教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

7/22 BSプレミアム ヒューマニエンス「"腸内細菌"人を飛躍させる生命体」

腸内細菌が運動能力を上げる

 腸内細菌の第2弾。今度は腸内細菌で人間の能力が飛躍するかもしれないという「ホンマかいな?」と思えるような話。

 まずは腸内細菌がアスリートのパフォーマンスを上げるのではという話。アスリートの腸内細菌を調べたところ、特定の腸内細菌が見つかったという話がある。ボストンマラソンでの調査では、好タイムを出したアスリートの腸内ではベイロネラ・アティピカという腸内細菌が多く見つかったという。この菌を無菌マウスの腸に移植して実験をしたところ、通常のマウスよりも13%も長く走ることが出来たという。この菌は乳酸を分解してプロピオン酸を合成する能力があり、このプロピオン酸は肝臓で再び糖に変換されるのだという。さらには腸内フローラがアスリートのプレッシャーなどを和らげるのではという推測もされているという。

 

難病治療に利用される腸内細菌

 さらには医療の世界でも注目されている。順天堂大学の石川大氏は人の便を用いた難病治療を研究している。その難病は潰瘍性大腸炎。大腸内に慢性的な炎症が発生する難病で、完治させる治療法はまだ見つかっていない。ただ患者の腸内細菌を調査したところ、健康なら多様な腸内細菌が見られるはずなのが、患者ではある特定の細菌がほとんど占めてバランスが崩壊していることが分かったのだという。そこで治療に用いるのが健康な人の便溶液。患者の腸内細菌を抗生物質でリセットしてから、この便溶液を内視鏡で大腸内に入れるのだという。現在臨床研究実施中で、患者190人に便溶液を移植したところ約7割に症状の改善が見られたという。顕著な効果が見られた患者の事例では、2週間後には腸内細菌の多様性が生まれ、2年後にもそれがほぼ保持されていたという(ただその細菌構成のグラフをよく見ると、2年後も多様性は保たれているものの、以前患者の腸内を占めていた特定の菌が、その比率を上げてきているようであることから、患者の腸内にその菌のみが繁殖する何らかの原因があるのではと私は感じたが)。なおこのような多様性が定着するかは、便溶液との相性があるという。経験的に最も相性が良いのは、年の近い兄弟のものというのが分かってきているという。となると遺伝と生活環境の両要素が効いていそうだ。

 

腸内細菌が脳にも影響を与える

 また腸内細菌が脳に影響するという研究も行われている。パーキンソン病やうつ病、アルツハイマー病などを腸内細菌で治療しようというのである。腸は神経細胞で脳と密接に結びついており、腸は脳の親という話も以前にあった。

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 実際に腸内細菌を持たないマウスは不安が強く、多動で攻撃性が高いという特徴が見られたという。このマウスの脳内を調べると脳神経の成長を促すBDNFが低下していることが分かった。このマウスにビフィズス菌を与えると、腸管からセロトニンが分泌され、それが脳とつなぐ神経を刺激することが分かったという。これでBDNFが正常値に戻ったという。つまりは適切な腸内環境を保つことが脳を健康に保つことになるという。まあ確かに腸の状態が悪いのにメンタルが好調になりそうなはずもないが、単にストレスとか以外の要素もあるという話である。

 

腸内細菌を食糧問題の解決に応用

 さらに食糧問題にも腸内細菌が注目されているという。今後急増する人口を養うための食料として有力視されている一つが魚の養殖だが、高密度で飼育するためにどうしても疫病の発生の問題が起きやすい。現在は抗生物質の添加が行われているが、これは環境破壊や安全性の点で問題視されている。これを魚の腸内細菌をコントロールすることで解決しようというのである。宮崎大学の田岡洋介氏によると魚の健康を保つには腸内細菌による免疫力が重要であり、そのための腸内細菌を調査したところ、乳酸菌の一種であるラクトコッカス・ラクティスが病原菌抑制効果を持つことが分かったという。この菌を魚の餌に加えることで、養殖場での大量死を防ごうというのである。

 また早稲田大学の矢澤一良氏は青魚の体内からEPAやDHAを作る腸内細菌を発見したという。この遺伝子を使用することで、青魚以外の食品にEPAやDHAを産出させるなどということも考えているという。

 

