タンパク質を自由に合成する技術
我々の身体は10万種以上のタンパク質で出来ているというが、そのタンパク質を自在に合成する研究が以前からなされている。そのタンパク質人工合成の最前線を紹介する。
愛媛大学の澤崎達也教授は2万8千種類のタンパク質の合成に成功した。人の主要なタンパク質のほぼすべてを網羅したことになる。このタンパク質は薬の副作用の研究に使用されている。薬はタンパク質に対して鍵と鍵穴の関係で作用するが、これが意図しないタンパク質と反応してしまえば思わぬ副作用となってしまう。実際にサリドマイドなどは胎児の手足の成長を妨げるという予期せぬ副作用があった。
サリドマイドは血液のがんに対する有効な薬として注目されている。サリドマイドの副作用のメカニズムは、セレブロンという体内の掃除屋タンパク質に結合し、その形態を変えてしまうことで必要なタンパク質と結合してしまって、不要と処分するようになってしまったためだという。この時にどのタンパク質がセレブロンと結合してしまうのかを調査した。その結果、PLZFというタンパク質が浮上した。実際にこのPLZFのない状態でニワトリの成長を見たところ、手足の成長が抑えられてしまうことが判明したという。副作用のメカニズムが判明したことから、これでサリドマイドの副作用を阻止することが考えられている。
タンパク質合成のブレークスルー
タンパク質の人工合成が進んだ切っ掛けはヒトゲノムの完全解析だった。しかしどの遺伝子からどのようなタンパク質が合成されるかは不明だった。遺伝子を大腸菌に取り込んでタンパク質を合成させるという手法はあったが、この場合、大腸菌に対して有毒な遺伝子の場合は分解されてしまうので、3割程度のタンパク質しか合成が出来なかったという。
これを改良したのが澤崎教授の師である遠藤弥重太教授。彼は小麦の胚芽の中のタンパク質合成装置であるリボソームを使用する方法を開発したのだという。ただし胚芽から取り出したリボソームは15分ほどで失活するので、その対策に苦しんだという。結局行き着いた方法は胚芽を水中で洗うという方法だったという。小麦粉の中にリボソームの活性を止めるトリチンというタンパク質が入っていたことが分かったという。トリチンは細胞がウイルスに乗っ取られることを防ぐための物質だが、それが水洗いで取り除くことが出来たのだとか。これでリボソームが10日ぐらい働くようになったという。
人工合成タンパク質の活用
タンパク質の合成は人間のものだけでなく、動物のものもなされている。実際に蚊のタンパク質を使用したにおいセンサーでガンを検知するという研究もなされている。蚊の嗅細胞は汗に含まれるオクテノールを感知するようになっているのだが、肝臓ガンの患者が汗だけでなく息にもオクテノールが増えてくることに注目して、蚊のタンパク質をセンサーとして呼気からオクテノールを検出することで肝臓ガンを初期の段階で発見出来るのではとのことである。
世界には900億ぐらいのタンパク質があるのではとのことなので、まだまだ未知の機能を秘めたタンパク質があるはずだと、澤崎氏がかなり熱く語っていた。ただ気をつけないと、中には史上最悪の毒物なんてのも存在すると思われるので、それには注意して欲しいところ。
忙しい方のための今回の要点
・人体は10万種以上のタンパク質で合成されている。愛媛大学の澤崎達也教授は人体の主なタンパク質である2万8千種の人工合成に成功した。
・澤崎教授はそれを用いて、サリドマイドの副作用のメカニズムなどを解明、サリドマイドの副作用を防止する研究などがなされている。
・人工タンパク質合成のブレークスルーは澤崎教授の師である遠藤弥重太教授が小麦胚芽のリボソームでタンパク質を合成させることに成功したからだという。
・さらに動物のタンパク質の合成なども様々進められている。その中には蚊の嗅覚細胞のタンパク質をセンサーとして使用して、肝臓ガン患者の呼気に含まれるオクテノールを検出するというものが存在する。
忙しくない方のためのどうでもよい点
・なんかこういうのを見ていると、その内に「人体丸ごと合成」とかい言い出す奴が出てくるんじゃなんて気がするんですよね。ゲノムが解析出来て、タンパク質が自由に合成出来るようになったら、原理的には可能になるような気がしますから。
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