教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

4/26 BSプレミアム ヒューマニエンス「"三つ子の魂"小さな体のビックバン」

人間の脳は赤ちゃんの時から人間である

 三つ子の魂百までなどと言ったりするが、幼児の脳は大人の脳に向けて急激に成長していく過程で、様々な劇的変化や能力を発揮する。今回はその過程に注目する。

 幼児の行動には人間に特有のものもある。赤ちゃんがよくする「指さし」には人間的な理由がある。これは動物には珍しい行為である。また人間に近いチンパンジーも指さしをすることがあるが、それはあくまで「それが欲しい」という意味であるという。それに対して人間の指さしは人が社会性を築いていく第一歩だという。

 大阪大学の孟憲巍助教によると、指さしのできるようになった赤ちゃん16人に対して、Aの玩具は実験のお姉さんと一緒に遊ぶ、Bの玩具は1人で遊ぶをした後、再びお姉さんが現れてそこにAB二つの玩具を示したところ、多くの子供がBの方の玩具を指さしたというのである。これについて織田裕二氏は「逆を指すと思っていた」とのことだし、私も同様のことを思っていたのだが、ここで赤ちゃんがBを指した理由は、相手がBを知らないであろうからそれを知らせようとしている意志があるという。これは人間の「知」を共有しようという社会性だという。

 

 

赤ちゃんの持つ特殊能力

 さらに赤ちゃんはサルの顔の違いを見分けることが出来ると言う興味深い研究報告もある。生後6ヶ月の赤ちゃんにある人物の顔を見せてから、そこに別の顔を加えてそれを判別できるかという実験を行っている。この時の判断基準は選考注視法という方法で、赤ちゃんは目新しいものをより見つめる習性があるので、2つの顔を並べた時に新しく出した顔をより長く見つめるかを計測したのだという。人間の顔でテストしたところ、赤ちゃんはそれを見分けているという結果が出たという。次にこれをサルの顔に変えたところ、それでも赤ちゃんは見分けている(明らかに有意な差があった)という。ちなみに大人の正解率は半分(つまりは確率論的結果)にとどまったという。実は赤ちゃんは6ヶ月ぐらいまでは微妙な違いを見分ける能力を有しているという。しかしこの能力は生後9ヶ月になると失われているとのこと。

 この間に脳内で何が起こっているかも研究されている。生後すぐは400グラムだった脳は3歳になると1200グラムと成人の90%ぐらいにまで急成長する。しかしこの間に神経細胞のつなぎ目であるシナプスは減少するという。東京女子医科大学の宮田麻理子教授によると、シナプスの減少は人の成長に不可欠なのだという。つまりはここで不要なシナプスを刈り込むことで、必要なシナプスが強化されるのだという。マウスの実験では赤ちゃんマウスのヒゲを抜いたところ、ヒゲを使う回路の刈り込みが行われなくなり、ヒゲ以外のシナプスが残存する形になり髭の回路が発達していないことが分かったという。つまりは子供の成長には経験が反映すると言うことであり、何やら怖さも感じさせる。

 

 

臨界期のコントロール

 これには発達の臨界期というものが絡んでいるという。各能力について急激に発達する時期が決まっているという事実である。語学の習得などにこれが関係すると言われ、それが過度な幼児教育に走らせた結果、母語がハッキリしなくなってそれがそのまま思考力の低下につながるという弊害(母語がハッキリしないと脳内で言語的に考えられなくなる)さえ発生している。

 この臨界期がコントロール出来るという研究もなされている。ハーバード大学のヘンシュ高雄氏は日本人の母とドイツ人の父の間に生まれてアメリカで育ったという経緯から、三カ国語を自由に使いこなせるという人物である(確かに英語とドイツ語は分からないが、日本語に関してはかなり難しい言葉をごく自然に話していた)。脳科学の世界に入った彼は臨界期の鍵を握る細胞を発見したという。それは抑制性細胞だという。神経細胞の中で興奮性が8割であり、2割が抑制性であるという。この抑制性細胞が発達することで神経回路がバランスよく活動するために正確な刈り込みが行われるのだという。興奮細胞が発達する一方だと脳の負担が増すのでそれを抑制するのが抑制性細胞だという。この抑制性細胞をコントロールすることで臨界期の終点をずらすことが可能であるという。マウスの実験で実際に遺伝子操作と薬剤で抑制性細胞のオンオフを可能にしたところ、オフにすると臨界期が発生せず、オンにすると臨界期が発生し、世界で初めて臨界期のタイミングをコントロールすることに成功したという。

