教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

5/24 BSプレミアム ヒューマニエンス「"痛み"それは心の起源」

最も太古の感覚であり、重要でもある痛み

 今回は出来れば避けたいけれど、なければないで大問題となる痛みについて。これは生物でも一番初期に獲得した感覚の一つであるという。

 まず痛みの起源であるが、東京大学の榎本和生教授によると、ショウジョウバエの幼虫でも体中に危険を感知するセンサーが張り巡らされており、有害な光を当てると痛みを感じるようにのたうち回るという。このシステムは脳を持つ動物では共通で、人でも共通だという。体中に張り巡らされた感覚神経が体か傷ついている情報を脳に伝え、脳が痛みを感じるのだという。

 このシステムが作用しなくとどうなるか。世界に数十人しかいないという先天性無痛症の患者を紹介しているが、痛覚がないせいで体に損傷があっても気づかないので悪化してしまうのだという。実際にひざを酷使しすぎてひざ関節がえぐれるところまで損傷してしまい、現在は車椅子の生活を送っている。そのような状態になっても痛みがないために全く気づかなかったという。なおこの病は現在はDNA検査で診断することが可能だという。患者が「私の中の信号は赤と青しかなく黄色がないので、赤信号に突然入ってしまう」と語っていたのが象徴的である。痛みとは命を守るために不可欠のメッセージなのである。

 

 

脳内で作り出されている「痛み」

 なお痛みは結構いい加減なところのある感覚だという。確かに歯が痛いがどの歯が痛いのかハッキリしないなんて経験は良くある。東京慈恵会医科大学の加藤総夫教授によると、痛みの場所がハッキリしないことがあるのは、痛みとは脳が作り出している感覚だからだという。つまり足の小指をぶつけたりした時などは、足の小指から送られるのは痛みではなくて「良くないことが起こった」という信号だという。その信号を受け取った脳が緊急信号として全身に出すのが痛みだという。だから痛みを生み出すとされる扁桃体の活動をマウスで抑制するとマウスは痛みを感じなくなり、逆にこれを活性化すると何もないのに痛がったという。痛みは脳が作り出すので、例えば狭心症の時は「心臓が痛い」という感覚は無いので、胸が痛いとか胃が痛いとか歯が痛いなどと別の場所に結びつけて認識するのだという。触覚では脳のごく一部が反応するのに、痛みの場合は脳の広い範囲が反応するという。

 傷ついた時に「心が痛い」などと言うが、実はそれは本当に痛みなのだというのを確認した実験がある。半年以内に恋人に振られた被験者を集めて、彼らに恋人の写真を見てもらった時の脳の反応を調べたら、腕に熱いという刺激を与えた時に反応した視床、島皮質、前帯状皮質、二次体性感覚野が反応したという(ひどい実験だな)。つまり脳にとっては心の痛みは体の痛みと同じなのだという。

 

 

人が激辛にはまるわけ、痛みは感情の起源

 誰もが避けようとする痛みであるが、そうばかりではないという。例えば辛味。激辛好きの人もいるが、辛味とは体にとって舌が感じる痛みと同義である。ではなぜあえてそれを求めるのか。痛みの信号が脳内のあちこちに伝わることと関係するという。被験者に繰り返し刺激を与える実験をしたところ、刺激が一定になっても痛みは減少し、さらに少しだけ弱めたところ、被験者が感じる痛みは急激に低下したという。これは刺激が低下したことが報酬として脳内で働いたのだという。この時に脳内では側坐核が活性化し、ドーパミンが働いていたのだという。さらにはエンドルフィンやセロトニンも同様に作用するという。痛みが減ることが快感となるので、一種の薬物依存のメカニズムだという。

 なるほど、自民党の酷政に慣れると、ほんのわずかの現金給付などでもあると大量のドーパミンが分泌され、さらに自民党を支持してさらなる酷政を求めるようになるのか、などと妄想してしまったのは私。まあこれは完全に脱線である。

 また痛みは心の起源なのではないかという。榎本氏の実験によるとショウジョウバエに痛みを与えると心拍が乱れ、ハエはその場から逃げようとする。次に痛みを与えずに心拍だけ操作すると、やはりハエはその場から逃げようとしたという。ショウジョウバエは痛みを感じていないにもかかわらず、心拍の乱れを不快なものと感じたのだという。これこそが心の始まりではという。吊り橋効果のようなものだという。

 

 

現代人の痛みは「設計ミス」?

