教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

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10/25 BSプレミアム ヒューマニエンス「"文字"ヒトを虜にした両刃の剣」

意外と歴史の浅い文字との関係

 ヒトの進化の上で重要な役割を果たしたのは言葉である。言葉を持つことでヒトは考えることが出来るようになった。そしてその言葉を残すためのものが文字である。しかしヒトの歴史を考えた場合、言葉に比べると文字の歴史は極めて浅い。人類の歴史の中の97%は文字なしで人類は生きてきたのである。この文字とはヒトにとって一体いかなるものなのか。ヒトが文字を使うことによって得たこと、さらに失ったことなどを考える。

 文字はヒトの歴史の数%と言ったが、実際には文字が発明されてもこれを使用するのは人類のごく一部であり、また文字が登場することで文字を読み書きできる者と、それが出来ない者という社会階層を生む効果があったという。実際のところ、あらゆるヒトが文字を使用するようになったのはこの数百年の話だという。

 

 

5000年前の文字の登場と表音文字という大発明

 文字の始まりは メソポタミアで世界最古の文字が発見されたのがウルクの遺跡である。およそ5500年前の原くさび形文字を記した粘土板が発見されている。ここには牛の絵が描かれており、最初の文字は絵文字であった。この粘土板は牛の絵の上にへこみが作られており、牛の頭数を示しているという。このような文字を使用することで物流を管理できるようになり、巨大な都市が運営できるようになったのだという。文字はさらに拡張されて1500~2000の絵文字が使用されるようになる。5000年前にはエジプトのヒエログリフが登場し、3500年前には地中海沿岸で文字が発生している。

 ここで起こった劇的な発明が表音文字の登場だという。表語文字のように一文字で意味を現すことは出来ないが、あらゆる言語を限られた文字で表現できるメリットがある。この便利さから、現在では表音文字だけになっている国が世界の大部分で、表語文字が残っているのは漢字を扱う日本と中国ぐらいだという。さらに日本ではかなが存在し、表音文字と表語文字が混在するという世界でも希有な文字体系を持っている。これが日本語表現の豊かさにつながっている。なお現在は中国語でも当て字を使用することで、表音文字が一部入り込んでいる。

 文字の存在のおかげでエジプト時代の勤務録まで我々は読むことが出来る。このように時代を超えて情報を蓄積できるのが文字の最大のメリットである。番組ではメソポタミア文字の記述から古代の料理を復元した人物もいるが、このようなことで当時の人々のことを生々しく感じることが出来るのだが・・・まあこれはどうでも良いような。このような知識の蓄積が我々の文明を発達させたが、その一方で負の一面もあるという。早稲田大学の馬場匡浩氏によると、古代エジプトでは権力者が文字を独占することで特権階級化して社会の不平等を生み出していたという。言語は自然発生的なのに対し、門司は社会的に仕組まれたものである。

 

 

文字の使用による脳の変化

 文字を扱うことによって人類の脳には大変化が起こったという。国立障害者リハビリテーションセンターの中村仁洋氏によると、文字を読むというのは文字の形を読む視覚野、形の情報を音に変換する側頭頭頂移行部、話し言葉に関わる言語野などが複雑に絡み合って働いているという。そのために脳に負担が大きく、それを簡略化するために、脳は見慣れた言葉は適当に認識するように自動化したのだという。だから例えば「ヘリコプター」の文字を一文字入れ替えて「ヘリプタコー」と書いていても、大抵の人はヘリコプターと読んでしまう。

 そのせいでネットで話題になっている「日本人にだけは読めない文字」というのが存在する。これは英語のElectroharmonixというフォントであるが、日本人はカタカナを知っているせいでどうしてもカタカナに見えてしまって読めなくなるのだという。英語圏の人には普通に読めるらしい。なお文字を学習中の子供は脳の活動部位が広く、一文字一文字を読んでいることが分かるという。また文字をあえてマジマジと注意を向けることで奇妙な感覚に襲われることをゲシュタルト崩壊というが、これは普段は文字認識は自動化しているからだという。ちなみに文字認識に使用されている部位は顔認識に使用されている部位でもあるという。だから顔認識が苦手な人は文字認識も苦手な可能性がある・・・との話だが、私は顔認識は極めて苦手(初めて会った人の顔はまず覚えられない)だが、文字認識にはそれはないな。むしろ昔から教科書の文章が画像情報として頭に入るタイプだった。

