教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

8/12 BSプレミアム ヒューマニエンス「"筋肉"感応する奇跡のシステム」

筋肉が精神に関係する

 筋肉と言えば我々の身体を動かすための器官であるが、実はそんな単純な機能にとどまらない能力を有しているようであることが近年になって分かってきた。

 まずは筋肉が精神に影響を及ぼすらしいという研究。筋肉を動かすことで、実は様々な物質が筋肉から放出されるという。これらはマイオカインと呼ばれるホルモンで、30種類以上が発見されており、大腸ガンを抑制するSPARC、肥満や糖尿病を予防するIL-6、脂肪を燃焼するIrisinなどが存在するが、BDNFがうつ病との関係が指摘されているという。BDNFは元々脳で作られ、神経細胞の成長を促す働きがあるという。これが筋肉でも作られているのだという。

 実際にマウスでの実験が行われている。マウスを自由に動き回ることが出来る籠と、仕切りがあって自由に動けない籠に入れたものを比較したところ、自由に動けない籠に入れたマウスはうつ病の傾向が現れ、新しく生まれる脳神経細胞が30%減少しているという結果が出たのだという・・・のだが、これについては単純に動けないということがストレスとなって、それが鬱につながったのではないかと私は思うのであるが。そこのところが説明不足。

 

高度な連携動作を可能とする筋肉のシステム

 また筋肉は奇跡とも言える精妙なシステムを持っている。人間は多くの筋肉を連動させて実に複雑な動作を行っている。これらの筋肉を私たちは意識することがないが、実際にロボットで再現しようとするとかなり困難であるという。これらの動作を各筋肉は脊髄を介して互いにやりとりをしてコントロールしている。これは筋肉同士のコミュニケーションに鍵があるというのだ。それは筋肉の筋繊維の奥にある筋紡錘の中の錘内筋繊維というのが筋肉の伸縮を感知するセンサーなのだという。これらの情報が脊髄に伝わってそれによって反射的に連動するのであるという。だからアスリートなどは訓練によって、高度な動作も無意識で行えるようになるのである。

 とのことだが、以前の「自由な意志」の回では、これらの無意識な動作というのは、前頭葉以外の脳幹部などが担当して前頭葉の負荷を下げていると言っていたのだが、今回は筋肉自身が脊髄反射で行っていると言っており、どっちが正しいのかが良く分からん。

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 まあ何にせよ、細かい動作をいちいち脳が意識して行っていたら、他のことを何も考えられなくなるのは間違いないが。ちなみに私の場合、タイピング動作などはかなり自動化されており、カナ漢字変換入力については文章を頭に浮かべるとほぼ自動で行われるが、これが英文字になったら途端にタイピングが意識下に浮上する羽目になる。

 

筋肉通信で動きを伝える研究

 さらに筋肉の動きを伝えるという技術を研究している研究者を紹介。東京大学の稲見昌彦教授はトップアスリートの筋肉の動きを記録し、それを他人の筋肉に伝えるという筋肉間通信の研究を行っているという。これで実際にテコンドー選手の蹴りの際の筋肉の働きをモーターで筋肉に伝え、どこの筋肉が働いているかを伝えるという実験を行っている。実際に体験した柔道の野村忠宏氏によると、動き自体はビデオを見た方が分かりやすいが、実際に細かくどういう筋肉を使っているかが良く分かるとのこと。また筋肉の活動をモニターして、それを増幅するという装置を織田裕二氏が体験しているが、これはちょっと手を動かそうとしただけで手が大きく動くという代物らしい。稲見氏によると、トップアスリートの最高潮の時の記録を取っておき、スランプになった時にその時の動きをとりもどすなんてことが出来るのではと言っている。しかし私が野村氏の筋肉の動きをトレースしようとしても、筋肉の方がついて行けずにぶち切れてしまうのがオチだと思うが。

 

