巨大な石壺が並ぶ謎の遺跡
今回の世界遺産はラオスにあるジャール平原。標高1000メートルを超える高地のシェンクワンの盆地にある平原。ここには巨大な石壷が並んでいる。ジャールとはこの石壷のことである。
石壷は高さは1メートルほどで中がくり抜かれている。長い年月放置されてきたものであり、中には2メートルほどのものもある。また石壷の中に落ちた種が発芽して石壷を割って木になったものもある。伝説では石壷は巨人が祝杯をあげるためのものだという。丘の上にある石壷の集合には最大3メートルの巨大なものがある。丘の周辺に300ほどがある。石壷の中は長年の間に空になっていて、何も文字などが記されていないことから石壷の用途は不明であった。
何に使われたのか?
すぐ近くの小さな山に洞窟がある。1930年にフランス人が初めて調査した時、ここで焼かれた人骨を見つけ、洞窟を火葬場であると考えた。さらに石壷の中からも骨が見つかったことから、これは骨壺と結論づけている。しかし後の調査で石壷の周囲で焼かれていない全身骨格が見つかり、また陶器の骨壺が見つかった。ここは墓地だったと考えられている。
これらの石壷は10キロ離れた山から運ばれていた。山の砂岩を切り出して壷に加工したのだという。現場には製作途中の石壷も残っている。この用途についての1つの仮説は、死者の遺体を骨になるまでこの石壷に入れ、後に地面に埋葬したというもの。石壷で遺体を処理したのだという。石を墓標に使うのは、モアイや縄文遺跡などでも見られる。そしてその最も巨大なものはピラミッドである。
ではこのような石壷はどのような人達が作ったか。この地域は交易ルートの中心だったことが分かっており、発掘された骨からは装飾品などが見られており、交易で栄えた人が石壷を作ったのではと考えられている。石壷は丘の上の方が大きく、権力のあった者は大きな石壷を作ったのではという。
遺跡の周辺にはベトナム戦争での爆弾の穴が残っている。戦後には不発弾の撤去も時間を要し、それが発掘作業が進まなかった一因にもなっているという。
忙しい方のための今回の要点
・ラオスのジャール平原には2000もの巨大な石壷が残っている。
・これらの石壷は巨大なものは3メートルもあるという。10キロ離れた山から砂岩をきり足して作られている。
・何に使われたものかは不明なのだが、周辺から埋葬されている人骨が見つかったことなどから、遺体を石壷の中に入れて骨になるのを待ち、白骨化したところで周囲に埋葬したのではと考えられている。
・この地は古来より交易ルートの中心であったことから、交易で栄えた人々がこの石壷を作り、特に力のあった者は巨大な石壷を作ったのではと考えられている。
忙しくない方のためのどうでもよい点
・どうやら鉄器で削って穴を開けたようだが、それってとんでもない手間のような気がしますね・・・昔からそういう無駄な手間をかけられるのが権力の象徴だったりするが、これもその類いか。
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