腸内細菌を保存するためのノアの方舟

 さらには人類の未来のために腸内細菌を保存するべきと訴える研究者もいる。サイエンスに掲載された論文で、現在の微生物を保存することが重要と訴えたのがアメリカのラトガース大学のマリア・グロリア・ドミンバス=ベリョ氏である。世界中が都市化することによって人類の腸内細菌の多様性が失われつつあるのだという。浄化された水道水や殺菌された加工食品のために腸内細菌の多様性がなくなっており、都市の住民と自然の中で暮らす人々の腸内細菌を比べると腸内細菌の種類は半分しかないと予測出来るという。ノルウェーでは種子を冷凍保存する施設があるが、腸内細菌にも同様の施設が必要なのではないかとしている。

 なお番組ゲストの研究者も京丹後の奥で自然の生活していた人は古代人と同様の腸内細菌を有していたのに、その孫の代になると腸内細菌の種類は大幅に減少していたという。どうも自然から切り離された人類はそういう点でも弱体化するようだ。織田裕二氏が花粉症のことを少し言っていたが、実際に花粉症などのアレルギーの増加は都市化とほぼ間違いなく密接に関連しており、それは腸内細菌環境と関連があるとの推測を容易になすことが出来る。

 

 何となく以前から漠と感じていた「健康を保つには地産地消の食品を取るのが一番」ということが、腸内細菌の観点からも「やっぱりな」という感じになってきたようである。さらには殺菌剤まみれの清潔は間違いなく健康に悪いとも思っていたが、どうやらそれもやはり正解だったようだ。都市化によるこういう「清潔化」が増すにつれて、確かに疫病の大流行という問題は阻止出来るようになったが、その一方でアレルギーなどの免疫系の暴走が増加したことも、腸内細菌がおかしくなってそれが免疫系に影響していると考えればスッキリと説明が付く。

 となってくると、やっぱり真に健康を保つには毒まみれの清潔ではなく、適度に細菌達と折り合いをつけた生活が重要ということになる。結局はすべてに対して感じられる「自然界と調和した生活」ってのが自然の一部である人間にとっては重要という結論にならざるを得ないんだな。さすがに近年はかつての「人間は科学技術によって自然をすべて支配出来る」という奢りは減ってきたが、未だにその一部は残っているから。

 ただこれって、現実にはバランスが非常に難しい。例えばコロナ蔓延のこの中で「自然と調和するべきだから一切の殺菌をやめてコロナの蔓延を放置するべき」とやったら、甚大な犠牲者を出すことになる。そりゃ確かに人類という種全体を長期的に見れば、それで人類が絶滅するということはなく、いずれは人類とコロナも調和するだろうが、ではその過程で例えばあなたやあなたの家族が犠牲になっても良いですか?って話である。いくら現代文明が行きすぎていても、それを捨てて太古に戻れってのも無理がある。何をもって「過度」と判断するかは難しい。

 

忙しい方のための今回の要点

・腸内細菌が人間の能力向上に結びついているという報告もある。
・例えばマラソンで好成績を収めたアスリートの腸内からはベイロネラ・アティピカという菌が発見され、この菌は疲労物質である乳酸をプロピオン酸に変換するのだという。そのプロピオン酸は肝臓で再び糖に変換されてエネルギー源に出来るのだという。
・さらには難病の潰瘍性大腸炎の患者は腸内細菌のパターンが崩れることから、その腸内に健康な人の便溶液を移植することで腸内細菌のバランスを回復して症状を改善させる臨床研究もなされている。
・また腸内細菌が分泌する物質が脳の発達にも影響を与えることから、腸内細菌によってうつ病やアルツハイマー病の治療を行う研究もなされている。
・さらに魚の腸内にある免疫力を高める腸内細菌を餌に加えることで、抗生物質などを使用せずに養殖魚の疫病を防止する研究も進められている。
・なお現代は都市化によって人類の腸内細菌の種類が減少して言っており、これらを採取して保存する必要があると訴える研究者も存在する。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・人間を強化すると言えば一昔前はサイボーグとかのイメージがありましたが、これからはいきなり腸内細菌のカプセルを飲み込んだ途端に、ムクムクムクっと強靱化するなんて話になるんだろうか。「よし、敵を追跡するぞ!ベイロネラ・アティピカ補充!」って。

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