教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

1/22 BSプレミアム 英雄たちの選択「秀吉・天下争奪の山城合戦~賤ヶ岳の戦い~」

 今回は賤ヶ岳の合戦がテーマ・・・なのだが、いきなり磯田氏のテンションが異様に高いのが目につく。その上に今回は「山城界のさかなクン」こと千田氏も登場と言うことで、何となく波乱の予感(笑)。

 

信長の後継者を巡る二人の争い

 本能寺の変が発生後、明智光秀を討ったことで一躍信長の後継者の座No1に就いた秀吉と、織田家の筆頭であった柴田勝家が事実上天下を争ったのが賤ヶ岳の合戦である。磯田氏は「秀吉の合戦の代表作」「秀吉の最後の青春の戦い」という言い方をしていたが、実際にこの戦いは秀吉の生涯の中でも最大の分岐点とも言えそうな戦いで、伸るか反るかという際どい戦いでもあった。この後の合戦らしい合戦と言えば小牧長久手では家康と睨み合いの挙げ句、別働隊を出したらそれが読まれて敗北と良いところなし、その後は北条征伐などの日本平定のための戦いはあるが、これは圧倒的な兵力を動員して戦うと言うよりは無理矢理従わせるだけの話。そして朝鮮侵略に至っては秀吉自身は前線には出ていないし、内容的にも言わずもがなで良いところなし。こうなると確かに賤ヶ岳の合戦が秀吉が鮮やかに勝利を収めた最後の戦いと言えるかも知れない(磯田氏はまともに戦ったのも最初とも言っていたが)。

 明智光秀を討った後の清洲会議で秀吉と勝家の領地の配分は決まったが、この結果として秀吉は畿内に広大な領地を獲得、これに対して勝家は越前・加賀に加えて秀吉の長浜城を受け取ることになる。これについてはこの場を収めるために秀吉が勝家の顔を立てたのだろうという話が以前に「にっぽん!歴史鑑定」でも出ていた。

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対秀吉最前線の拠点として勝家が築いた玄蕃尾城

 秀吉を牽制するために勝家が余呉湖の北に築いた城郭が玄蕃尾城なのであるが、この城が本格的かつ大規模な城郭。ここを千田氏が訪問しているのだが、もう「ギョギョギョギョ」とばかりにハイテンションではしゃぎ回っている。もっとも千田氏がはしゃぐのも分からないではない。実はこの城は私も訪問した際に、そのあまりに本格的かつ規模の大きさに度肝を抜かれ、「マジ、マジ、マジ」と呟きながら走り回っていたから(笑)。とにかく野戦のための陣城というようなレベルではなく、明らかに秀吉軍を完全に抑えるための拠点として築いていたのが分かる。

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玄蕃尾城の深い堀切

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凝った作りの虎口

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そして大規模な主郭

 

ついに決戦の火蓋が落とされる

 そして両者の対立は拡大。勝家はお市の方と婚姻し、秀吉は信長の葬儀を開催することで丹羽長秀や池田恒興などを味方につけ、信長の次男の信雄、さらには上杉や本願寺も味方につけた。これに対して勝家は信長の三男の信孝に滝川一益を味方につけ、さらには毛利や足利義昭にも接触を図ったという。

 冬、勝家の北の庄城が雪に閉ざされ兵を動かせなくなったタイミングを見計らって、まず秀吉が動く。秀吉は長浜城と岐阜城を大軍で包囲して落城させる。また滝川一益の北伊勢に侵攻する。そして雪解け、勝家軍が本格的に動き始めて両者は激突することになる。

 

山城の特徴に見る両者の戦略の違い

 この後、千田氏が賤ヶ岳周辺に勝家方と秀吉方が築いた山城群を訪問し、その両者の違いを分析しているのだが、これがまた千田氏のテンションがさらに上がりっぱなしで、よく聞いていると同行したスタッフが噴き出しているのが聞こえてきてたりする。それはともかく、調査によると勝家方であった前田利家の別所山の山城は非常に簡便な作りであり、ここに籠もって戦うと言うことを想定していないという。これに対して秀吉方の最前線右翼を守る城である東の山城はかなり複雑で凝った作りの堅城となっているという。つまりは攻めの勝家に守りの秀吉だったわけである。

 実際に秀吉が弟の秀長に宛てた作戦指令書のような文書が残っている(この手の機密文書が残存するのは極めて異例なことであるが)。これによると秀吉は秀長に対して惣構えの中で守りに徹するように伝えている。この惣構えであるが、実は東の山城から西の山までの間の500メートルの間に秀吉は土塁を築いていたのが地形調査で判明しているとのこと。

 

背後での敵の挙兵に対しての秀吉の決断は?

