教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

4/12 BSプレミアム ヒューマニエンス「"老化"その宿命にあらがうか 従うか」

老化の鍵を握るサーチュイン

 今回のテーマは地上のほとんど生命が必然的に迎える運命である老化。その老化とはいかなるものであるか。またそれに抗う術はあるのかを90分スペシャルで放送している。

 老化は誰にでも必然的に起こると考えられがちだが、その状態は様々。中には100才を超えても元気に活動しているセンチナリアンと呼ばれるスーパー高齢者も存在する。その違いはどこにあるのか。その謎に迫ったのがワシントン大学の今井眞一郎教授である。

 今井氏の研究室は10年前に老化を遅らせる酵素を発見している。それがサーチュイン。このサーチュインの働きは年齢と共に弱るのだという。2匹のサルを一方は普通に育て、もう一方はサーチュインの働きを強化するように育てた。共に人間で言うと70を超える状態になった時に比較すると、普通のサルは毛並みが悪くなって皮膚にも皺が出るという老化の症状が現れているのに対し、サーチュインを強化したサルは毛並みも良く見た目が若々しい。サーチュインの働きを強化した方法だが、サルのエサを7割に減らしたのだという。

 カロリー制限がサーチュインの働きを強める理由であるが、それは種の生存のためだと考えられるという。食糧が十分にある状態だと生物は子供を作って繁殖するが、食糧が十分でない状態で繁殖すると親子共に共倒れしてしまう。そこで食糧が不足すると繁殖を抑えて、その代わり状況が変化したら繁殖を再開できるように繁殖機能を有したまま待機するのだという。このメカニズムは多くの生物、菌類などまで有しているという。とは言うものの、この状態になっても決して性的不能になったり禁欲的になるということではないらしいから、あくまで仮説である。ただ要は腹八分目は長生きの秘訣である可能性が高いと言うことのようだ。

 

 

カロリー制限以外のサーチュイン活性法

 さらにサーチュインを働かせるにはカロリー制限以外の方法もあるという。それはeNAMPTという酵素だという。この酵素を打ったマウスは、同年齢の他のマウスよりも毛並みが良くて活動的という実験結果も出ている。マウスの実験によると老化を遅らせる効果が見られたという。このeNAMPTだが、実は我々の身体の脂肪細胞で合成されるという。ということで先ほどのカロリー制限の話と矛盾して聞こえるのだが、実際にマウスの実験でもカロリー制限しても寿命が伸びるものと伸びないものがあるという。脂肪細胞で合成されたeNAMPTは脳の視床下部に届けられて最終的にNADという物質が合成されるのだが、このNADがサーチュインを活性化するのだという。だから脂肪が少ないとNADが十分合成されないのだという。そしてこのNADを効率的に合成するための物質がNMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)だという。これは我々の体内でも存在するが、年齢と共に量が減っていくという。動物実験では老化抑制効果が現れており、人での臨床試験も始まっているという。

 となると老化防止薬としてNMNに飛びつくヤツがゾロゾロ出そうで、実際にアメリカなどではもう既にサプリなどとして登場しているようだが、その効果及び安全性はまだ不明な点が多いので慌てて飛びつくべきではないとのこと(なんだが、金持ちとかは絶対に飛びつくわな。まあそれでそういう連中が副作用で一掃されればむしろ世の中は良くなるかもしれないが。)。なお先ほどの脂肪細胞との関わりで言えば、要はちょっと小太り気味の者の方が長生きであると言う、世間的には何となく認識されている結果なのだという(大太りは確実に短命に結びつくという)。

 

 

細胞レベルでの老化

 次に老化はなぜ起きるのかを細胞レベルの研究から解明しようとしている研究者について。大阪大学の原英二教授によると、細胞の分裂能力が老化と関係しているという。若い細胞は活発に細胞分裂を繰り返すのに対し、老化した細胞は分裂を一切行わないようになる。これが老化細胞である。分裂はしないが死なずに生存し続けるのでゾンビ細胞とも呼ばれるという。しかしそもそも老化した細胞が分裂しなくなるのは、ガン化を抑制するためのメカニズムであると言う。細胞が分裂する度に25000に及ぶDNAをコピーするが、毎回100~200のコピーミスが発生するという。これが重なるとガン化の危険が増す。つまりはある程度のコピーミスが発生すると、ガン化を防ぐために分裂をしないようになるのだという。つまり老化はガンとのトレードオフだという。

 しかし年齢と共に老化細胞は増加していくことになる。老化細胞は炎症を起こすSASP因子を出すために、これが慢性炎症を起こして糖尿病や動脈硬化の原因になるという。ではこの老化細胞を取り除けば老化を防げるのではという考えもあるのだが、これについては実験が行われたが、実験ごとに真逆の結果が出たりしているので効果の判定が困難であると言う。

