教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

6/22 BSプレミアム プロジェクトX 挑戦者たち(リストア版)「炎を見ろ赤き城の伝説 首里城・執念の親子瓦」

 今回は首里城。2019年の火災で惜しくも全焼してしまったあの建物である。そもそも首里城は先の大戦の米軍の攻撃で焼けてしまい、その後に沖縄の誇りをかけて再建されたものである。その時の再建プロジェクトの話が今回。実は首里城については火災の翌年の2020年にヒストリアでも扱っており、その時の番組は途中からプロジェクトXの引用となり、私もその時の記事で過去のアーカイブを引用している。と言うわけで今回は再引用になる。

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復元された首里城(2012年撮影)

 

プロジェクトX「炎を見ろ赤き城の伝説~首里城・執念の親子瓦~」(2002.2.5)

 今回のテーマは、沖縄の首里城の復元。伝説の赤の復活に賭ける古文書の鬼、赤瓦に命を賭ける執念の瓦職人親子といった調子で、初っ端から親父族の琴線に訴えるキーワードの連発である。大体、サブタイトルからしてキーワードが二つも入っている。

 沖縄の誇りだった首里城。しかし昭和20年の沖縄戦の際の米軍の攻撃により、城は完全に焼失してしまう。

 翌年、一人の復員兵が帰ってくる。瓦職人・奥原崇実、彼はかつて父や兄と共に首里城の赤瓦の葺き替えに携わった男だった。彼はいつの日か再び首里城の赤瓦を焼くことを誓いながら、兄と自分の子供11人を養うためにひたすら瓦を焼き続ける。

 20年後、51才になった奥原は、昼夜を徹して毎日子供達のために瓦を焼き続けていた。彼が瓦焼きのの技を仕込んだのが三男の崇典。しかし崇典は絵描きになりたいと考え、そのことを父に打ち明ける。父は「お前の行きたい道を行け」と告げ、崇典は日本画家になる。

 また泣かせる父と子の物語の始まりである。いかにも職人の親父が胸を打つ。そしてこの父と子の物語が、今回のメインストーリーである。
 
 沖縄が本土に復帰した翌年、沖縄の文化財復元の責任者・源武雄が首里城の復元を呼びかける。その訴えに沖縄の老人達が立ち上がる。6000人を越える賛同者が集まり大きなうねりとなり、ついに国の予算もつく。奥原も「俺が首里城の赤瓦を焼く」と立ち上がる。しかし間もなく、彼は心臓発作で仕事場で倒れる。彼は一命を取り留めたものの、もう二度と瓦を焼くだけの体力はなかった。

 ここで「信じられないこと」が起こってしまう。あまりにもドラマチックな展開と言うべきか。ただこれが次の展開につながるのだが、ここまでの構成を見ていると、どういう展開になるのかは大体の予想はつくところである。なんせこの番組は「ドラマよりもドラマチック」であるから。

 

 昭和60年、首里城後の発掘が行われる。しかし首里城の復元は困難を極めた。あまりにも残された資料が少なすぎた。この困難な作業を委ねられたのが、古文書の鬼と呼ばれた高良倉吉だった。かつて沖縄の国費留学生として本土に留学した彼は、ろくに寝ずに猛勉強を続けた努力家だった。彼は片っ端から資料を調べ始め、やがて文化庁に首里城の修理の時の記録が残っていることを見つける。これで柱のサイズなどの建物の構造が明らかになる。しかし石垣などの高さが分からない。かつて首里城内の国民学校で教師をしていた真栄平房敬に声がかかる。彼は自分の記憶を頼りに石垣の寸法を明らかにする。

 ここでこの番組の定番「鬼」の登場である。それにしても彼の猛勉強ぶりについては「通学の電車の中でしか寝なかった」とか「一日に一冊、古文書や歴史書を読んだ」とか「風呂は週に一回だった」とか、いかにも親父族の胸を打ちそうなエピソードの連発である(最後のエピソードについては、ただ単に不潔だっただけのようにも思えるが)。
 
 しかしまだ問題が残っていた。首里城の色彩を示す資料が何も残っていなかった。高良のさらなる調査によって、18世紀の改修記録に行き当たる。そこには朱塗り、赤土塗りなどの情報が記載されていた。高良達はアジアに飛んで、紫禁城などを調査、首里城はいかなる赤を使用していたかの情報を収集する。

 赤を求めて三千里、彼らは色見本まで持ってアジア中を飛び回ったらしい(色見本といえば、コシヒカリのエピソードの時も登場しましたな)。各地で彼らは膨大な写真を撮りまくったようだが、一つだけ気になったのは、カラー写真にしてしまうと色調は変化してしまうのではないかということ。だから彼らの写真は、色調の調査よりも、むしろ装飾などの調査に使われたのではという気がするのだが。

 

 さらにもうひとつの問題があった。それは首里城の赤瓦だった。しかし沖縄中の瓦業者が「とても出来ない」と断る。そんな中、ただ一人手を挙げたのは、奥原の三男・崇典だった。父に瓦焼きの技術を仕込まれた彼は、自分には出来ると考え、父の望みをかなえたいと思っていた。しかし崇典の話を聞いた父・崇実は言う「首里城の赤瓦は生やさしいものではない、止めろ」。

 しかし崇典は退かなかった。彼は一億円を投じて瓦工場を新築する。高貴な赤瓦を思い浮かべて彼は死語に挑む。しかし三日後、窯の中からは出てきたのは、無惨にただれた黒い固まりだった。赤瓦を焼くには実に微妙な条件が必要だった。彼は失敗を重ね、そのたびに5000枚・50万円が無駄になった。

 当初の予想通り、赤瓦の仕事は三男の崇典が引き受けることになります。極めてお約束の展開というべきか(笑)。それにしても、彼は絵の方は一体どうなったんだろう? 

