教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

"「ゾンビは人間か?」ゾンビ裁判の結果は?" (8/20 BSプレミアム ダークサイドミステリー「今熱い!ゾンビ人気の秘密~恐怖と進化の90年~」から)

 今やいわゆるモンスターの一ジャンルとして定着した感のあるゾンビだが、登場については20世紀になってからである。そのゾンビの登場の歴史とその後の展開について紹介というわけの分からないいかにもこの番組らしい内容。

 

ゾンビの初登場は1932年、元ネタはハイチの伝説

 まずゾンビが現代いかに人気があるかを示すのがゾンビ映画の本数。1960年代には24本に過ぎなかったのが、70年代に60本と倍増、80年代には135本にさらに倍増、90年代は77本と低迷期に入るが、2000年代には300本以上と大ブレークである。

 ではゾンビが初めて登場したのはいつかであるが、1932年に公開された映画「ホワイト・ゾンビ」が最初とされている。ここに登場するゾンビは生きている時に悪い呪術師に薬を飲まされて墓場から生き返らせられたのだと言う。意識なく操られ、奴隷労働に従事させられている。当然ながら背後にはそれを操るものがおり、自らの意志に反して他人に操られてしまうと言うのがポイントになっている映画だという。

 ちなみにゾンビの元ネタは、この映画の前年に出版された探検家シーブルックによるハイチの調査記録だという。ハイチは1915年にアメリカ統治下に加えられたが、アメリカ人にとっては未知の世界で呪術的な文化など、西洋からは異質の文化とみられたという。シーブルックはこのハイチで歩く死者であるゾンビを見たというのである。

 

実在した?ゾンビ

 まあどう考えてもインチキなのだが、ハイチでは1980年にゾンビが現れたという記録があるのだとか。

 そのゾンビとはクレルヴィウス・ナルシス氏。死んだはずなのがナルシス氏が突然現れて村は大騒ぎになったのだそうな。ナルシス氏によると意識の朦朧とした状態で遠くの農園で働かされていたと言ったとか。実際に18年前にナルシス氏には死亡証明書が出ていて、墓にも埋葬されたのだという。

 この件だが人類学者のウェイド・ディヴィス氏の調査によると確かにナルシス氏の葬儀が行われて埋葬されたのは事実だという。ただナルシス氏の死亡した時の状態を調べたところ、フグ毒の中毒症症と思われるのだという。そしてフグ毒の中毒は仮死状態と本当の死の区別が熟練した医師でも困難なのだという。つまりは罪を犯したナルシス氏を誰かがトトロドトキシンで仮死状態にして埋葬、その後に掘りだして遠くで強制労働させたのではとのこと。

 

近代ゾンビの父・ジョージ・A・ロメロ

 さてこの頃のゾンビは人間の命令に従う奴隷であり、今のゾンビのようなモンスターとは少々違う。ゾンビが本格的モンスターになるのは、この番組の言うところのゾンビ3原則 1.人を襲って食べる 2.食われた者がゾンビになる 3.頭を破壊しない限り動き続けるが登場して以降なのだが、この3原則に則ったゾンビが初めて登場したのがジョージ・A・ロメロ監督1968年の作品「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」だという。ロメロはこのために近代ゾンビの父と呼ばれているとか。この作品はオカルト大好きだったロメロが低予算で作成したロメロの趣味丸出しの映画だという。この3原則が登場することで理不尽な恐怖、モンスターが人間を食べるというおぞましさ、さらに攻撃を受けても向かってくると言う恐怖で大ヒットしたのだという。そして1978年にゾンビ第2作目となる「ゾンビ(現在はDAWN OF THE DEADと題されている)」を公開する。この時に残された人間がショッピングセンターに立て籠もる。そこに別の人間がやって来て、人間同士とゾンビの三つ巴の戦いになるという黄金パターンを確立したという。この映画は特撮レベルが上がったことで人間を切り刻む血みどろスプラッターになった上に、登場人物がゾンビに変貌することで人間ドラマをも含むものになり、大ヒットする。そして80年代にはゾンビ映画は倍増することになったという。

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近代ゾンビの父・ジョージ・A・ロメロ

 確かに私がゾンビというものを最初に知ったのはこの「ゾンビ」という映画で、この後に急激にゾンビがメジャー化したのは記憶している。またこの頃ぐらいから「エクソシスト」のヒットなどもあって、とにかくひたすら人間を切り刻む残酷映画であるところのスプラッターという分野が急激に増加して、社会的に悪影響を及ぼすのではと問題視されたことも覚えている(実際に映画のようなことをしたいとして殺人をした奴もいる)。

 

ドイツで起こったゾンビ裁判

 で、このスプラッターぶりが問題となって裁判論争が起こった例がドイツであるのだとか。映画「死霊のはらわた」に対し、地方裁判所がその残酷描写を問題視してビデオの回収命令を出したのだという。当時のドイツ刑法には「人間に対する残虐なあるいは非人道的な暴力行為、人間の尊厳を侵害するような描写は最長1年の懲役または罰金に処する」という条項があり、これを根拠にしたものだという。これに対してビデオ会社が地方裁判所の判断はドイツ憲法に違反すると連邦憲法裁判所に訴えたのだという。この時の訴えが「人間に適用する法律をゾンビに適用するのは拡大解釈である」というものだったという。この結果「ゾンビは人間か?」というのが論争になったのだとのこと。

