教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

2/16 BSプレミアム 英雄たちの選択 「戦国ミステリー 千利休はなぜ死んだ?~天下人秀吉との攻防~」

利休の死の謎に迫る

 戦国史の中でも謎とされている利休切腹。そもそも商人であり茶人であった利休がなぜ切腹なのか、また秀吉の側近として影響力を持ってきた利休がなぜその秀吉に切り捨てられたのか、さらにはなぜ利休は抵抗することもなく唯々諾々として自ら命を絶ったのか。とにかく謎多き事件であるが、それについて独自の視点で斬り込もうとしている。今回はゲストに歴史の専門家である小和田氏哲男氏だけでなく、茶道を理解できる人物として武者小路千家家元後嗣(千利休の子孫)である千宗屋氏や、永青文庫副館長で美術ライターの橋本麻里氏を呼んでいるところが興味深いところ。実際にこの辺りから、いつもの歴史番組とはやや違う視点が登場する。

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かなり大柄であったとも言われている千利休

 

 

秀吉のの元で茶道で登り詰めた利休

 まず千利休であるが、元々は堺の商人であるが必ずしも大きな富裕な商人ではなかったという。しかし茶の湯で名を上げて信長の茶頭の一人として取り立てられる。しかし今井宗久らには及ばないナンバー3の存在だったという。それはこの頃の茶頭が海外から輸入した唐物の名品に依存したものであったので、財力が物を言ったからだという。しかしこれらの唐物の名品の多くは本能寺の変で信長と共に灰燼と帰してしまう。その時に秀吉に接近して頭角を現したのが利休である。利休は茶会を通して人物評価を行い、秀吉の可能性に目をつけたのである。秀吉に取り立てられた利休はそれまでの唐物中心の茶道から、自らの日本独自の茶道を発展させていく。漁師が利用する魚籠を利用した花入れなどの品は秀吉の心も掴んだ。さらに素朴な楽茶碗なども生み出す。千宗屋氏によると、それまでの「道具あってのお茶から、お茶あっての道具に変わった」という。楽茶碗は身体と同化して自らの存在が消え去るようなものであるとする。実際に利休の茶室待庵は人同士の交流を目指している空間となっている。

 そして関白となった秀吉の元で、利休が天皇をもてなすための茶会に起用されることになる。町民は宮中に参内することが出来なかったことから、正親町天皇が利休に僧侶に殉じる居士という称号を与えたことで利休は宮中に上がれるようになる。これが利休居士の誕生である。

 

 

政治面でも活躍していた利休

 茶道で頂点を極めた利休であるが、もう一方では政治顧問の顔も持っていた。秀吉の元にやって来た大友宗麟が秀長から「表向きのことは私に、内向きのことは利休に相談するように」と言われたのは有名なことである。利休は弟子のネットワークで各地の情勢なども把握することが出来た。

 宮中で行われた二度目の茶会で用いられたのが有名な秀吉の黄金の茶室である。なおこれが利休の佗茶と路線が異なり、これが秀吉と利休の対立の伏線となったという説も多いのだが、橋本氏は黄金の茶室は実際に中に入ると物が消えた感覚があり侘びの風情があるとし、千宗屋氏も佗茶の境地は一番のもてなしをするということにあり、天下人である秀吉に取っては黄金のもてなしというのは一つの侘びであるとしており、この辺りが歴史家の観点と違って面白い。この辺りは磯田氏も小和田氏も「新解釈が出た」「そういう解釈もあるのか」と感心していたが、全く同感。さすがに私も小和田氏と同じで成金の悪趣味という感覚しか持ってなかった。

 九州の島津を攻めた九州侵攻の裏で利休は島津義久の懐柔も行っていたという。こうやって二人三脚で天下統一を行っていったかのような利休と秀吉だが、天下統一のその先に二人に齟齬が生じてくる。島津攻めの後、博多で秀吉は明との勘合貿易で財をなした神屋宗湛に接触している。秀吉は宗湛を朝鮮出兵に協力させることを考えていたという。そして宗湛を秀吉に引き合わせたのが石田三成であると言う。秀吉は博多の復興を三成に命じ、戦乱で荒れていた博多は急速に復興する。

 

 

秀吉が急速に博多に傾倒する中で利休は排除される

 そして北野天満宮で秀吉が九州平定を記念して大茶会を催す。利休は堺商人の力を示すべく今井宗久らと奔走するが、10日間の予定だった茶会はたった1日で終了し、堺勢の面目は丸つぶれとなる。さらに堺の自治の象徴であった堀は埋められてしまう。そして利休と共に秀吉を支えてきた秀長が病死し、それから間もなく利休は蟄居を命じられる。理由は大徳寺の山門の二階に利休像が置かれたことが不敬とされたのだが、これは大徳寺が行ったことで利休に責任はなく、しかも1年以上前のことであり、明らかに言いがかりであった。