 

 高良達は首里城の赤に迫っていた。柱の朱や、壁のベンガラが定まっていく。ただ窓の格子の赤土だけがどうしても分からなかった。古文書に没頭する高良、ある日とうとう、久米島から赤土を献上したという資料を見つける。高良は久米島に飛ぶ。そしてやっと顔料に使える赤土を見つけだす。

 赤土を顔料にしていたというのは驚きである。顔料に出来るほどの土などは私も見たことがない。ところで久米島の名前に聞き覚えがあると思ったが、以前のウリミバエの回に出てきた、ウリミバエに占拠された島である。島の陶芸家が出てきたが、彼もミバエと戦いながら陶芸をしていたのだろうか?(笑)

 

 その頃、崇典の失敗は4万枚を越えていた。崇典は王達の墓に「瓦を焼く力を与えてくれ」と祈る。再び仕事場に向かう崇典、その時、仕事場に父の崇実が現れる「慌てるな、炎をよく見るんだ」崇実は崇典の後ろにどっかりと腰を下ろす。「父が自分を見ている」崇典の心が落ち着いた。彼は窯の炎を見つめる。

 翌朝、彼は祈りながら窯を開ける。そこには気品溢れる赤瓦があった。最高の赤瓦だった。父は大きく頷くと3年ぶりに仕事場に向かい、飾り瓦の製作を始める。

 そして瓦を葺く日、父は息子に言う「屋根に登るぞ」。5万5千枚の赤瓦が屋根を埋める。首里城が47年ぶりに姿を現した。人々の執念が結実した瞬間だった。

 「友情・努力・勝利」といったまるでどこかの雑誌のキャッチフレーズのような展開である。しかし心臓病で倒れた親父がここで登場するというのは驚き、しかもこの親父、とうとう屋根にまで登ったというのだから奇跡である。なお彼はその一ヶ月後に死去したというのだから、執念だけで生きていたというように思える。人間は精神力だけでも結構もたすことが可能なのかと感心した。

 ところでやはり気になったのは崇典の本職、彼は沖縄一の瓦職人になったということだが、絵の方はどうなったんだろう(笑)。ただ申し訳ないが、彼が父の魂を描いたという絵は、私の目には極めて平凡なものに見えた。やっぱり沖縄一の瓦職人の方が手堅いのではないだろうか。この番組に登場したときの肩書きも「瓦職人」だったし。

 

 以上、過去のアーカイブより。

 結局、この執念のプロジェクトで再建した首里城が焼失してしまったのである。沖縄の人々の失意はいかほどであろうか。もう一度再建と言うことになるだろうが、その時に気になるのは瓦職人の奥原崇典氏がまだ健在であるかと、彼の後継者が存在するのかということである。この番組放送時点で奥原崇典氏も古文書の鬼・高良倉吉氏も共にそう高齢という様子ではなかったから、まだ健在ではいるだろうとは思うが・・・と思って調べてみたら、何と奥原崇典氏が2014年に亡くなっていたという記事が出て来てしまった。この記事によると「県内で唯一、「桶巻き」と呼ばれる製法で瓦を手作りする職人」と記載されており、彼の技術が誰かに引き継がれているかがかなり懸念されるところである。

www.okinawatimes.co.jp

 と思っていたら2019年の火災の直後に沖縄県琉球赤瓦漆喰施工協同組合が首里城の赤瓦について「現在は再現不可能」とのコメントが出て来た。どうも最悪の状況のようである。再び新たな瓦の鬼は出てこないのか? なお高良倉吉の方は未だ健在の模様だが、既に御年74才とのことである。

www.okinawatimes.co.jp

 データとしては戦前や古代の資料を漁らないといけなかった前回の復元と違い、今回は資料は様々なものが残っているだろうとは思われるが、問題は赤瓦を初めとする技術の問題である。今回の番組には登場していない細かい装飾品などもやはり独自の技術などはあるだろうと思われる。その辺りが結局どうなるのか。非常に心配なところである。そうして考えると、昔のものを復元するというのはつくづく大変だということが良く分かる。そう言えば日本の城郭の復元なんかでも、漆喰の職人なんかがいないし、そもそも槍鉋を駆使して昔の工法で建築が出来る宮大工自体がかなり希少になっているとか。どうも効率優先の世の中になると、この手の伝統は滅んでしまいがちであるが、やはり文化こそ民族のアイデンティティーだと思うので、こういう伝統はもう少し大事にする必要があるのではないか。

 

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