生体内の電気
電気と言えば機械のエネルギー源というイメージだが、実は我々の身体も電気を使用している。我々の身体の中に流れる生体電気について注目する。
生体電気発見のキッカケは、カエルの足が電気で動いたということから始まるらしいが、実際に我々の身体は電気信号で動いているという。実際に体内を流れる電気信号を検出して隣の人物に伝える装置を付けると、電極を付けられた隣の人物は自分の意志と無関係に手足が動くという。しかしこの身体の電気は通常の電気とは性質がかなり異なるという。一般的に電線内を流れる電気は光の速度であり、秒速30万キロの速度がある。しかし体内の電気は最速でも秒速120メートルだという。
これは電気が流れると言ってもシステムが全く異なるからだという。神経を電気が流れる時は、神経細胞内を電線のように電気が流れるのとは違うという。実際は連続的に流れるのでなく、信号が飛び飛びにバケツリレー方式で送られているのだという。電線方式は早いが減衰率が高いので遠くに伝えるには高電圧をかける必要があるが、体内ではそのような高電圧を使用すること不可能。それにそもそも生体電流は動力ではなくて信号であるから、確実に伝えることを優先しての方式だという。
イオンの移動が生体電気を生み出す
実際に体内で起こっているのはイオンの移動。これは太古の生物が周辺の海水中からイオンを取り込むが、この時に微弱な電流が流れることになる。これを生物の神経系が利用するようになったのだという。細胞の外から細胞膜イオンチャンネルを介してナトリウムが内に移動して電流が流れ、さらにカリウムが外に出ることでまた電流が流れるが1セットで、これが隣のチャンネルに影響して同じことを繰り返すということで生体の電気信号は伝わるのだという。なお電線を通る電気は電圧をかけることで強い電気を送れるが、生体電気ではそういう強弱をかけられないので、強い信号の時は単純に信号の回数を増やすという方法を使用しているという。なお人によって感覚の感度に差があるのは、神経の方ではなくて脳の処理系の方の性能差ではとのこと。
この後、番組ではイオンの説明に入るが、これは化学の超初歩の話なので化学の素養が少しでもある人なら「今更」だが、一般人に対してはここから説明が必要という認識なんだろう。もっともイオンも分からん人がそもそもこの番組を見るとも思いにくいのだが。ちなみに一言で言えば、中性の塩の結晶は電気を通さないが、これを水に溶かすとプラス電荷を帯びたナトリウム陽イオンとマイナスの電荷を帯びた塩化物陰イオンに分かれて水中を自由に動くので、それぞれが電極と作用して電気が流れるということになる。なお細胞内に流れる電気は電流として言えばピコアンペア(アンペアの一兆分の一)レベルとのこと。上でも言ったが、生体は電流を動力としてでなく信号として利用しているから、超省エネになっているのである。
神経細胞の誤作動が感情の源?!
次は感情と電気の関わり。感情は脳内の情報伝達によって生じると考えられるが、これが当然のように脳内の電気が関係しているというもの。なお人間の脳がコンピュータと違うところは、コンピュータは同じインプットを与えると必ず同じアウトプットを出すが、人間の神経細胞は同じインプットを与えてもアウトプットは変化するという。ラットの脳組織に光刺激を与えた時のアウトプットを見ると、1回目の刺激よりも2回目の刺激の方が反応が減少したという。このばらつきこそが感情の元ではないかという。またこのばらつきが人による個性の元ではないかという。ちなみに織田裕二氏も言っていたが、これって最初の刺激には強く反応するけど、二回目になる慣れるって話ではと私も感じたのだが、どうやらそういう単純なものではないらしい。ばらつきは一種の誤作動とも言えるが、それこそが人間で感情でもあるということか。ちなみに恋愛は脳の誤作動ではないかって話まで出ていたが、それは同意。ちなみに私の人生を振り返ってみても、脳が誤作動したとしか思えない瞬間は何度かあった。もっともそれらがその後にことごとく幸福な結論には結びつかなかったのだが。なお神経細胞の働きの違いは神経細胞に栄養や環境を与えているグリア細胞の働きの違いではとの話も。
生命誕生に絡む電気