 こうして両者は睨み合いとなったのだが、その時に滝川一益と織田信孝が美濃で挙兵し秀吉の背後から攻撃をかける意図を示す。このままでは挟み撃ちにされてしまう恐れがある。ここで秀吉の決断は、防御に徹するか、それても軍を分けて滝川らを討ちに行くか。

 番組ゲストは防御に徹するの意見の方が多かったが、実際に秀吉が取ったのは軍を分けるだった。しかし岐阜城に向かった秀吉軍は揖斐川の氾濫で足止めされ、大垣城に留まって敵の出方を覗うことになる。しかし4日後、秀吉の不在を知った勝家軍が動き始める。佐久間盛政が防御戦の西から回り込み、後方の砦に奇襲をかける。この戦いで中川清秀を失うなど秀吉軍に大損害が出る。さらに勝家が惣構えに対して総攻撃をかける。

 危機に瀕した秀吉軍だが、急報を受けて賤ヶ岳までなんと5時間で駆けつける。この時点で勝家は未だに惣構えを突破できていなかった。そして敵中で孤立した形の佐久間盛政軍を追撃する。その時に調略をかけられていた前田利家が突然に陣地を放棄する。これで勝家軍は総崩れとなる。そして2日後、北の庄城を包囲された勝家はお市の方と共に自刃する。こうして天下は秀吉の物となるのである。

 

勝家の敗因は

 勝家の敗因だが、迂回攻撃を佐久間の小兵で行うのではなく、自らの本隊がそれに付いていくぐらいの覚悟で行くべきだったという意見や、そもそも迂回して賤ヶ岳で戦わずに長浜城を先に落としてしまえば良かったというような意見が出ていたが、これは同感。また全体の戦況を見渡せる別所山という要地に前田利家という向背定まらぬ将(前田利家はそもそも成り上がりの秀吉の数少ないマブダチである)を置いたという甘さなども指摘されていた(勝家はいい人だったらしいが、そういう人は天下は取れないとのこと)。ただ一番核心を突いていたのは、杉浦アナの「ところで秀吉速すぎません?」の一言だったような気がする。50キロの距離を完全装備の軍が5時間で引き返してくるのは、彼が中国大返しでも見せた驚異の機動力というやつである。勝家もまさか自分が惣構えを突破する前に秀吉が帰ってくることは想定していなかったろう。この驚異の速度を見るに、実は秀吉は大垣城でいつでも戻れる準備をしていたことが覗える。美濃に侵攻した時点で、この策は考えていたのだろう。


 今回は千田氏と磯田氏が相互作用で妙なハイテンションで騒いでいたのが目立つ。特に常にテンション高めの磯田氏が、今回はさらに10割増しぐらいでテンションが高く、玄蕃尾城の辺りなどでは千田氏と二人で勝手に盛り上がってしまっていて、他の二人のゲスト(戦史研究家と国際交渉人)が「我々はどうしたら良いんでしょうか・・・」という様子になってしまっていたのは爆笑だった。本当にこの番組は、常にどんなときにも結構冷静に番組を仕切る杉浦アナの存在がなかったら、滅茶苦茶になりかねないな(笑)。そういう意味ではキャスティングの妙であるか。

 

忙しい方のための今回の要点

・賤ヶ岳の合戦は秀吉と勝家の天下を巡る争いである。
・勝家は秀吉に圧力をかけるために本格的な城郭として玄蕃尾城を築いた。
・これに対して秀吉は、勝家の北の庄城が雪に閉ざされる時期を見計らって長浜城と岐阜城を攻略する。
・雪解け後、勝家軍は出陣し、賤ヶ岳で互いに山城を築いての睨み合いとなる。
・勝家側の山城は比較的簡便なのに対し、秀吉側は徹底防御のための堅固な山城を築き、谷筋には土塁を築いた惣構えで迎え撃った。
・睨み合いの間に、秀吉の背後で勝家方の滝川一益と織田信孝が挙兵、秀吉軍は挟み撃ちの危険に遭遇する。
・この危機に対して秀吉は軍を二つに分けて、背後の敵を討つために出陣するが揖斐川の決壊で大垣に留まることになる。その間に勝家軍が迂回攻撃をかけてくる。
・勝家軍の攻撃の報を聞いた秀吉は、50キロの距離を5時間で舞い戻って敵軍に対処、この時に勝家軍から前田利家が離脱したことで勝家軍は総崩れとなって敗北する。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・前田利家はその後に秀吉の重臣になってますが、考えてみると一番の功績ってこの時の戦線離脱なんですよね。これが勝敗を決したわけですから、秀吉にすると本当に感謝してたと思います。もっとも利家の方は敵対したことを咎められるのではと警戒していたようですが。
・この時の両者の仲介にはおねとまつの奥様外交も働いていたという話が以前に他の番組でもありましたね。こういうのが「根回し」ってやつです。どうも柴田勝家はその手の細工があまり得意だったイメージがないんですよね。結局は勝敗を分けたのはそういう点。秀吉もまともに純軍事的に勝家と相対したら勝てる自信はなかったろうと思いますよ。「鬼柴田」は伊達じゃないですから。多分だからの「徹底防御戦略」だったんでしょう。
・そして今回の番組の一番の教訓は「歴史オタと城郭オタが揃うと、とんでもなく喧しい」ということでしょうか(笑)。

 

次回の英雄たちの選択

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