Electroharmonixカタカナっぽく見えるが、実はこれはアルファベット

 

 

文字の習得でヒトが失ったもの

 文字を学ぶことで人間が失った可能性があるものもあるという。文字を学んでいる最中の子供によく起こるのが鏡文字を書いてしまうことであるという。自然界では左右に対して意味がなく、同じ形と認識して問題がないからであって、左右の識別が重要なのは文字の世界だけだという。そのために文字の習得には特別な学習が必要であることになる。これは文字の歴史が浅いことが関係するという。そのためかディスレクシア(発達性読み書き障害)という文字を読んだり書いたりが難しいという人が一定数存在するという(英語圏での調査では10~15%もいるとか)。スピルバーグやトム・クルーズなどがそうだという(ブッシュJrも読み書きが出来ないと言われていたが、この障害のせいかそもそも勉強をしていなかったのかが不明)。日本では8%という調査結果もあるという。ただ文字が書けない代わりに非常に精細な絵を描く能力を持つ画家なども存在し、文字を読み書きする能力がこれらの能力を失わせている可能性もあり得るとしている(と言うが、ディスレクシアの人が皆、特殊能力を持つわけでもなかろう)。

 

 

 以上、文字について。文字というのは確かに文明発達には不可欠のものであるが(文字を持たない文明の中には滅びたものが多い)、文字化することでイメージが制約されることがあるというのは事実。一応文章を生業にしているものの端くれ(と自分では思っている)としては、文字のイメージの使い方ってのは難しいところで、詩や文学とは無縁の駄文しか書かない私でもその辺りは意識していたりする。特に意図的に使用しているカタカナなんかは強調とか風刺の意味を含んでいたり。

 先天的に文字認識が難しい人の話が出ていたが、これは後天的に脳の病気や事故などでも起こることがあると聞いたことがある。事故で頭をぶつけた人が、文字を見てもそれが意味のあるものとして認識できなくなったという話がある。脳の一部を損傷することで、文字の形を意味に結びつけることが出来なくなったのだろう。

 また文字の認識が音声を経由しているというのは興味深いところ。ちなみに速読はこの音声を経由しないで文字の形をそのまま意味につなげることで行うと聞いたことがある。やはり音声を経由することで一段ステップが増すことになるから非効率は非効率である。もっともこれがあるから情緒も生まれると思うが。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・人類のにとって言葉の使用の歴史は長いが、文字の使用の歴史は短く、人類の歴史の97%は文字が存在しなかった。あらゆる人が文字を使用しだしたのはこの数百年程度のことだという。
・文字は5000年前ぐらいに生まれたが、最初は絵文字から発達した表意文字だった。しかしそれが少ない文字であらゆる言語を記述できる表音文字の発明で、そちらが主流となる。現在世界では大半の国が表音文字を使用で、表意文字を用いるのは日本や中国など中国文化圏のごく一部だという。
・文字は知識を記録して伝える働きがあり、文明の発達や大都市の運営には不可欠であったが、文字を使える層とそうでない層の階層分化を促す作用も持った。
・文字を読む時に人間は、脳内の多様な場所を連動させているので非常に負荷の大きい作業を行っている。そのために省力化のために文字認識はかなり自動化されており、ある程度の「早とちり」をするようになっている。
・なお一定数の文字の読み書きに難のあるディスレクシアという症状を持つ人が存在するが、その中には視覚認識について普通の人と異なる特徴を示す人もいるという。ヒトは文字を使用するために失った能力がある可能性もある。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・文字って習得のためにはかなりの勉強が必要なので、文盲率ってのはもろにその国の文化水準や教育水準を反映するものです。その点では世界的にも希有な複雑な文字体系を持っているこの国はかなり頑張っていると思います。もっとも今の政府の教育軽視ぶりから見ると、いつまでそれが続くかは怪しいですが(総理が漢字を読めないぐらいだから)。

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