進化する筋肉と退化する筋肉

 最後は進化の過程で筋肉がどう変わったか。動物の筋肉には速筋と遅筋の2種があり、環境に合わせてそれらを選択している。人類の場合はふくらはぎの筋肉の発達が特徴的なのだという。人間は2足歩行であるにもかかわらず、理論的に考えられるよりも随分と足が細いのだという。腓腹筋という筋肉に注目するとこの筋肉は速筋だが、筋繊維が斜めになっていて多くの筋繊維が配置できており、それが大きな力を持つ理由となっているという。またヒラメ筋は遅筋が90%を占めており、この組み合わせで獲物を長時間追う持久力と、仕留める際のパワーを両立できるようになったと考えられるという。

 その一方で咀嚼に関する筋肉は退化しているという。これを支える側頭筋はチンパンジーでは頭頂付近まであるのに対し、人では側頭にとどまっているという。この変化は240万年前に遺伝子に突然変異が起こったことで発生したという。そしてこの筋肉の退化は人類にとって脳を巨大化させるのに好都合であったというのである。

 

 以上、最近ブームの筋肉について。筋肉は裏切らないが、実は人間が筋肉を裏切っているのではってのが面白かった。人間は筋肉をなるべく使わなくても良い方向に技術を進化させてきたが、実はそのことが人間にとって良くないのではとの話。確かにもっともなことではあるが、運動をほとんど両手の手首から先しか行っていない私には耳が痛い。

 今回はテーマがテーマだけに登場した専門家が年齢の割にはやけにガッシリした人だなと思っていたら、実は昔ボディビルダーだったってのは驚いた。さすがにあそこまで鍛えると30年以上経っていると言っても片鱗はあるものである(もっとも引退後に運動を完全にやめたわけではないだろう)。もう一人のゲストは柔道界のレジェンド・野村忠宏だったが、彼は筋トレの類いはほとんどせずにひたすら柔道でのみ鍛えたというのは印象的であった。だから単純な筋力では決して強くない(握力は40キロ程度と言っていた)のだが、それらを連携させる技術に非常に長けていたとの話。これに対してボディビルダーは全身の筋肉をバランス良く鍛えるのが目的と言っていたから、格闘家の使う筋肉とボディビルダーの見せる筋肉はこれも質が違うのだろう。

 番組の一番最後に大谷翔平の話が少し出たが、筋肉の性能から行けば身体が大きくなるほど動きが緩慢になるのが常識だという(身体の重量は大きさの3乗で増すのに、筋力は断面積の2乗でしか増さないので)。それを考えると巨漢の大谷翔平が盗塁まで出来るほど俊敏に動けるというのはほとんど漫画みたいな無茶な話だという。確かに筋肉の作り自体が違うのではという気がする。というわけで大谷翔平はリアルアストロ球団でしたというお話で今回は終了である。

 

忙しい方のための今回の要点

・人間の筋肉はマイオカインと呼ばれる様々なホルモンを生産しており、その中のBDNFは神経細胞の成長促進効果があることから、うつ病に影響するとされている。
・また筋肉は筋繊維奥の筋紡錘内に錘内筋繊維というセンサーを有しており、このセンサーからの情報が脊髄に送られることで、多くの筋肉が調和した高度な動きを自動的に行えるようになっているという。
・現在、筋肉の動きを記録したり、それを他人に伝える筋肉通信を研究している研究者がいる。これを使えばアスリートが最盛期の動きを記録して、されをスランプ時に確認するなんてことが可能になるのではという。
・人間は進化の過程で足のふくらはぎの筋肉を発達させた。その一方で咀嚼の筋肉は退化しており、そのおかげで脳が巨大化することが出来た。
大谷翔平はリアルアストロ球団である(笑)。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・やっぱり大谷翔平は化け物でしたって話に尽きるな。確かにいかにもパワーのある巨漢大リーガーって明らかに動作はゆったりしてるからな。それに対して盗塁王と言えば大体小兵と決まっている。
・で、運動するとうつが防止できるとの話だが、実際にその逆がコロナ禍のお籠もりで多発しているとか。そう言えば私もコロナ禍で毎週週末にお籠もりを余儀なくされたことで、気分も鬱々し始めた。最近などは「転生して無双になって美少女に囲まれてウハウハ出来るなら、こんな現世はいつでも終えても良い」と考えるようになってきた(笑)。

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