教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

6/6 BSプレミアム ヒューマニエンス「"鉄"天地創造のテツ学」

鉄、それは生命に不可欠の元素

 今回のテーマは鉄。金属であり無生物の代表のように思われるのだが、実は生命にとっては不可欠の成分であり、我々の血液は大量の鉄を含んでいる。また同時に文明にとっても不可欠の元素である。鉄と人類の関わり合いについて見ていく。

 我々の血液の中に大量にある赤血球。この中にあるヘモグロビンは鉄が中心のヘムとグロビンというタンパク質が組み合わさったものである。このヘモグロビンが鉄の力で酸素を運搬することが出来る。血液の赤色は鉄が酸素と結びついた時の色なので、どす黒い静脈血に酸素を吹き込むと動脈血と同様の真っ赤になる。

 さらに我々の体内のミトコンドリアが鉄を必要とする。ミトコンドリアでは糖などと酸素を反応させてエネルギーを出すのだが、これは燃焼作用であって普通に反応させると大量の熱を発することになってしまう。しかしこれを鉄を使うことでゆっくりとした反応にして効率的にエネルギーを使用しているのだという。さらに鉄はDNAを合成する時にも必要なのだという。鉄はDNAの原料であるデオキシリボ核酸をリボ核酸から合成する際に不可欠なのだという。つまりは鉄が存在しないとほとんどの生物は存在できないのである(ごく一部の生物だけが銅を使用している)。

 

 

生命が鉄を使用するようになった理由

 地球上には様々な金属が存在するが、なぜその中から鉄を選んだか。鉄は恒星内の核融合反応で合成され、それが超新星爆発で飛び散った後、集まって地球などの星が出来たという。地球を構成する物質の1/3が鉄だという。初期地球の海には大量の鉄が溶け込んでおり、その中の熱水で生物が生まれたと考えられている。つまりは鉄はそこらじゅうにあって機能的にも優れていたから生物が採用するようになったのだという。また地球に鉄があることで磁場が生まれたので、そのことによって太陽風が遮られて大気が引き留められたことも生命が誕生した理由になっている。

 ただ鉄は必要であるが多すぎても困るという。人間の体内に含まれている鉄の量は3グラム程度しかない。だから妊婦などは胎児が大量に鉄を消費するために鉄不足になったりするし、鉄不足になると貧血の症状が出る。それなら3グラムと言わずにもっと大量の鉄を溜め込んでおけば・・・と思うところだが、そうすると今度は鉄の反応性の高さのために酸化ストレスがかかって細胞が破壊されるようなことが起こってしまう。だから必要ではありながら、余計に持ってはいけないというジレンマがある。この鉄を我々の体内ではフェリチンという檻のような特別なタンパク質で囲って保管してあり、必要な時に必要量を引き出すようになっているのだという。

まるで籠のようなフェリチンの構造

 

 

動物は鉄を植物から摂っている

 これらの鉄だが、実は主に植物から摂っているという。それは40億年前に鉄が豊富な海中で生まれた我々の祖先だが、その10億年後にシアノバクテリアが誕生することで酸素が発生し、これが海中の鉄と結びついて酸化鉄になって海に沈んでいったのだという。我々が体内に取り込めるのは水中に溶けている鉄であって固体の酸化鉄を取り込むことは出来ない。この後、生物は鉄不足の環境にさらされることになる。4億年前に生物が陸上に進出、陸上には土壌に大量の酸化鉄が含まれるが、残念ながら動物はそれを取り込むことが出来なかった。しかし植物は生育に必要な鉄(葉緑素に鉄が不可欠)を吸収するために、土中に酸を分泌して酸化鉄を溶かして体内に取り込むことが出来るように進化したのだという。そして動物はその植物を食べることで体内に鉄を取り込むことが出来るようになったわけである。

ムギネ酸を使用した植物による鉄取り込み
(出典:東京大学農業生命科学研究科プレスリリース)

 

 

 以上、生物と鉄の関わりについて。鉄という元素は電子軌道のエネルギーが実に微妙な状態にあるので、とにかく反応性が高いのが特徴です。酵素に鉄が含まれているという話が出て来ましたが、その反応性の高さからそもそも鉄は触媒成分の定番のものの1つです。なお私の本業絡みのことを少し言いますと、鉄というのは電子軌道のエネルギーが非常に不安定なので、鉄を含む分子の計算を行うと計算が失敗しやすいということで、我々の業界では「鉄は鬼門」などとも言われます。

 生命誕生時には周囲に鉄がふんだんにあったという話が出てましたが、それだけふんだんにあるのなら、生物構造を支える骨格として鉄を採用する生物が登場しても良かったような気もしたのですが、やはり鉄の高すぎる反応性がネックになったのだろう。確かに骨格が鉄だったら、傷をしたら骨が錆びてしまうなんてことになる可能性もあるので・・・。なおたまに脳細胞が大量の鉄を含んでガチガチなのではないかと思われるような人類も存在していたりするが。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・鉄はほとんどの生物にとって必要不可欠の成分である。
・我々の血液は赤血球内のヘモグロビンで酸素を輸送するが、ヘモグロビンは鉄が中心となったヘムとタンパク質グロビンが結びついたものである。
・さらに鉄はミトコンドリア内でエネルギーを生み出す時、DNAの原料を合成する時などに不可欠の成分となっている。
・我々の体内の鉄は、元々は恒星内の核融合で誕生したものが超新星爆発で飛び散り、それが集まって惑星が出来た時のものである。地球はその1/3が実は鉄である。
・生命誕生時、大量の鉄が海水中に溶けている状態だったので、熱水の中で誕生した生命はそのありふれた鉄を生命活動に使用するようになった。
・しかしその10億年後、シアノバクテリアが生まれたことで酸素濃度が上昇、鉄は酸化鉄となって海底に沈殿して、一転して鉄不足の環境が生まれることになる。
・そんな中で植物は酸を使って酸化鉄を溶かして体内に取り込むことが出来るように進化した。そこで動物たちはその植物を食べることで鉄を摂取できるようになった。

 

忙しくない方のためのどうでもよい点

・鉄は不足すると貧血とかになりますが、とりすぎても駄目と言うことです。実際に鉄が増えすぎると肝臓の機能が低下することが知られており、肝臓病の治療に血液を減らして鉄を抜く治療法もあるぐらいです。バランスの良い食生活をしていると通常は不足することはないそうなので、無闇矢鱈にサプリなどに頼らないことが重要。

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