教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

8/22 BSプレミアム 偉人達の健康診断「戦艦大和 男たちの"健康"」

乗員の健康にも配慮した最強戦艦

 世界最強の不沈戦艦として建造された戦艦大和。しかし大和を設計した松本喜太郞は戦力以外の点でも考慮していた点がある。それは乗員にとって出来るだけ快適な船とするということだった。

 それまでの戦艦の居住環境は最悪だった。戦艦は戦闘を第一に設計された船であるので居住性は全く考慮されておらず、乗員は狭いスペースにハンモックを吊ってそこで眠っていた。しかも常時ボイラーを焚いている上に南方などに出撃するわけだから、艦内は灼熱地獄、あまりの暑さに睡眠もままならないという状態だった。戦艦大和ではこれらの問題を解決して乗員が常にベストの状態で戦えるようにと設計されていた。

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大和ミュージアムにある戦艦大和1/10模型

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同じく艦橋部

 

健康保持のための様々な設備

 艦内には多様な設備が施された。個室の清潔な洋式便座のあるトイレ、さらに手術も可能な医療室などが装備された。そして画期的だったのはその当時まだ一般にはあまり見られなかった冷房を施したこと。元々戦艦では弾薬庫の火災防止のために弾薬庫には冷房がされていたが、その冷房能力を高めて艦内の大部分に冷房をすることにしたのである。これによって艦内は大体27度ぐらい保たれるようになったという。また寝台もハンモックでなくて折りたたみ式の3段ベッドにした。平らな寝台にすることによって寝返りが打ちやすくなり、これは安眠を促すことにつながる。

 そして海水風呂。通常の戦艦では入浴は1週間に1度だったが、大和では水道設備を強化して3日に1度程度海水風呂に入浴できるようにした。この海水風呂も健康効果があるとする。海水風呂は日本に多数あるナトリウム塩化物泉と同じで、体を温める温泉効果がある・・・とのことなのだが、そもそも日本に多数あるナトリウム塩化物泉自体が大半は、化石海水だったり海水が地中に染みこんで温められたものなので、海水に成分が近いのは当たり前である。海岸沿いにあるナトリウム塩化物泉などは、ほぼ地中に染みこんだ海水と考えて間違いがない。なお家庭でこの効果を出すには重曹を入れるのが良いとしている。塩を入れたら風呂釜が錆びてしまうからだろう。実際の温泉でも重曹泉というのも結構あり、厳密に言うとナトリウム塩化物泉とは薬効は若干違う。正直なところ、重曹を入れるのならバスクリンなどの入浴剤を入れれば良いと思う(重曹も入っている)。まあNHKとしては「バスクリンを入れてください」とは言えないのは分かるが

乗員の食事にも配慮

 また大和は乗員の食事にも気を使っていた。同型艦の武蔵と共に南方のトラック島に出撃したものの出番がなく(おかげで大和ホテル、武蔵旅館と呼ばれたという)訓練を繰り返すだけの大和乗員にとって、楽しみは食事だけであったという。実際に大和の食事は栄養バランス等を考慮した十二分のものであり、総カロリーは3000キロカロリーもあったそうな。この食事を取って厳しい訓練に明け暮れる兵たちは、見る見る筋肉隆々になっていったらしい。また今日の海上自衛隊にもつながる伝統としては、週に1度はカレーがメニューになったとのこと。これは長い航海で失いがちになる曜日感覚を取り戻すためのものだという。また近年の研究ではカレーに含まれるターメリック(ウコン)に含まれるクルクミンが脳へのアミロイドβの蓄積を防いでアルツハイマー病を予防するとか、加熱したクルクミンは胃がんを防止するなどという報告もあると言う。またイチローの朝カレーが有名であるが、発汗作用や中枢刺激作用のあるカレーは、まさに「戦闘食」としては最適であるという。なお大和には酒類も多数積み込まれていたし、ラムネの製造設備まであったという。いわゆる息抜きも用意していたわけである。

 なお今日の海上自衛隊に引き継がれているものの一つに海軍体操もあるとのこと。この体操は反動を付けて手足を大きく動かすのが特徴で、筋力増強効果があるという。今でも毎日この体操をしているという95歳の元大和信号兵だった方の体のキレには驚かされた。

 