 この技術を応用したら高齢になってからでも赤ちゃんの柔軟な脳を取り戻せるのではと考えられるが、実は極めて大きなリスクがあると言う。実際に臨界期を再開したマウスでは最終的には脳の細胞が破壊されたという。つまり興奮が続くことで脳に過剰な負担がかかり、それが脳を疲弊させて細胞の死滅につながったのだという。やはり臨界期は幼児期の一回に限るということらしい。なお大人でも脳梗塞などで脳の損傷が発生した場合、臨界期となって大規模な脳回路の組み替えが起こるという。

 

 

虐待などが幼児の脳に与える影響

 一方、幼児期の環境が脳に与える悪影響も明らかとなってきた。親の過干渉や子供前での夫婦喧嘩などは子供の脳に影響を与えることが分かっているという。虐待を受けた人物の調査の結果、体罰を受けた人達は前頭前野の萎縮、DVを目撃した場合は視覚野が萎縮、暴言を浴びていた場合は聴覚野が肥大(シナプスの刈り込みが上手く行っていない)などが見られたという。これらはストレスから回避するための防御反応とも言えるという。なお子供の柔軟性から、子供の頃には回復も可能であるという(と言うことは、そのまま大人になったらどうなるんだということでもあるが)。

 

 

 以上、子供の脳の発達とその能力について。特に臨界期というのが最近は話題になっていて、これが育児のストレスになっている親も多いという。しかしあまり「今キチンとやっていないと取り返しがつかなくなる」と縛られすぎるのは良くないという。もっとも私自身の生い立ちを振り返ると、確かに幼児期にあまり屋外で遊んでおらず(実は近所に暴力的なガキがいた)、それが後々の運動神経の鈍さにつながったのではということを感じるし、ピアノなどがあるような富裕過程ではなかったので、当然のように絶対音感などは持ち合わせていないなんとこともあるようには思う。

 とは言え、外国語などは幼児期を過ぎてからでも習得が不可能なわけではないし(ネイティブレベルにならなくとも、実用レベルに通じれば良いわけである)、人間にとっての成長という意味では死ぬまで成長可能という話もあるので、あまり焦ってもかえって良くない。実際に子供に対して「あれもこれも」と押し付けたら、そのことの方がストレスになって結果として虐待と変わらないことになる場合がある。それと母語の問題は特に要注意である。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・人間には幼児期から社会性を示す行動がある。幼児の指さしは他者に対して「知の共有」をしようという意志が含まれていることを示す研究結果がある。
・赤ちゃんは大人にない特殊な能力を持つ。6ヶ月の赤ちゃんは大人には困難な「サルの顔の判別」が可能だという。しかし9ヶ月になるとその能力は失われる。
・赤ちゃんの脳内では神経シナプスの刈り込みが行われており、必要のない回路は刈り込まれると同時に、必要な回路が強化されることで脳のバランスが整えられていく。
・また成長には臨界期があることが知られているが、その臨界期は抑制性細胞でコントロールされていることが明らかとなった。抑制性細胞をオンオフすることで臨界期のコントロールが可能であるという。
・しかし無理に臨界期を発生させると脳の興奮状態が高まることで脳細胞に負荷がかかって脳細胞の死滅につながるので、現実としては大人に再度の臨界期を発生させるのは不可能であるという。ただし大人でも脳梗塞などで脳が損傷を受けた場合には、脳回路の大規模な変更のために臨界期が発生するという。
・幼児期に虐待などを受けた場合、脳の部分の萎縮などの変化が現れることが報告されている。これは脳がストレスから自分を守ろうとした結果であると言う。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・人間の人生って、様々な可能性を刈り込んで絞り込んでいく過程でもあるんですよね。別に可能性の刈り込みってのは幼児期だけの話でなく、大人になって社会に出てからでも様々な未来の可能性が刈り込まれていって、最終的な人生というのが決まってきます。私も20代の頃には様々な将来の可能性を考えてましたが、人生が半世紀が過ぎるともうほとんどの可能性が消滅して、人生の先は完全に見えてきました。それを悲しいと思うか、そういうものと思うべきか。
・幼児期に脳の臨界期があると言いますが、大人になってからの社会人としての臨界期の方が人生への影響は大きいと思います。それは30代ぐらい。結局のところはそこで将来への布石ができなかったら、先の発展が見えます。
・以上、勝負を賭けるべき時に勝負に出る勇気がなかったために失敗人生となった老人入口のオッサンの愚痴でした。

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