教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

"悪魔の兵器ナパームを開発した天才科学者" (8/27 BSプレミアム フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿「地獄の炎 ナパーム」から)

最強最悪兵器のナパーム

 シリアの内戦で独裁政権が市民の攻撃に使って多くの犠牲を出しているのがナパーム弾である。ナパーム弾はゲル状のガソリンを詰めた焼夷弾であり、爆発と共に火の玉となったゲルが飛び散り、それが建物や人体に付着して燃え尽きるまで燃え続ける。水や砂をかけた程度では全く消えないので、これにやられた被害者は焼け死ぬか重度のやけどを負うことになる。それ故に最強最悪の兵器の一つとも言われる。実際にナパームは人類の生みだした最悪の兵器と言われている原子爆弾以上の多くの犠牲者を今までに出している。

 ナパーム弾を開発したのは気鋭の有機化学者で、ビタミンKの合成の成功などでノーベル賞の可能性もあると言われていたアメリカのルイス・フィーザー。第二次大戦の勃発と共にルーズベルト大統領は国防研究委員会を設置し、軍学共同プロジェクトで新兵器開発を行うことになり、ハーバード大学などもこれに参加した。この中で新型爆弾の開発を任されたのがルイス・フィーザーである。

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ルイス・フィーザー

 フィーザーは裕福なドイツ系の家庭に生まれ、大学では有機化学の研究に従事し、アメフトではディフェンダーとして優秀選手にも選ばれるという、絵に描いたような「リア充」人生を送ってきた人物。座右の銘が「どんなこともなしうる。それは勤勉によってなしうるのだ。」というもので、その自信のほども覗われる。フィーザーは自身の兵器開発がアメリカを守ることになるという純粋かつ単純な愛国心で兵器開発にいそしむ。

 

フィーザーが思いついた新型焼夷弾

 彼はある塗料工場での爆発事故に目をつける。そこではゲル化した溶剤が燃焼していた。ゲル化した燃料に火を付けると激しくしつこく燃え続ける。これを見て彼は、ゲル状の燃料を燃焼させる新しい焼夷弾のアイディアを思いつく。それまでの焼夷弾は金属粉を詰めたテルミット弾で、高温の飛沫が散乱するもののそれはすぐに冷えるために燃焼を拡大させる効果は小さく、焼夷弾はあまり有効な兵器でなかった。しかしこのゲル化燃料を使用した焼夷弾は散乱したゲルがしつこく燃え続けるために広範囲に火災を起こすことが出来る。フィーザーはガソリンに生ゴムを加えて最初の焼夷弾を作り上げる。

 しかしその後の太平洋戦争の勃発による日本軍による東南アジア侵攻で生ゴムの入手が困難になると、フィーザーには新型焼夷弾の条件として「簡単に手に入る材料、長期保存が可能、マイナス4度から65度でも変質しない、戦地で簡単に調合できる」という難しい条件が示される。しかしハードルの高さが逆にフィーザーの研究者魂に火を付け、様々なテストを行った結果、長鎖脂肪酸に目をつける。その中のナフテン酸アルミニウムとパルミチン酸アルミニウムを混ぜ合わせるという方法を発見し、これらの名からナパームと名付ける。

 さらにフィーザーはこれらに当時発達しつつあった粉末化技術を応用して粉末とする。こうして簡便に輸送でき、現地でガソリンなどに混合するだけで簡単に使用できる「理想的な」兵器が開発されたのである。軍はさらにこれをより効果的に使用できる焼夷弾を開発、この爆弾は東京大空襲に使用されて10万人以上を殺害する。さらに米軍はこれを日本の各都市の爆撃に使用し、多くの日本人を殺害する。またナパームの使用は火炎放射器の性能向上にも貢献し、ナパームを使用した火炎放射器は塹壕などにこもる日本兵を焼き殺すのにも非常に効果を上げたという。

 戦後フィーザーは戦勝に貢献した英雄として讃えられ、トルーマン大統領からも戦争終結に貢献した功労者として表彰された。戦後に彼は有機化学の教科書を執筆したり、化学教育の面でも高く功績を評価されることになる。

 

ベトナム戦争で評価は一変するが、意に介さないフィーザー

 ナパームが太平洋戦争以上に大量に投入されたのがベトナム戦争であった。ゲリラが立て籠もるジャグルや都市への攻撃にナパームは大量に使用された。特に現地でガソリンのドラムタンクにナパームの粉末を加えてその場で即席に作られる簡易ナパームはヘリコプターからの投下で非常に効果的な兵器だったという。

 しかし泥沼化するベトナム戦争の中で反戦の機運も徐々に高まり、戦場の実情を伝える報道などが出てくることで風向きが変わってくる。特にベトナムで村落がナパームで攻撃され、全裸で逃亡する少女の写真が発表された(ピュリッツァー賞を受賞した「戦争の恐怖」)ことは象徴的事件となってナパームの非人道性への批判が盛り上がる。

 それと共に開発者であるフィーザーに対する批判も出てくるが、フィーザーはそれに対しては全く意に介する様子も見せず、ナパームによる虐殺に対して一切の責任を感じていなかったという。

