教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

10/25 BSプレミアム 英雄たちの選択「暴れん坊公家 平安朝を救う~藤原隆家 刀伊の入寇事件~」

権勢から外されたさがなもの藤原隆家

 平安時代に起こった異民族の侵攻事件に対応した公家の物語。

 藤原隆家は979年に関白であった藤原道隆の子として生まれる。道隆は道長の兄で父の後を継いで摂政関白となり中関白と呼ばれた。道隆は娘の定子を一条天皇の中宮として入内させており、中関白家の権威は絶頂を極めていた。長男の伊周は21才で内大臣、隆家も17才で権中納言に任じられていた。隆家は「世の中のさがなもの」と呼ばれていたという。さがなものとは乱暴者などの意味があるという。実際に隆家の従者が乱闘沙汰などを結構起こしていたという。

 しかし隆家が権中納言になった4日後に父の道隆が亡くなる。代わって権力を握ったのは弟の道長で、伊周を飛び越えて右大臣に就任して藤原一族のトップである氏長者となった。この時に隆家は、七条大路で道長の従者に自らの従者をけしかけて大立ち回りを演じさせ、さがなものぶりを発揮している。

 そして翌年、伊周が隆家に「花山院が私の恋人の元に通っている」(実は誤解で、花山院の目的は伊周の恋人の妹だったらしい)と相談をもちかけたことから、隆家は従者を屋敷にけしかけて花山院の警護役を殺害して首を持ち去るという事件を起こす。従来なら単なる従者同士の乱闘として済まされたところを道長は皇族に対する不敬事件として言い立て、さらに天皇の母である東三条院を呪詛したなどの三つの罪で伊周と隆家を左遷、伊周は太宰府へ隆家は出雲に送られる。

 

 

道長に完全に敗北して自ら太宰府に赴任する

 翌年、これ以上二人を都から遠ざけていたら祟りなどを呼びかねないと恐れた道長によって二人は大赦で戻ってくるが、既に権力を固めた道長に抵抗する術はなかった。翌年、道長は娘の彰子を入内させて強引に中宮とする。それでも一条天皇の心は定子にあったが、その定子が皇女を出産した時に24才で亡くなってしまう。そして彰子に子が産まれ、道長の後ろ盾で次の天皇はほぼ決まる。これで中関白家の復権の目はほとんどなくなったことに絶望した伊周は、2年後にこの世を去る。

 伊周死去の翌年に三条天皇が即位する。道長は三条天皇にも娘を中宮にして権力基盤は万全、それに対して隆家は官位は中納言に留まり、その上に眼病を患って公務にも支障が出ていた。八方塞がりの隆家は、大納言で道長に対しても筋を通す気骨のある人物である藤原実資に相談を持ち掛ける。実資は太宰府へ赴任してそこで執務しながら、最新の技術を持つ医師の治療を受けることを勧めた。1015年に隆家は太宰府の長官として赴任し、彼の従士達も太宰府に移動して役人となる。隆家は公正な政治で諸豪族達を心服させたという。そして眼病も快方に向かう。

 

 

突如の異民族の襲来に対応、果敢な戦闘でこれを撃退する

 しかし1019年に驚天動地の事件が起こる。対馬に50隻の船団が襲来して3000人もの異民族に老人達は殺され、成人男女は拉致される。続いて壱岐では、迎撃に向かった壱岐守藤原理忠以下島民148人が殺害され、239人が拉致されるという甚大な犠牲がでる。生き残りはわずか39人だったという。襲撃してきたのは騎馬民族である契丹に圧迫されて海賊化した刀伊(女真族)だった。隆家の元に急報が届いた時には、刀伊は筑前に上陸して略奪を始めていた。

 ここで隆家の選択である。自ら討って出て水際で殲滅するか、太宰府に籠城するかである。博多には警固所という防衛基地があり、主船司という100隻の船を抱える海軍基地もあったという。しかし打って出て壊滅するようなことがあれば太宰府陥落の危険さえある。それよりは大野城と基肄城、さらに当時はまだ健在の水城の防衛戦で戦った方が手堅い戦法であるとは言える。ここでゲストの意見は真っ二つに分かれたが、やはり被害を防止するには討って出る方が有効である。隆家の選択も自ら討って出るであった。

 隆家は中関白家の傭兵隊長である平致行、藤原純友を追討した武者の孫の大蔵種材、藤原実資の荘園管理に当たっていた太宰府役人の藤原蔵規ら「府のやんごとなき武者」達を動員する。そして1019年4月9日に両軍は警固所で激突、馬を持ってきていない刀伊に対して日本側は騎馬戦を挑んで優勢に立ち、また大きな音を出す鏑矢に敵は動揺して一旦島に引き揚げて体制の立て直しを図る。翌4月10日は猛烈な北風で刀伊軍は2日渡って島に釘付けになる。その間に隆家は次の上陸地を船越津と読んで地元の武者を配置して迎撃の準備を整えると共に、兵船38艘を調達する。4月12日、刀伊軍は読み通りに船越津に上陸、激戦が繰り広げられるが、形勢不利で逃走を図ろうとする刀伊軍に対して、平致行率いる30余隻が追撃をかける。翌13日には70キロ西の肥前松浦に上陸試みるが、在地の武者によって撃退される。こうして刀伊の入寇は隆家と在地の武者の力で撃退されることになる。

