教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

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番組リスト

10/11 NHK 歴史探偵「江戸の旅ブーム」

江戸時代の旅行ブーム

 今回のテーマは江戸時代の庶民の旅。江戸時代になると天下泰平の中で庶民にも経済力がついてきたこともあり、空前の旅ブームになったという。とは言うものの、当時の旅は当然のように歩いてのものになるので長期の旅になった(通常は2~3ヶ月)。そして一番人気の行き先は伊勢である。当時の庶民は1日に40キロぐらいは歩いたというので、現代人からは想像できない健脚である。

旅行スタイルは草鞋に脚絆

 また当時の宿は今のホテルと違って備品はほとんどないので、枕からロウソク立てまで持参したという。しかし歩きの旅なので多くの荷物は持てず、振り分け荷物に入るだけ。だからいずれの器具も折りたたんだらコンパクトになるように設計されている。装備は足下は草鞋に脚絆である。なお番組ではこれをNHKの加藤向陽アナが再現している。

 

 

難所を越えながら伊勢を目指す

 一番最初の難所は箱根の峠となる。ここには石畳の街道が整備されているが、雨が降ると大量の水が流れてくる(すねが浸かるほどだったという)ことから、所々の石畳が斜めになっていて、脇に水を排水するように設計されているという。また体感した加藤アナによると、草鞋は意外なほどに石畳とは相性が良い(スベらずに安定する)とのこと。

 峠をすぎると関所がある。関所では人質となっている大名の子女が逃亡するのを防ぐために、特に出女には厳しかったという。女性は御留守居証文と呼ばれる書状に身体の特徴が細かく記されており、それを人見女という年配の女性(改め婆などと呼ばれていたという)が厳しく調べていったという。髪をほどいてハゲがあるとか、手にお灸の跡があるとかそういうことまで調べたという。

 次の難所は大井川。大井川は江戸防衛上の理由で架橋が禁止されていたので、川越人足に担がれて川を渡ることになる。料金は水位によって変わるようになっており、台にのって渡るような場合には人足が4人に台の費用がかかるから、1万円を越すぐらいの料金になったという。なおシーボルトが記録していた川越人足の姿が登場しているが、全身刺青のスゴい姿である。一つ間違うと命を落とす危険な仕事だったためだという。なお番組では加藤アナが台での渡河を再現しているが、4人の男に担がれたところで「恐い恐い」を連発していたのが何とも・・・。

 

 

無事にたどり着くと夢のような接待が・・・ただし費用は大変

 当時の記録などを見ていると、旅の費用は結構細かくかかっている。各地で名物を食べた費用なども計上されているが、こういう費用は地方経済を回す原動力にもなっていたという。またやはり一番高いのは宿泊費であり、旅籠は相部屋、食事は一汁三菜(当時はそれでも贅沢な方だという)。これで宿泊費は大体6000円ぐらいという(まさにビジホ感覚)。

 そして無事に伊勢にたどり着ければ、そこでは夢のような接待が待っていた。伊勢では御師と呼ばれる神職が営む旅行代理店のようなものが800軒あり、それが檀家を豪勢な食事や伊勢踊りなどの見世物で接待したという。しかしこのような当時の庶民には夢のような体験は当然ながら金がかかるもので、ある記録では17人で5泊6日で60両(現在の価値で600万円)払ったとのことで、1人当たりで35万円だという。なかなかの豪遊である。

 なお費用の捻出には伊勢講といって集団で金を出し合って、くじ引きで選ばれた者が伊勢参りするというようなシステムがあったという。


 以上、当時の庶民の旅行についてなんだが、正直なところ常識レベルの話ばかりだったな・・・。また加藤アナが当時の旅を再現なんて言っていたが、何も彼が江戸から伊勢まで歩いたわけでなく、箱根や大井川などのポイントを取材しただけなので大した意味もなく・・・。まあこの番組らしいけどね。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・江戸時代、天下泰平で庶民に経済力がつきだしたことなどもあって、空前の旅行ブームが沸き起こっていた。
・目的地は圧倒的に伊勢が人気で、当時の旅行は当然のように歩きなので、2~3ヶ月の長旅となった。
・難所の箱根は街道が整備されていたという。峠を越えると関所があり、特に出女はかなり徹底的に検査を受けることとなった。
・防衛上の理由で架橋が禁じられていた大井川なども難所であった。ここでは川越人足に担がれて超えることになるが、その料金は水位で変化した。
・伊勢に到着すると御師という神職が営む旅行代理店のような者が檀家を豪華な料理や見世物で接待した。
・旅行の費用を捻出するために、大勢で費用を積み立てる伊勢講という組織などが存在した。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・とにかく当時の庶民は恐るべき健脚だったことが分かります。1日に40キロ歩いたって・・・。私だったらその半分で1日で足腰ガタガタです。明治生まれは若い頃はそれに近しい生活してたわけだから、明治生まれが長生きしたわけでもある。今後は虚弱な昭和生まれが高齢者になっていくから、日本人の寿命は縮み始めるというのが私の推測。

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