 フィーザーがハーバードを退官した後はナパームに関する技術は大学としては封印することになる。しかし製造が容易なナパームは貧者の兵器として各地に拡散、あちこちで大量の犠牲者を出すことになる。1980年に国連は人口密集地でのナパームの使用を禁止する条約を採択し、国際世論に押されたアメリカは2001年に全てのナパームを廃棄したと発表する。しかし2003年のイラク戦争で用いたゲル化したジェット燃料の爆弾が問題となる。アメリカはガソリンでなくてジェット燃料を用いたのでナパームではないと言い逃れしたが、実質的に高性能化されたナパームであるのは間違いなく、アメリカの詭弁は明らかであった。

 その後、テロリストグループで石けんや砂糖などの身近な材料でナパームを製造する方法がネットで公開されたりし、低コストで有効な貧者の兵器として未だに各地の武装勢力などでは使用されることになろうとしている。

 

 全く救いのない話。フィーザーが研究者としては間違いなく極めて優秀な人物であるだけに救いがたい。頭は優秀であるが典型的な専門馬鹿で、いわゆる良識がその能力についていっていないタイプだったのだろう。8/2の放送で登場したドイツのオトマール・ファン・フェアシュアーは典型的なマッドサイエンティストタイプだったが、それとはまた違う。あえて罵倒すればオトマール・ファン・フェアシュアーは「悪魔」、ルイス・フィーザーは「冷血」

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 典型的な「専門馬鹿」。言葉を換えれば「天才なのだが、人間としては大馬鹿」ということ。とにかく科学者は人一倍の良識を持っていないと政治家や軍人などの醜い欲や野心に巻き込まれることが多いのだが、そういう経過を辿った典型的なパターンである。フィーザーとしては「与えられた課題に最適の回答を与えたのに、なぜそれが批判させるんだ」ってところだろう。また逆にフィーザーが人の命などの良識にこだわる人間だったら、このような惨劇を招いた責任に押しつぶされてしまって、戦後にまともに人生を送るのは困難だっただろう。原爆開発者などにも共通するのだが、彼らは贖罪に一生を捧げるのでなければ、「自分は全く悪くない、良心に何ら恥じるところはない」と開き直るか、本気でそう思い込むしかないわけである。

 このような人物は上にキチンとした人間が入れば人類に貢献できるのだが(実際にフィーザーはビタミンKだけでなく抗マラリア薬などの研究も行っている)、よりによって上がルーズベルトだったというのが悲劇でもある。もし生まれ育った時代が違えば、恐らく立派なノーベル賞受賞者として、何ら後ろ指を指されることもなく後々まで高く評価され尊敬されただろうが、現実はナパーム開発の件とそれに対する彼の態度が拭いようのない巨大な汚点となっている。科学者のあり方の難しさを考えさせる人物でもある。

 

忙しい方のための今回の要点

・ナパームは第二次大戦中に気鋭の有機化学者であるルイス・ファイザーによって開発された。
・彼はゲル化した燃料を用いれば焼夷弾の効果を劇的に向上できることを思いつき、長鎖脂肪酸をガソリンに加えることでゲル化する方法を開発した。
・彼の開発したナパームは安価かつ取り扱いが容易であることから東京大空襲にも使用されて10万人以上を殺害し、さらには日本の各都市の爆撃で大勢のひとびとを焼き殺した。
・戦後、彼は戦争の勝利に貢献したとしてトルーマンにも表彰され、国民的ヒーローとなった。
・ナパームはさらにベトナム戦争にも投入され、多くの犠牲者を出した。しかし徐々に反戦機運が高まっていく中で、ナパームの惨状が報道されるにいたり、ナパームの開発者であるフィーザーへの批判も高まるが、フィーザー自身はそのことには全く責任を感じることはなかったという。
・ナパームの非人道性のために、1980年には人口密集地での使用が国連によって禁じられ、2001年にはアメリカはナパームを破棄したと発表する。しかし2003年のイラク戦争で実質的なナパーム兵器を使用し、これが批判を浴びる。
・その後もナパームは身近な材料で制作する方法がネットで発表されるなどもあり、貧者の兵器としてむしろ各地の武装勢力に広がりつつある。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・お手軽簡単すぎるだけに怖い兵器なんです。端的に言えば火炎瓶レベルで制作できる。それでいてかなり有効な殺戮・破壊兵器ですからテロリストなどには格好の兵器ですね。さすがに核兵器は設備が大規模な上に原料の入手性の問題もあるので、テロリストでは扱いかねますが、ナパームなら簡単に扱える。それでいてかなりの効果が期待できるのだから最初から殺戮を目指す連中には広がるのは必然。
・しかも一般民衆虐殺に特化した兵器でもあります。第二次大戦で登場した兵器は、原子爆弾も含めて「一般民衆を大虐殺する」ことに特化した兵器が多いです。これらのせいで戦争がより下劣なものになりました。まあもともと高貴で崇高な戦争なんてありませんが。

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