 

 

しかしその功は中央からは全く評価されないままに終わる

 刀伊襲来の報は都にも報告されるが、中央では全く危機感がなかったという。どころか隆家が今回の顛末を報告して今回の戦いでの勲功者についても報告したが、道長の息のかかった公卿連中は「恩賞を取り決めた時には戦いは終わっていたから恩賞は不要」と言い出す始末だったという。これには藤原実資が「勲功があれば恩賞を与えるのは当然、でないと今後奮戦するものはいなくなる」と主張する。結果として、大蔵種材を戦死した藤原理忠の後任として壱岐守に藤原蔵規を対馬守に任じると、二人だけに恩賞を与える決定が下される。

 なお逃走した刀伊軍は高麗海軍に補足されて殲滅、高麗が日本からの拉致被害者270人余りを救出して送還のために日本に使者を送るが、高麗の使者をスパイと考えた朝廷は土産を持たせて早々に帰国させるという失礼極まりない対応をしようとする。結局はこれも隆家が自腹で金300両を贈ったという。なお翌年に隆家は都に戻るが、自ら恩賞を要求することはなく、官職も中納言から上には上がらなかったという。ただし隆家の名は九州で英雄として語り継がれることになったという。

 

 

 以上、異色の公家である藤原隆家について。結局は日本の防衛に大きな働きをしたにもかかわらず、中央からは何の評価もされず、本人もそれについての恩賞等は全く期待しなかったという奇妙な展開である。隆家にしたらどうせ中央はもう既に道長の権力で固められており、自分が少々出世しても対抗出来るどころか、下手したら暗殺でもされかねないと考えたのかも知れない。また兄の伊周が生きていた内は、兄を権力の頂点にという気持ちがあったが、自身がその位置に立つつもりはなかった可能性がある。

 それにしても番組では言っていたが、公家を単に和歌と恋だけが仕事の軟弱な連中と思い込んでいたら、隆家の軍事における異常な有能さが理解出来なくなる。実際には公家は軟弱な者だけでなく、最初は武芸なども修練していて何かの時は軍勢を自ら率いて戦っていたということである。この後に武士が台頭することで、戦闘は専門家である武士に委託して、公家は武芸から離れていくことになるので、隆家は武芸に通じていた公家の最後の世代なのかも知れない。

 なお今回は隆家の立場から、謂わば仇として描かれている藤原道長であるが、以前にこの番組でも道長は扱われており、道長の立場から見た権力獲得の経緯が紹介されている。それによると伊周達については、道長が仕掛けるというよりも勝手にバカやって自滅したというようなことになっており、それ以降は完全に道長のアウトオブ眼中である。

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忙しい方のための今回の要点

・藤原隆家は関白藤原道隆の子として17才で権中納言に任じられるが、かなりの乱暴者で従者が乱闘などをしょっちゅう起こしていたという。
・しかし道隆が亡くなったことで、道隆の弟の道長が隆家の兄の伊周を飛び越して権力を奪取することになる。
・伊周の意を受けて道隆がけしかけた従者達が、花山院の従者を殺害した件などが道長によって皇族に対する不敬と問題視されたことで、伊周と道長は左遷される。翌年に都に戻された時には道長の権力は完全に確立しており、失意の中で伊周が亡くなってしまう。
・もはや道長に対抗する術もない上に、眼病を患って公務に支障が出るようになった隆家は、藤原実資のアドバイスによって眼病治療も兼ねて太宰府への赴任を要望する。
・太宰府に従士を引き連れて赴任した隆家は公正な政治で豪族達を心服させると共に、最新の技術を持つ医師の治療で眼病も平癒する。
・そんな時に異民族である刀伊が対馬や壱岐に襲来して、多くの民を殺害したり拉致するという事件が発生する。
・これに対して隆家は自身の側近や在地の武者達を率いて、刀伊を水際で殲滅するべく討って出る。
・結局は彼らの活躍と隆家の作戦で刀伊の軍勢は逃走する。しかし隆家の活躍は中央ではほとんど評価されることがなく、翌年に隆家が都に戻っても自ら恩賞を要求することはなく、官位も中納言から上がらないままに終わる。
・しかし隆家の活躍は九州の武士たちの間で英雄譚として語り継がれることになる。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・武士が台頭し始める時代の初期で、公家が武芸も行っていた最後の時代の物語のようです。それにしても目立つのは今日の中央の連中の浮き世離れ度だな。やっぱり都にいたら地方のことなどどうでも良くなるのか。まあ今の日本の国会にいる連中も似たようなものだが。

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