教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

7/1 BSプレミアム ダークサイドミステリー「大江戸ニセモノ捜査網 世界よこれが日本の裏スゴ技だ!」

 今回のテーマはニセモノ。と言えば今や中国の専売特許のような気もするが、どうしてどうして日本もかつてはニセモノ大国だった。そしてその歴史は古く、既に江戸時代から世界に進出したニセモノもあり。かなりヤバいニセモノから、笑えるニセモノまで日本の江戸時代のニセモノを紹介。

 

大英博物館にまで収蔵された人魚のミイラ

 まずは日本から外国に輸出され、大英博物館にも収蔵されているというのが人魚のミイラ。当然ながら作り物であり、猿の上半身に鮭を組み合わせたものであるという。しかしなかなか精巧に出来ているせいで、見た目では作り物であることはなかなか分からないという。当時のジャポニズムもあってか世界中で話題になったらしい。

 実は人魚のミイラは現在も国内で10体ほども現存しているらしい。人魚は昔からその肉を食べると不老不死になるなどと信じられており、疫病除けとしても重宝されていたとか。江戸時代には見世物小屋で人気で、見るだけで不老長寿にあやかれると触れ込んでいたのだとか。このブームで人魚のミイラは量産されることになったとか。そしてこの噂が長崎に来ている外国人に伝わり、ペリーもその精巧さに舌を巻いたことを記しているという。

 で、この製法を今に伝える人物がいるとか(こりゃ驚いた)。剥製職人の内田昇氏は明治初期から工房で修行を積んでおり、当時の製法を受け継いでいるとか。その製法はまずはサルと鮭の皮を醤油に明礬を入れた溶液に1ヶ月つけ込む。この皮をなめすと半永久的に腐らなくなるのだという。そして皮の中に漂白した骨や詰め物を入れて合体させる。この時に最大のポイントになるのがつなぎ目の処理。これがうまくいっていないと段差が出来てバレてしまう。ここで登場する素材が和紙だという。和紙をちぎって重ね張りしていくことで段差がなくなる。これに着色すればつなぎ目はもう分からず、ヒビなどが入ることも塞げるのだとか。実に人魚のミイラは伝統工芸的に製造されていたのである。

 さらに人魚のミイラはアメリカのエンターテインメント業界にまで影響を与えたという。稀代の興行師といわれたP.T.バーナムは人魚のミイラを入手すると、それにフィジー人魚と名をつけ、高名なるグリフィン博士がフィジー近海で捕獲したというもっともらしいエピソードを創作して見世物興行を開催して大ヒットをしたのだという。ニセモノを最古のエンターティーメントにしたのである。

 

藩が作った偽金

 さらに江戸時代のニセモノエピソードは続く。まず登場するのは天保通貨のニセモノ。実はこのような偽金は諸藩で作られていたようだが、その中で図抜けて完成度が高かったのが薩摩藩によるニセモノである。実は薩摩藩がそれだけのニセモノを作れたのには理由がある。琉球を支配下に治めていた薩摩藩は琉球で流通させる通貨である琉球通宝の製造許可を幕府から得て、大規模な貨幣の鋳造所を製造、さらには幕府の鋳造所のスタッフも引き抜いたという。この琉球通宝のデザインが天保通宝そっくりであり、わずかに加工すれば天保通宝のできあがりということである。そもそも本来のスタッフを引き抜いているわけだから完成度も高く、薩摩はこれを資金源にして倒幕を行ったというわけ。

偽銘酒のレシピも

 次はニセ酒造り。いわゆる全国には白雪、剣菱、政宗など今日にも続く銘酒が存在するが、生薬や香辛料などを加えてそれらに似せたニセ酒を作るレシピが残っているという。また当時の文書には「江戸の酒は石灰を加えた毒酒ばかりだから気をつけるように」と記したものが見つかってるという。それは古い酒は酸っぱくなってしまうが、それを誤魔化すために石灰を加えるなんてことが平気で行われていたとか。完全に腹を壊すことは間違いないが、「江戸の腹になってしまえば大丈夫」とのことで、昔から江戸の庶民は毒まみれの食い物には慣れていたようだ。

