教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

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11/8 BSプレミアム 英雄たちの選択「帰ってきた探偵~江戸川乱歩 ミステリー復活の誓い~」

探偵小説というジャンルを作った江戸川乱歩

 日本ミステリー小説家の祖ともいわれる江戸川乱歩が今回の主人公。乱歩の蔵書が残されているが、その量が膨大であることもさることながら、ジャンルが非常に多彩である。これらを参考資料としながら、乱歩は社会の闇をえぐり出すような小説を書いた。しかしそこに時代の波が襲いかかる。

江戸川乱歩

 大正時代は大正デモクラシーで自由の空気が満ちており、モガやモボが登場している時代であるが、その裏で貧富の差の拡大など社会には退廃ムードも漂っていた。そんな時に乱歩は「二銭銅貨」を発表、暗号解読などのタイムリーな話題を取り入れた謎解き小説になっており、日本には今までなかったミステリー小説であった。乱歩はこれを海外のミステリー小説を参考に描いたという。これはヒットして日本で探偵小説というジャンルが確立する。乱歩は作家としてデビューする前に多くの職業を転々としており、そういう経験も反映しているという。また当時は科学が急速に発展している時代だったが、乱歩はこれらを作品に取り込みつつ、科学万能の考え方に疑問を投げかけるのが彼のスタンスだったという。また当時の世相にも斬り込んで、人間に内在するそのグロテスクさを描き出すような作風でもあった。乱歩は文学界のトリックスターであった。

 

 

しかし時代の波が彼の執筆の場を奪っていく

 しかし昭和になると時代が変わっていく。ニ・ニ六事件の発生など世の中がきな臭くなっていくと共に、大正デモクラシーの自由な空気は吹き飛ばされると共に、社会の統制が強まり、表現活動も検閲を強化されるようになる。乱歩の作品も公序良俗に反するものとして修正を余儀なくされたり、挙げ句は出版が禁止されるようになる。

 また同時に乱歩の作品が大衆からそっぽを向かれるようになりつつあった。当時は満州で一旗を揚げるというのが持て囃されていた時代で、大衆は成功ストーリーなどを求めるようになっていて、乱歩のグロテスクな作品は敬遠されるようになったのである。乱歩は次第にペンを取る意欲がなくなってきて、ついには地方に疎開を余儀なくされるようになる。

 

 

戦後、ようやく執筆が可能となったところでの乱歩の選択

 そうして敗戦。乱歩は焼け野原になった東京に戻ってくる。戦後には出版ブームが相次ぎ、乱歩の元にも新しく出版される探偵小説雑誌から長編の執筆依頼が舞い込む。ここで乱歩の選択だが、執筆するかしないかである。ゲストの選択は概ね執筆しない。まだ情勢が定かではない(国による検閲はなくなったが、GHQによる検閲はあるし、大衆の動向も定かではない)ことから様子を見定めた方がというようなものであった。そして乱歩もこの依頼を断った。

 乱歩は自ら探偵小説を書くよりもプロデューサーとして探偵小説を盛り上げようとした。まず探偵小説作家のクラブを設立して初代会長に就任、作家達の横のつながりを築く。横溝正史などとはわざわざ彼の元を訪問して探偵小説について語り合ったという。さらに江戸川乱歩賞を創設して、後進の作家のデビューの機会を作る。乱歩に後押しされた作家には松本清張、山田風太郎などに星新一、筒井康隆などもいるという。また自身は子供向けの少年探偵団シリーズを執筆、子供たちに探偵小説の面白さを紹介して将来の読者の育成に努める。こうして日本でミステリージャンルが確立することになる。

 

 

 以上、江戸川乱歩について。戦後に本格長編を執筆しなくなったのは、社会に嫌気がさした部分もあるだろうが、やっぱり本人が涸れてきた部分もあるだろうと思う。乱歩の初期のような作品を書くには相当の精神エネルギーが必要なので、それを保つことが出来なくなってきたことを感じ、自分は一線を退いて後進の育成に力を尽くすことにしたのではと感じられる。ただ創作意欲を完全に失っていたわけでないのは、少年探偵団のような「軽い」作品は執筆していたことから覗える。恐らく彼自身、自分のピークを過ぎてきたことを感じたのではなかろうか。

 人間老いてくると知的能力も低下するし、何よりも精神エネルギーが低下してくる。そしてそれは創作のジャンルに顕著に現れる。あえて名前は挙げないが、かつては中国の歴史などから着想を得た壮大で精緻なSF作品を執筆していた作家が、晩年になって見るも無惨なひどい作品を出しているのなどを見ると、正直なところファンとしてはツラくなる。創作力の衰えというものは誰しも必ずあるようである。プロの作家からはほど遠い私でさえ、自分の昔の文章などを見てみると、そこに溢れる熱気などは今ではとてもそのポテンシャルで書くことはできないということを痛感している。

 そういう点では乱歩は老醜をさらさずに、もっとも社会的に有意義な晩年の送り方をしたようにも思われるのである。1度成功した人の綺麗な幕の引き方のようにも感じられる。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・大正時代、江戸川乱歩は謎解き小説のジャンルでヒットして、日本で探偵小説のジャンルを確立する。
・乱歩のスタンスは科学万能主義の時代の風潮に疑問を投げかけ、また社会の風潮に斬り込んで人間のグロテスクさを描き出すというものであった。
・しかし昭和になって世の中の統制が強まると共に、乱歩の作品は公序良俗を見出すと発禁を食らうようになり、さらには世の風潮も変わってきたことで社会に受け入れられにくくなってくる。
・実質的に執筆を禁じられて地方に疎開していた乱歩は、戦後になって東京に戻ってくる。そして新たな長編探偵小説の執筆を依頼される。
・しかし乱歩はその依頼を断ると、探偵小説作家のクラブを作るなどプロデューサーとしての活動に力点を置き、後進の育成などに努める。その一方で子供向きの少年探偵団シリーズを執筆して将来の読者の開拓に力を入れる。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・こうして日本はミステリー全盛・・・なんだが、今時の「名探偵コナン」とかを見ていると、このジャンルも行き詰まっている感が強いんだよな。ミステリーを題材にしている漫画が多いんだが、いずれもトリックが滅茶苦茶というか無理矢理で幼稚すぎて・・・。ジャンル自体がネタ切れになってきている。こういう現状を見ると乱歩はどう言うか。

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