 しかし人間にとっては困った痛みは存在する。原始社会においては痛みは危険から逃れるために重要なサインであったが、文明が発達した現代ではそれほど強い警告を発する必要がないのに、強すぎる痛みに苦しむ人がいる。これは「設計ミス」ではないかとしたのが人工知能の父であるマーヴィン・ミンスキー氏だという。彼は「痛みのシステムはあまりに古くに作ってしまった故に、人間にとっては実情に合わないものになっている」と主張している。実際に痛みが強すぎるが故に、その痛みが高度な脳システムに刻み込まれてしまい、痛みの元がなくなっても痛みが残る痛覚変調政疼痛という病が発生する。例えば腰痛の85%は原因不明だが、その大部分は痛覚変調政疼痛だと推測されるという。だから手術などをしても効果がないので厄介である。これは脳に異変が起こっており、実際に脳を調べると痛みを抑制する部分である前頭前野の内腹側部に萎縮が見られたという。この萎縮はカウンセリングなどの心のケアで回復できるのだという。痛みがなければ何をしたいかを聴き、そこに行くまでのステップを踏んでの回復を目指して細かい成功体験を重ねていく認知行動療法を実施するのだという。ちなみに番組ではゲストの潮田玲子氏が「失恋の痛みを忘れるのに新しい恋をするとか?」などと突拍子のないことを言い始めて、番組がグダグダになるというオマケが付いているがそれは蛇足(笑)。

 

 

 以上、痛みについて。確かに腰痛は精神的ストレスと結びついていると言われており、私も仕事などのストレスが増すと腰の調子がおかしくなるということが多い。私の同僚にも同様の症状を訴えている者がおり、最近彼が仕事の過重気味ではと思っていたら、杖をついて出社してくるなんて光景も。

 なお番組中で織田裕二氏の「なぜ内臓の損傷は痛みを感じないのか」という問いに対して、「外傷は逃げるとかじっとしておくとかの対処方があるが、内臓の損傷は対処のしようがないから意味がないので痛みを獲得する必要がなかったのでは」という説明があったが、言われれば納得である。確かに原始社会で「何か膵臓に痛みが発生しているぞ」と感じたところで打てる手は皆無である。現在社会では打てる手があるのだから、もしそこで痛みを感じたら病気に気づかないままに重症化ということが避けられることを考えると、確かにつくづく「設計ミス」である。もっとも進化の観点から言えば、人間の体とは間に合わせの集大成であり、そもそもが強引な設計がてんこ盛りだと言うから、そのぐらいの設計ミスなどあって当然なのかもしれない。つまりはもし本当に創造主たる神が存在したとしたら、彼はかなり雑な仕事をしたということになる。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・痛みとは生物のかなり初期に獲得した感覚であり、脳を持つ生物すべて共通のシステムであるという。
・痛みの感覚は、体に不都合が発生していることを伝え、何らかの対処を促すために存在する。そのために先天性無痛症の患者では体の不具合が重症化してしまう例が多い。
・しかし痛みの感覚自体は脳内で作り出される結構いい加減なものだという。例えば足の小指をぶつけた場合、痛みの信号は足の指ではなく、足の指からは「不都合が発生した」という情報が脳に送られ、それが脳から痛みという緊急警報の形で全身に伝えられる。
・また心が痛いなどと言うが、このような心の痛みは実は体の痛みと同じ脳内の部分が反応していると言うことも確認された。
・さらに痛みの信号が少しでも軽減されると褒賞系であるドーパミンなどが反応するので、痛みが少しでも和らぐことが快感となるという。これが激辛(舌の痛みと同義)などにはまる理由とする。
・また痛み自体が感情の起源とする研究者もいる。
・なお現代社会では強すぎる痛みが体に害となる場合があり、これを設計ミスと主張する人もいる。実際に強すぎる痛みが脳に刻まれることで、痛みの原因がないのに痛みを感じる痛覚変調政疼痛というものが存在し、その際は脳内の痛みの抑制系が萎縮していることが確認されている。対処法としてはカウンセリングなどの心のケアがあるという。

 

忙しくない方のためのどうでもよい点

・痛みとは原始的なものでありながらも、まだよくわからない部分もあるようです。織田裕二氏が「心の痛みを軽減する方法もそのうちに開発されるのでは」などと言っていたが、それは年がら年中心が痛い私も望むところである。

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