 秀吉が利休を遠ざけた理由であるが、官僚主導の政治体制に切り替えていこうと考えて、旧体制の象徴であった利休を切り捨てたという説と、大陸侵攻に当たってそれに賛成していなかった利休を切り捨てて宗湛に切り替えることで、大陸侵攻に対する頑とした姿勢を示そうとしたというものの二つをあげている。

 これに対して小和田氏は政治体制刷新説を採ったが、磯田氏は大陸侵攻表明説を採っているが、千宗屋氏は茶道にある平等精神が秀吉から見たら危険思想だったのではとしている。さらにこれに付随して、橋本氏は茶道において利休の方が上にいるというのは秀吉としては強烈に嫌なのではとしている。これについては私は千宗屋氏や橋本氏に同意である。なおこれに加えて、これから大陸に侵攻するに当たっては堺の役割は終わりであり、博多の時代であるという認識もあっただろうと考えている。後、さらに考えられるものとして、単純に秀吉が耄碌してきて疑心暗鬼にかられやすくなり、隠然たる力を持つ利休の存在が恐くなってきたというのもあるのではと考えている。実際に大陸侵攻に関して秀吉が行った多くの判断ミスは、明らかに耄碌したとしか考えようがない点が多々ある。

 

 

最期まで頑として折れず、伝説となった利休

 利休の楽茶碗であるが、秀吉は黒楽茶碗は嫌ったという記録がある。しかしそれにも関わらず利休はあえてこの茶碗を秀吉に出したことがあると言う。利休はあくまで自らの信念を譲りはしなかったという。利休は京の屋敷から堺に都落ちしていくことになったが、それを利休の弟子である細川忠興が秀吉の逆鱗に触れる危険を冒しながら見送ったという。多くの武将が秀吉にわびを入れるように利休を説得したが、利休は決してそれに応じず、それに苛立った秀吉はついに切腹を命じ、利休は切腹して70才の生涯を終える。2年後、秀吉は利休の茶道具を遺族に返し、それが今日まで利休の茶道が続く理由になっているという。また秀吉は利休の茶を懐かしむこともあったという。

 最後まで折れなかった利休であるが、結局はここで自ら亡くなったことで一種の伝説のような存在となったとされており、千氏は利休は自らの死を演出したとしているが、確かにそれはその通りだと思う。磯田氏は「戦う茶人」だと言っていたが、確かにそうだったのかもしれない。千氏が利休が天寿を全うしていたら、今のような茶道は残っていないかもというのが説得力がある。


 利休の話については別に新味はないのだが、茶道に通じているゲストの観点が提供されることで、これまで考えたことのない視点が提供されたのは極めて興味深かった。特に黄金の茶室が実は天下人秀吉に取っての最高の佗茶というのは目からウロコの観点である。そんなことは今まで考えたことさえなかった。何か妙に頑固で自らの考えを譲らない利休が、この時だけは秀吉に媚びたように見えるのは不自然だなと感じていたのだが、そういう考え方で利休の考えと秀吉の考えに実はズレはなかったのだとしたらしっくりくる。だからここで秀吉に一度媚びている利休が、なぜ最後の最後に意地を通したのかも謎だったのだが、これでしっくりくる。これは実に発見であった。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・堺出身の千利休は、織田信長の死後に秀吉と接近することで急速に頭角を示しで茶道の第一人者となる。彼はそれまでの唐物の道具に依存した茶道を刷新し、独自の佗茶の体系を確立する。
・また大名とのネットワークを活かし、秀吉の政治顧問的な活躍もしていた。大友宗麟も秀長に「表向きのことは私に、内向きのことは利休に相談しろ」と言われている。
・しかし天下統一が見え始め、秀吉が大陸侵攻を企図しだした頃から秀吉は堺よりも博多を重視し始める。さらに秀長が亡くなると、間もなく利休も蟄居を命じられることになる。
・これについては秀吉が三成らの官僚中心の政治体制に切り替えるべく、旧体制の象徴である利休を切り捨てたとか、大陸侵攻を明言するためにそれに反対していた利休を廃して博多を重視する姿勢を示したなどの説があるが、利休の茶の湯の平等精神は秀吉に取っては危険思想だったという指摘もある。
・利休は最後まで秀吉に謝罪することはなく、秀吉は利休に切腹を命じ、利休は自ら命を絶つ。なおゲストの千宗屋氏は、利休が自らの最期を演出したことで、茶道は後世にまで残ったと語っている。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・確かに後世に名を残すというか、伝説となる死に方という物はあるのだが、利休はまさにそれだろう。彼以外では例えば真田信繁などはまさに伝説そのものであった。ああいうのを見ていると、人間にとって最期の迎え方って重要だという気がする。

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