取り込めなくなる。
・生命は海底で発生したことで無尽蔵のナトリウムを使用してきたが、陸上に進出するためにはナトリウムの備蓄が必要となった。そのために腎臓でナトリウムを再吸収する機能を獲得した。
・神経細胞が電気信号を伝えるのにもナトリウムが働いている。神経細胞のナトリウムイオンチャンネルをナトリウムが通過するときに電気が発生する。
・人間と塩の関わりは深く、家畜を飼い慣らすのにも塩を使用しているし、グレートジャーニーも塩を求めての旅であった可能性がある。
・人間の甘味センサーには糖分だけに反応するものと、糖分とナトリウムが重なったときに反応するものがあり、これがスイカに塩を振った方が甘く感じる理由だという。
忙しくない方のためのどうでもよい点
・淡水魚はどうやってナトリウムを確保するのかというのが気になったので、少しググってみたところ、どうやらエラを使って淡水中のわずかなナトリウムイオンをアンモニウムイオンと交換する形で吸収しているということが分かったと言います。これって陸上進化とは全く別のメカニズムなので、これも陸上進出と同様に淡水域進出のために独自進化したんだろうか。
https://www.titech.ac.jp/news/pdf/n000175_ja.pdf
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