教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

6/2 BSプレミアム 英雄たちの選択 「闘う"復興請負人"二宮金次郎」

農村建て直しのスペシャリスト・二宮金次郎の生涯

 今回の主人公は、真面目に勉強することの重要さを訴える人物としてかつては必ず小学校に銅像が立っていて、しかもその銅像が夜中に走り回るという伝説のあった二宮金次郎である。なお二宮金次郎については、かつてヒストリアでもにっぽん!歴史鑑定でも扱っており、実のところ今回の内容はそれらとほぼ重なる。

tv.ksagi.work

tv.ksagi.work

 二宮金次郎は小田原藩の富裕な農家の生まれだったが、その生活は5歳の時に暗転する。水害によって全ての田んぼが失われてしまったのである。そして父も母も極貧の中で亡くなってしまい、金次郎はそこから必死で家を建て直すために奮闘する。

 金次郎は実際にここから、最初は落ちている苗を拾って育てるというレベルだったのが、そこから稼いだ金を人に貸して利息を取ったり、いわゆる投機で資本を増やしたりと、単にコツコツやっただけでなく商才に長けていたという。確かに母の死から8年で田畑を取り戻したとのことだから、単にコツコツとやっただけでは到底不可能である。

 

家老の家の財政を立て直したことから藩主に認められて再建事業を託される

 家を再建した金次郎は小田原藩家老の服部十郎兵衛の元に奉公に出る。そこで金次郎はその才覚を見込まれて十郎兵衛から家計の再建を依頼される。服部家の収入は俸禄米1296俵だが、藩財政が苦しいために403俵にまで減らされていたという。そのために借金が増え続けて年収に匹敵する184両にまでなっていたという。金次郎は必要経費を算出して返済計画を立てる。その結果、3年ほどで借金を返済できるという計画だったのだが、この計画を託された服部家の用人が金に疎かったせいで逆に借金は増え、結局は金次郎が家計管理を一任される。金次郎は様々な出費を切り詰め、さらには借金の利息圧縮のために藩と掛け合って低金利の貸付制度を制定してもらい、借金を借り換えることで返済の目処をつける。

 そのような金次郎に目をつけた藩主から下野国桜町領の建て直しが依頼される。こうして金次郎は農村復興請負人としてキャリアを重ね始めることになる。

 金次郎の詳細を物語ると共に、当時の武士の経済感覚がいかにも駄目かと言うことを示しているのだが、磯田氏によると「武士はそもそも収入に合わせて支出を調整するということを知らない」という。つまりは「今までこれにはこのぐらいの費用を使っていたから」とか、家の格式が云々というつまらない因習に囚われて出費していくので、収入が減りでもしたら借金が増えるのは当然であったという。金次郎が優れていたのは経済的な計算能力で、出費がいくらぐらい必要でそうするためにはというように具体的な数字を伴ったプランを次々と提案することが出来たという。つまりは単なるコツコツ努力の人ではなく、優れた財務アドバイザーとしての能力を持っていたのである。

 

桜町領の再建に取り組み、小田原藩の窮状も救うが役人と対立する

 そして桜町領に出向いた金次郎であるが、目にしたのは惨憺たる光景だった。桜町領では相次ぐ天災などで田畑は荒れ、人口も減少していた。石高も最盛期の1/3まで落ち込んでいる状況で何より、住民が完全にやる気をなくしてしまっていて、昼間から酒を飲む農民などまでいた。金次郎はまず農民の心の再建から始めることにする。真面目に働いた者は表彰し、米や金、さらに農機具などを与えた。さらに荒れ地を復旧するために土木工事の専門家を呼び寄せてインフラ整備を行い、外部からも移住者を受け付ける。しかし金次郎に復興を委ねたはずの役人が介入する。不作時に年貢の低減をしようとした金次郎に役人が反対したのである。その対立はのっぴきならなくなり、金次郎は辞任しようとするところにまで至る。しかし村人達が領主に金次郎の事業継続を強く願い、対立した役人が交代となる。金次郎の取り組みで10年で年貢の量は倍となり、人口も増加に転じる。金次郎の元には諸藩から弟子入りする者も出ていた。

 その金次郎に藩主から呼び出しがかかる。天保の大飢饉で危機に瀕した小田原藩を救うように命じられたのである。江戸の藩邸で藩からの援助を取り付けた金次郎は小田原に出向くが、国元にはその知らせが届いておらず役人は蔵を開こうとしない。このままでは飢え死にが出てしまうと、動かない役人に業を煮やした金次郎は城に乗り込んで役人を一喝して無理矢理に蔵を開かせて米1000俵を出させる。これらの対処で4万を超える人々を助け、全国で餓死者が出る中で小田原藩では一人の餓死者も出さなかった。そして小田原の農村の復興に取り組む。しかし行政を自らに一任するように求める金次郎に対して藩はそれを拒否。またも抵抗にあうことになる。そして後ろ盾だった藩主が亡くなると金次郎は藩内で孤立することになる。