 どんな動物でも老化から逃れないと考えられるが、実は老化しないと言われているのがハダカデバネズミである。実際に世界最高齢のハダカデバネズミは39才で、通常のマウスがせいぜい数年であることと比べると驚異的である。しかも年齢が上がっても様子があまり変わらないという。また年齢が上がるにつれて死亡率が上昇するという現象が起こらず、年齢に関係なく死亡率は一定であると言う。

 ハダカデバネズミの特徴は細胞分裂の際のコピーミスを修復する能力が極めて高く、そのために老化細胞が増えにくいのだという。では逆に他の生物でなぜそれだけコピーミスが起こるかだが、これは環境に対応して遺伝子が変化する余地を残すという生存戦略なのだという。つまりはハダカデバネズミは不変の環境の中では安定して長生きであるが、環境の変化が起こればそれに適応できずに死に絶える可能性が高いのだという。

 

 

センチナリアンの特徴と見え始めた若返りの方法

 センチナリアンと呼ばれる100歳になって元気な人がいるが、そのような人を研究したところ、脳の萎縮が起こらず認知機能の低下がないのが特徴だという。そこで遺伝子を検査したところAPOEという遺伝子に特徴が現れた。APO3というのが多くの人が持っている遺伝子で、APO4が認知症を発症させる危険因子だが、センチナリアンはこれを持っていないという。そしてセンチナリアンはAPO2を多く持っているという。さらに研究の結果、認知症・動脈硬化・糖尿病になりにくい、加齢に伴う炎症が穏やか、特定の腸内細菌を持っている、特殊な白血球をもっているという特徴が分かってきたという。この白血球は通常の順次増えていく分裂でなく、1つの細胞から一気に増える単クローン性を持っているという。これは本来は白血病の状態なのだが、白血病を発症していないという。

 最後は若返りの研究。ハーバード大学のシンクレア教授によると、マウスの目の神経細胞に3つの遺伝子を入れたところ若い頃の視力を上回ったという。この3つの遺伝子だが、実はiPS細胞を作る時に加える遺伝子4つの内の3つだという。ちなみに他の1つの遺伝子は細胞を増殖させるための遺伝子で、ガンの誘発を防ぐためにこの遺伝子を除いたのだという。いよいよ老化を治療できる可能性が出て来たのだという。

 

 

 というわけで人間の永遠の願望と言われる不老不死につながる話となったのであるが、果たして不老不死が人間にとって正解かと言えばそれは違うだろう。考えてみたら分かるが、例えば安倍のようなヤツが不老不死でいつまでも権力の座に居座ったらこの世は地獄である。また私自身も不老には興味はあるが、不死となると正直しんどくなるのは推測がつく。というわけで妥当な落としどころが不老長寿と言うことで、つまりは善光寺などのピンピンコロリになるわけである。確かに死ぬ直前まで若々しく活動して、そして寿命が来たら苦しまずにコロリと亡くなるというのはある意味での理想の生き方だろう。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・老化を防ぐ酵素サーチュインの存在が明らかとなったが、それが発言する切っ掛けの1つは食糧不足。エサを7割にしたらサルの老化が防止されたという実験結果がある。
・一方でサーチュインを活性化する酵素にeNAMPTがあるが、これが作られるのは脂肪細胞でだという。eNAMPTは視床下部に届き、そこでNADを分泌させる。これがサーチュインを活性化する。
・またNADを効率的に合成する物質NMPがあり、これの効果については現在臨床テスト中である。
・細胞は老化すると分裂をしなくなる。これはDNAのコピーミスによるガン化を抑制するためのメカニズムだが、老化細胞が増えすぎると慢性炎症状態になり、糖尿病や動脈硬化などを発症するともされている。
・老化をしないとされているのがハダカデバネズミだが、DNAのコピーミスを修正する強力な機能を有している。しかしその代わりに環境適応能力が低く、環境が激変した場合には対応できずに絶滅する危険がある。
・100歳になっても元気なセンチナリアンを調査したところ、APOEという遺伝子に違いが見つけられた。この部分が認知症を発症しにくくなっているという。
・マウスの目の神経細胞にiPS細胞を製造する際に使用する3つの遺伝子を加えたところ、視力が若返ったという報告があり、若返りの可能性も検討されている。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・もろに人間の欲望に直結する世界だけに難しい問題を孕んでいます。技術的問題よりも倫理的問題の方が大きいんじゃなかろうか。既に医療格差で貧富の差が寿命に直結すると言われているのに、それがさらに大幅に拡大する可能性を示唆している。

次回のヒューマニエンス

tv.ksagi.work

前回のヒューマニエンス

tv.ksagi.work