教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

7/11 NHKスペシャル 2030 未来への分岐点5「AI戦争 果てなき恐怖」

旧来の軍事バランスを変えるAI兵器の登場

 生活の様々な分野にまで進出しつつあるAI技術。人類の生活を豊かにする可能性がある技術だが、最新のテクノロジーは常に軍事に投入されるのが愚かな人の性。実際にAI技術が軍事面に投入されることが新たな脅威を産み出しつつある。

 自律的に敵を発見して攻撃するAI兵器は、現在各国が開発にしのぎを削っている。各地の紛争地域で使用されているあの機関銃を開発したカラシニコフが、AIを搭載した自爆型のドローン兵器、通称カミカゼを発表した。扱いやすい上に価格は巡航ミサイルの1/100と見られている。全世界に戦争をばらまいたとも言えるAK-47に続いて、またも世界の紛争に悪影響を与える可能性が懸念されている。

 アゼルバイジャンはアルメニアとの紛争において8種類160基の自律型ドローンを投入した。これらは戦車や軍事トラックなどを自動で判別して450台以上を破壊したという。しかもAIは塹壕に潜んでいた兵士までも追跡して攻撃したという。自爆ドローンはスマホの電波をキャッチするとそれを感知し、標的を決めると追跡して自爆攻撃をするのだという。アルメニアの犠牲者は2700人にのぼったという。それまではロシアの後ろ盾で優勢であったアルメニアに対し、アゼルバイジャンはAI兵器の投入で巻き返したのだという。これは旧来の軍事バランスを変更する可能性も示している。

 

各国が開発を進める中で追いつかない規制

 アゼルバイジャンが投入したAI兵器を開発したのはトルコである。トルコの軍需産業の輸出額はこの10年で3倍に増加していると言う。今まで兵器業界では存在感のなかったトルコがAIの兵器への投入で一気に頭角を現し始めたのだという。

 当然ながら大国もAI兵器の開発を加速している。ロシア、中国、アメリカのいずれもが2030年頃にはAI兵器の本格的配備を目指している。アメリカではAI制御による戦闘機の開発が進んでおり、エースパイロットとの模擬戦闘では5戦全勝を納めたという。アメリカ軍は有人機とAI機の混成部隊の編成を目論んでいる。さらにAIがあらゆる軍事情報を分析して、瞬時に判断を下すシステムの開発も進められている。

 しかし目下のところAI兵器を規制する取り決めはまだ存在していない。そのことに懸念を感じている者も少なくない。AIを投入することで従来の戦争のルールが崩壊する危険を秘めている。

 

AIがリードするグレーゾーン戦争

 2013年にロシアの参謀総長のワレリー・ゲラシモフが打ち出した新たな戦略が世界に衝撃を与えた。ゲラシモフ・ドクトリンと呼ばれるその戦略は、未来の戦争は非軍事攻撃:武力攻撃が4:1になるというものであった。この非軍事的攻撃が実際に行われたとされているのが2016年のアメリカ大統領選挙である。クリントンを不利にする工作にロシアが関与したとされている。確かにその結果、アメリカ大統領は愚かなトランプになり、その間にアメリカの国際的信用と国力は大きく衰えることとなった。

 未来の戦争はサイバー空間を介してのものが大きな役割を果たすとされている。これはグレーゾーン戦争と言われており、ここで大きな役割を果たすのがAIである。人間をはるかに超えるハッキング能力でサイバー攻撃を実行することになる。実際にアメリカでは昨年12月に大規模なサイバー攻撃を受けており、それにAIが使用されたとされている。ロシア政府は関与を否定しているが、攻撃はロシアから行われたと見られている。第三次世界大戦が起こるとしたらサイバー攻撃から始まると言われている。

 また攻撃手段としてデマ情報の拡散が考えられる。AIを使用することでいわゆるフェイク動画が簡単に作成出来る。将来的にはAIが状況に応じたフェイク動画を瞬時に作成するようになり、そうなると最早何が真実か分からなくなるという。こうしてデマを拡散して社会を分断させることで相手国を混乱させるという戦術が考えられる。フェイク動画による社会の混乱とインフラに対するハッキングを併用すれば相手国を内部から崩壊させることも可能となる。またAIで国民を監視し、不都合な人物は暗殺するなどという手法まで存在し得る。