戦局の悪化で乗員を襲った病

 しかしそのような快適な大和も、戦局の悪化と共に状況が変わってくる。対艦隊戦では最強の船として設計された大和であったが、時代は航空戦力中心の時代に移っていた。大和は戦闘での活躍はほとんどないまま、むしろ潜水艦などの標的にされることが多くなった。その結果、しょっちゅう戦闘配置になることになると共に、乗員に虫垂炎が急増したという。虫垂炎の原因にはストレスというのもあり、戦闘配置になると空調は止められるし(火災時の延焼防止などのため)、戦闘食はおにぎり2個になる。つまりは居住環境が一気に劣悪になるのである。また浸水に備えてハッチが閉められるために、狭い無音の空間に乗員は閉じ込められることになる。これは人間にとってはかなりストレスである。無響室で人間がどれだけ耐えられるかという実験を行ったところ、最長で45分との実験結果もあるとのこと。無音状態の中では心音や呼吸音など自身の音が聞こえ始めるのだという。

 さらにレイテ沖海戦では大和は敵航空機の攻撃にさらされることとなった。この時に軍医は敵にやられたのではない奇妙な怪我をおった乗員が多かったことを覚えている。それは敵航空機を防ぐために上空に発射した機銃の破片が艦上に落ちてきて乗員を直撃したものだった。高速の破片は乗員の胸から背中まで貫通したという。このような破片は大和の手術室でも除去は不可能だったという。またけが人が多く出るためにトリアージが必要だったとのこと。ただし通常のトリアージは助かる可能性のあるけが人の中で重傷者から治療するが、戦場においては戦線復帰を優先して軽傷者から治療するとのこと。つまりは治療すれば助かる重傷者を見殺しにするのである。

 日本海軍はこの戦いで武蔵を失い、さらに大和も翌年の4月に沖縄特攻作戦で鹿児島沖に沈没する。3063名の乗員と共に。


 建造時から既に大艦巨砲主義という考え方が時代遅れになっていた上に、悪化していく戦局の中ではいかに乗員の健康に配慮していようと、どうしようもなかったということである。なお最近でも大和の物語は4/8のにっぽん歴史鑑定、3/13のヒストリアで取り上げているが、にっぽん歴史鑑定では大和の機能の面にヒストリアでは大和の建造プロジェクトに光を当てていた。それに対してこの番組では大和乗員の健康面といういかにもこの番組らしい独自の視点に注目しているのは興味深いところ。

tv.ksagi.work

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 なおどこの軍隊でも最後は兵の戦意や質などが勝負を決することになっていきます。日本軍は愚かな精神主義にすがって、兵の命を消耗品として扱いだした辺りから敗北が決定したと言えます。アメリカ軍などを見ていたら分かりますが、兵站なくして戦争なしです。日本はこの兵站が破綻した点で終わっていたと言うこと。というか、そもそも最初から兵站の維持が不可能なレベルの戦場を設定した時点で無謀だったということになります。

 


忙しい方のための今回の要点

・大和は乗員がベストの状態で戦闘できるように居住環境にも配慮して設計してあった。
・当時としては一般的でなかった冷房を完備し、ハンモックではなくてベッドを装備するなどしたおかげで乗員は良質な睡眠を取ることが出来た。
・また海水風呂には温泉同様の健康効果が期待できる。
・大和は食事面でも栄養バランスやカロリーを考慮したメニューを用意していた。また週に1回提供されたカレーは、曜日感覚を回復すると共に、漢方薬でもある香辛料の健康効果が期待できた。
・しかし戦局の悪化と共に、乗員にストレスからの虫垂炎が多発するようになる。また対空戦闘では上空から降り注ぐ高射砲の弾丸の破片によるけが人が多発した。

 

忙しくない方のためのどうでもよい点

・結局は役に立たなかった大戦艦大和。この大和を作ってなかったらなんてこともよく言われますが、もし大和を建造せずに空母を多数建造していたところで、結局はアメリカとの国力の差でジリ貧になったのは同じでしょう。せいぜい破綻がもう少し先になった程度で。もっともそれでもっと戦争が長引いていたら、使用された原爆が2発で終わっていなかった可能性があります。どう戦ったところで、あの最終兵器が登場した時点でこの戦争はチェックメイトだったとも言えます(日本では開発は不可能でしたし)。