 この裁判は1992年10月20日に判決が下った。結果は「ゾンビは人間に非ず」であった。ビデオ会社の主張が通ったのである。ただし11年後、ドイツ刑法が「人間に対する」とあったのが「人間または人間に似た存在に対する」に改正されたとのこと。

 

ゾンビ冬の時代を過ぎて2000年代に復活

 しかしその後「羊たちの沈黙」などからサイコホラーのブームが起こり、ゾンビは陳腐化してパロディが増加することになって停滞していく、それが90年代の落ち込みにつながっているという。

 それが2000年代になって反転攻勢に転じたのは思わぬところからだった。ゲーム「バイオハザード」の登場である。これがまさにゾンビの怖さを再現することになり、再びゾンビブームが復活することになる。そしてゲーム原作の映画が登場してハリウッドも刺激を受けることに。そして2010年にはとうとうテレビドラマ「ウォーキング・デッド」でゾンビが登場することになったという。そこには人間同士の争いのドラマや、愛する人がゾンビになった苦悩なども描かれているという。ちなみに番組では触れていないが、人々が次々とゾンビになっていく姿は、今日の伝染病パニックにも相通じする恐怖だろうと私は分析している。つまりは「人間が次々と倒れていくことで社会が崩壊する恐怖」と「このまま人類が絶滅してしまうのでは」という恐怖である。

 さらには時代が進むと、全力疾走するゾンビや泳ぐゾンビに日常生活を送るゾンビなどゾンビカルチャーが多様化して拡大していく。で、日本ではとうとうゾンビがアイドルになるという「ゾンビランドサガ」が登場。作者は萌えとかと違った熱血アイドル物語を描くためにゾンビという不条理な状況を持ち込んだ云々とか言ってますが、ここまで来ると私には全く興味がないのでどうでも良いです(笑)。

 

 以上、ゾンビの歴史でした。まあこの番組らしいと言えばらしいんですが、終わってみると「結局はゾンビランドサガの宣伝をしたかっただけなのでは」という印象を強く受け、もしかして近日中にこのアニメがNHKで放送されるのかなと思った次第。まあ私は全く興味ないので見ませんけど(笑)。

 まあ上でも言いましたが、ゾンビブームの盛衰は私はもろにリアルタイムで見ています。「ゾンビ」が話題になった頃にはスプラッタブーム全盛で私は閉口しましたね。挙げ句はSFの世界まで「エイリアン」のようなスプラッターが進出しましたので。私は別にスプラッターは怖くはないのですが、とにかく気持ちが悪いので不快で嫌いですね。なおサイコホラーは破綻した人間の怖さを見せるタイプの作品なので、私の物語方法論の全く逆手なのでこれも嫌いです(笑)。

 しかしこうして見てると「バイオハザード」って見事に70年代の初期ゾンビの今風焼き直しだというのがよく分かりますね。だからアイディア自身には全く新しさがなく、それを3Dゲームという人がより深く感情移入しやすいメディアに持ってきたのが最大のポイントだったというわけ。道理で「バイオハザード」の映画がつまらなかったはずだ(笑)。

 ちなみにゾンビの亜流でキョンシーってのもいるのですが、これは省いてましたね。キョンシーは明確に操っている術者がいるという点で最初期ゾンビに近いのと、人間を越えた馬鹿力などを持っている(場合によっては超能力を持っていたりする)という点でロメロのゾンビとはまた違った存在なのですが。もっともキョンシーの方は怖いと言うよりも、最初に登場した時から既にお笑い方向を目指していたようですが。

 

忙しい方のための今回の要点

・ゾンビが初めて登場したのは1932年に公開された映画「ホワイト・ゾンビ」で、ここでのゾンビは意志を持たずに人に操れるものである。これはハイチの伝説が元になっていた。
・現代の人を襲って襲われた人もゾンビになり、さらに頭を破壊しないと止まらないというタイプのゾンビは、ジョージ・A・ロメロ監督1968年の作品「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」で登場。不条理な恐怖などが人気となり、以降ゾンビブームとなる。
・ゾンビブームの最中ドイツでは「死霊のはらわた」の描写が人間に対しての残酷描写を禁ずる刑法に反するとして地方裁判所がビデオ会社に回収を命じたことをきっかけに、ゾンビが人か否かという憲法裁判が起こる。
・1992年に「ゾンビは人ではない」との判決が出てビデオ会社が勝利するが、その11年後に刑法の「人間に対する」の部分が「人間または人間に似た存在に対する」に変更されたとのこと。
・90年代にはマンネリ化などでゾンビブームは下火になるが、2000年代にゲーム「バイオハザード」が出たことでゾンビブームに再び火がつき、現在はゾンビがさらに多様化することで広がっている。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・とりあえず「ゾンビ」という言葉自体は少なくとも社会には定着しました。ゾンビ企業なんて言葉も普通に使われますし。ちなみに安倍内閣は既に「ゾンビ内閣」と呼ばれています。本来なら退陣していないとおかしい不祥事を連発しているのに、なぜかまだ続いてますから。で、ここはケンシロウに登場いただいて「お前はもう死んでいる」と一言欲しいところです。

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