 

AIの規制への動き

 AI兵器の規制を求めて立ち上がった若者たちもいる。「STOP KILLER ROBOT」と名付けられたキャンペーンには多くの若者が参加している。彼らは戦争への敷居が下がることやAI兵器がテロリストに渡ることなどを恐れている。この運動では旧ソ連軍将校のスタニスラフ・ペトロフ氏の行動を大切な教訓としている。彼は東西冷戦時、核戦争の危機を止めた。1983年9月26日、ソ連のコンピュータがアメリカからの核攻撃を誤って検知し、直ちに報復攻撃を指示した。しかしペトロフ氏は自らの判断で攻撃を行わなかったのだという。彼は「ただ人としての判断をしただけ」と述べている。

 国連ではAI兵器を規制する議論が続けられているが、例によって開発を続ける国は規制に反対している。これまでのところ「攻撃の判断は必ず人間が行う」「国際人道法を遵守する」などが盛り込まれたルールには合意に達した。しかし法的拘束力を高めないと実効性が確保出来ないのはとされている。

 またグレーゾーン戦争への対応はまだなされていない。フェイク動画を簡単に精密に作る技術などは急激に進歩している。国連は技術を規制するのは難しいとして、ハッカーが独自に攻撃した場合にもその責任を国家に課すことを検討している。つまりは自国のハッカーは自国で責任持って対処しろというわけである。

 

 こういう話を見ていると、人類ってどこまで愚かなのだろうとか、人類は元々自滅の遺伝子を持っているのではなどと暗澹たる気持ちになる。しかしその一方で人類には叡智もあるということを信頼したい気持ちはある。

 とは言うものの、この状況下で利権を優先して国民にとって危険性の高いオリンピックを強行する日本政府などを見ていると、人類の叡智というのも果たしてどの程度のものかということにはやはり絶望的な気持ちになってしまうのである。

 AIに攻撃の判断をさせないというのをルールにするとしていたが、それは非常に重要なことである。AIが勝手に「人類を根絶するべき」という判断をしたら、それこそ昔から多くのSF作品で散々語られてきた「ロボット対人類」という最終戦争が発生しかねず、まさに人類の自滅である。しかしルールを作ったところで本当に守られるということをどう担保するかが難しいところである。また人間が判断すると言っても、その判断する人間が良識のかけらもない馬鹿だったらやはり同じことになる。とにかく難しすぎる問題である。

 

忙しい方のための今回の要点

・AI技術の兵器への導入が旧来の軍事バランスを不安定化することが懸念されている。
・アゼルバイジャンではAIを使用した自爆ドローンによって、ソ連が後ろ盾となっているアルメニア軍に対して甚大な被害を発生することに成功している。
・各国でAI兵器の開発が進んでおり、アメリカなどではAIの操縦する戦闘機と有人の戦闘機の混合編隊を組む構想が進められている。
・さらにAIを使用した非武力攻撃によるグレーゾーン戦争が未来の戦争の中心となるという分析がある。
・AIを使用すると本物特別が困難なフェイク動画を作成することが可能であり、これを使用して相手国の内部を攪乱し、それと合わせてAIを使用したハッキングで社会インフラを攻撃することによって相手国を崩壊させる戦術が考えられている。
・AIに対して規制をするべきとの声は上がっているが実効性のある規制は困難であるし、開発国が反対している。目下のところ「攻撃の判断はAIにさせない」などの基準が一応合意されている。
・またハッカーに対してはその責任を国家に負わせることも検討されている。


忙しくない方のためのどうでも良い点

・20世紀には技術の進歩がバラ色の未来につながるという思想がまだ生きてましたが、21世紀になると、技術の進歩が人類を滅亡に追い込むのではという危機が浮上してきてます。技術者の端くれとして科学性悪説には荷担すること気はありませんが、問題は科学を行使する側の人間にどうしようもない悪党や愚者がいるということであります。

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