 

幕臣となって再建のマニュアルを残す

 この時に金次郎に老中・水野忠邦から呼び出しがかかる。これは金次郎が幕臣になることであった。ここで金次郎の選択なのだが、幕臣になるか、地道に活動を続けるかである。幕臣になると幕府の役人の頑固さは藩の比ではなく、金次郎の改革が頓挫する可能性が高い。番組ゲストは血道に活動を続けるの選択の方が多かったが、金次郎は実際にはあえて幕臣となる。

 幕臣となった金次郎は印旛沼掘り割り工事の策定を依頼される。金次郎は印旛沼から江戸湾に及ぶ水路の計画案を提出するが、それは同時に周辺の水利計画まで含んだ20年に渡る長期計画だった。幕府は結局この案を不採用とする。その後も金次郎の計画案は採用されることなく、金次郎は飼い殺しの状態にされてしまう。金次郎は開発に従事出来るように上申書を提出、日光神領の復活を命じられることになる。この時の開発はどこにでも適用出来る雛形とするように命じられる。金次郎は弟子達といわゆる開発マニュアルを2年がかりで作成して提出する。しかし実際に復興を進めようとする過程で倒れてこの世を去ることになる。

 結局は役人の壁が厚すぎて、金次郎の寿命の方が先に来てしまったと言うことのようである。ただ金次郎の渾身のマニュアルはこの後も使用されることになったという。

 

 金次郎は優れた経済感覚を持ち、住民の側に立った改革者であったということである。昨今は改革を口先だけで唱える輩が多いが、そういう輩は往々にして住民側を弾圧することしか考えていなかったりする偽者であるが、金次郎は本当の意味での改革者であったようである。しかしだからこそ幕藩体制の中では金次郎は異端者であり、危険分子でもあった。だからその手腕を評価しつつも、飼い殺しにするしかなかったのだろう。金次郎の業績を見ていると、結局のところ行き着く先は「武士が中心の社会制度が悪い」という結論にならざるを得ないからである。

 とにかく二宮金次郎とは単にコツコツとやっているだけの人ではなく、大胆であり剛腕でもあったというお話。随分と金次郎のイメージも変わるところである。しかし二宮金次郎が今になって注目されるのは、それだけ今の日本の政府がひどすぎることの反映でもあるのであるが。金次郎が今の日本を見たら「民衆の命よりも運動会を優先するとは愚かの極み」と首相官邸に乗り込むところだろう。

 

忙しい方のための今回の要点

・水害で田畑を失って極貧の中で両親も亡くした二宮金次郎は、自らの手で10年で家を再建する。
・それは単にコツコツと働いただけでなく、投機などで利益を上げたりなどの優れた経済感覚によるものであった。
・小田原藩家老の服部十郎兵衛に家計の再建を託された金次郎は、必要経費を明確にして無駄な支出を削ることで服部家の家計の建て直しを行う。
・その手腕が藩主にまで伝わった金次郎は、下野桜町領の再建を託される。
・天災で荒廃して人心も荒んだ桜町領で、金次郎は真面目に働く者を表彰して金や米や農機具を与えるなどを行うことで、人々の勤労意欲を上げる。さらにインフラ整備も実施、移民を受け入れることで人口も増加させる。
・しかし役人と衝突、金次郎は辞職も考えるが、農民達が金次郎を強く支持したことによって留任、役人の方が交代することになる。
・その後、天保の大飢饉で困窮する小田原藩の再建を藩主より依頼させる。金次郎は強引に藩の蔵を開けさせて1000俵の米を供出、これによって小田原藩では一人の餓死者も出さずに済むが、その後、後ろ盾の藩主が亡くなったことで、藩内で金次郎は孤立することになる。
・そんな金次郎に老中・水野忠邦から呼び出しがかかり、金次郎は幕臣となる。印旛沼の水路整備の計画など多くの計画を立案するが、幕府の役人の厚い壁の前に計画は採用されず、金次郎は飼い殺しに近くなる。
・あくまで開発に携わりたいことを主張する金次郎に対し、日光神領の再建が命じられる。金次郎は弟子と共に、各地の再建の雛形となり得るマニュアルを作成するが、実際の作業に取り組むところで倒れ、この世を去る。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・まあ役人の壁は簡単なことでは動かないというお話です。これは江戸時代だけでなく、今の日本も変わりません。役人というのはとにかく何も変えないで不都合が生じた時には誰の責任にもなりませんが、何かを変えて不都合が生じると変えた者の責任になるので、とにかく「現状維持」というベクトルがかかりやすくなります。もっともこれはお役人に最も端的に現れているだけであり、日本の全ての組織に言えることですが。

次回の英雄たちの選択

tv.ksagi.work

前回の英雄たちの選択

tv.ksagi.work