なお生命誕生の最初の段階でも電気が絡んでいるのではという。精子が卵子を目指して進めるのはVSPという環境(電気信号を含む)を感じる器官が鞭毛にあって、鞭毛の動きを電気で制御しているからだという。また最終段階で卵子の表面にたどり着いた精子が卵子に潜り込む段でも、VSPが電気信号で鞭毛の激しい動きをサポートするという。実際にマウスのVSPがある精子の方が受精率が7倍になるという(VSPのない精子も存在するという意味か、意図的にVSPの働きを抑えて実験したのどっちだろう?)。
人そっくりの人型ロボットの研究が進んでいるが、東京大学の竹内昌治教授は生体組織を使用したロボット作りを目指している。このようなバイオハイブリッドロボットは滑らかな動きが出来るのが特徴だという。駆動には培養した筋繊維を用いるが、そこで電気の刺激を与えることで組織形成が促されるという。これが謂わば人工的な筋トレだとか。生体組織を用いて作った人工的な指は、表面が傷ついても培養によって自己修復が可能だという。竹内氏はさらに人工的な神経ネットワークの形成を狙っており、マイクロプレートを使用して神経細胞を設計通りにパーツ化するという技術を開発し、これを利用して狙ったように神経回路を形成できる可能性が出て来ているという。
最後に現在生命発生の場の有力な説の1つとして上がっている熱水噴出口だが、ここにおいて熱水噴出に伴って発生する電気が有機物の合成を促して生命の元になったという説が登場。実際に環境を再現すると有機物が合成されることが確認され、またチムニーの電気を使って増殖する生命なども発見されているという。やはり電気と生命は密接な関係があったのだという。
と言うわけで、最後にはいよいよ人造人間の世界まで近づいてきたが、いよいよそうなってくると倫理の問題は避けて通れないことになる。番組では最後にその辺りに到着して「人工生命をどうやって死なせるか」という話になっていた。しかしその問題だけでなく、不滅の人工生命が作られるようになったら、そこに生きている人間の精神などを移して不滅の人間を作るって話の方が先に登場するように思われる。これの方が社会的には影響が大きい「不滅の岸田文雄」なんて考えただけでどれだけ社会的害悪が大きいか計り知れないところがある。
なお電気の扱いについてやや混乱しているところがあったが、あくまで人間の電気は情報伝達手段として用いているのであって、動力としては全く用いていないというのが機械と根本的に違うところである。生命が電気を動力として使用していたなら、扱う電流はもっと大きかったし、生命の駆動力は筋肉でなくてモーターになっていただろう。そうなっていたら生命のエネルギー源獲得は、摂食でなくて生体太陽光発電のようなものになり、体内には生体蓄電池を持つようになったろう。なんて、私も妄想を膨らませることになるのだが。
忙しい方のための今回の要点
・実は機械だけでなく、生物も信号伝達に電気を使用しているが、その電流は極めて微弱で、電線内の電流が光の速度に流れるのに対し、秒速120メートル程度と極めて遅いという特徴がある。
・神経細胞内の電気信号は、イオンチャンネルを通してナトリウムイオンが入ってくる時と、カリウムイオンが出て行く時に極めて微弱な電流が流れるという形を取る。そしてそれが隣のチャンネルに次々と伝わっていくという形で伝達される。
・強度の概念を伝えるには、強い刺激ほど信号の回数が増えるという形を取る。
・脳内の神経細胞は、コンピュータが同じインプットだと必ず同じアウトプットを返すのに対し、同じインプットでもアウトプットが変化するという特徴がある。この不正確さが感情や個性につながっているのではとの説がある。
・生命誕生の瞬間でも、精子の鞭毛を駆動するには鞭毛にあるVSPという器官が電気を感じて鞭毛を激しく動かしているらしいことが分かってきた。
・現在、生体組織を使用したバイオハイブリッドロボットの開発が進められているが、そのための人工筋肉の培養においても、電気刺激を加えることで組織化が進行することが分かっている。
・さらに神経細胞をパーツ化して、設計通りの神経ネットワークを作成する技術の開発も進んでいる。
忙しくない方のためのどうでもよい点
・バイオハイブリッドロボットなどという話が出て来ましたが、これに人工知能を組み合わせてとなれば、いよいよもって「人とは何か」という問題が発生しそう。倫理の問題が全く解決できないうちに、技術の方だけが先に進歩していくから、これはいずれ大きな揺り戻しが来る可能性あり。
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