需要の多かった偽雪舟

 また雪舟のニセモノなんてのも多く流通したとか。そもそも狩野派などでは古典を模写するという修行を徹底的にするので、その狩野派の画家による模写が雪舟作品として流通することになったとか。この頃は新興の家などでは格式を示すのに雪舟の絵を持つというのはステイタスの一つだったので、需要はかなりあったとか。一種の見栄なので真贋は二の次だったという。実際にこの頃の贋作は今でも美術館とかで結構見つかるし、今でも怪しい作品も多い。ちなみに鑑識眼なんて持ち合わせていないド素人の私でも、今まで「これは違うだろう」と感じた作品はいくつもある。私の場合、筆の勢いが云々とか落款が云々なんてことは分からないが、一流の作品からはオーラを感じるのである。もっとも真筆でもオーラを感じない作品はあるから、正直あまりあてにならなかったりもするが(笑)。

 

地域史を大混乱させた椿井文書

 最後は日本の各地の地域史を大混乱させた椿井文書。江戸時代に大量生産されたニセの文書でその数はなんと1000点以上もあるという。中には神社などの由来書きやら地域の謂われに纏わるものなど、奈良時代から江戸時代まで多数の文書が偽造されているという。

 これらを制作したのは自称国学者の椿井政隆。彼は例えば利権争いなどで揉めている地域に出向いては、その一方にとって有利な古文書を創作していたという。しかし彼の偽造が分かりにくいのはその巧妙さのため。まず筆跡を何通りににも変えるということ。そのために架空の花押も何種も製作していたという。さらに写しを重ねるという手法も用いている。それは「この文書は○○年に○○によって記されたものを写したものである」という類いの断りを入れるのだという。すると写しであるから紙が少々新しくても疑われないし、元の文書が曖昧になって裏を取れなくなる。さらに複数の文書を一つの件に付き多数制作するのだという。それらの文書が互いに補完し合うので完璧な事実に見えるという仕掛け。だから関連資料が続々出てくることで、今日の歴史研究家でさえダマされてしまうのだとか。

 椿井がこのような偽書を製作した目的としては、金銭というのもありそうだが、それよりも自分が思い描いた架空の歴史を実現するということに取り憑かれていたのではというのが、今日椿井文書について研究している研究者の言。あり得る話である。もしかしたら椿井が今日存在すれば、一級のラノベ作家になっていたかもしれない。

 

 と言うわけで「転生した国学者が売れっ子ラノベ作家になっていた件」でした・・・って違うって。まあビジネスたるもの必ず需要のあるところに生まれるということで、椿井文書然り、偽雪舟然りである。人魚のミイラに至っては伝統工芸の域に達していたようである。それにしても醤油と明礬でミイラが作れるとは思いもしなかった。明礬で殺菌すると共に、醤油で水分を追い出すこと及び鄙びた雰囲気を演出するんだろう。またすえた臭いまで付くだろうから見事なものである。そう言えば魚の干物を「魚のミイラ」と表現したのを見たことあったっけ。

 それにしても薩摩って散々悪逆非道なことをしてるな(笑)。琉球に対する過酷な収奪は有名な話で、今でも沖縄には薩摩に対する恨み辛みは山ほどあり、沖縄の歴史博物館に行けばその辺りの資料はごまんとあります。とにかく琉球史における三大侵略は、薩摩による侵略、明治政府による強引な琉球廃止、そしてアメリカによる支配ですから。本土では結構人気のある島津四兄弟の四男の家久なんて、琉球から見たら鬼か悪魔かという外道ですから。

 

忙しい方のための今回の要点

・江戸時代、人魚のミイラの見世物が人気を博したことから、人魚のミイラが量産された。サルの上半身に鮭を組み合わせて作られたという。
・それはかなり精巧に作られていたことから、ペリーもその技術には舌を巻いている。また海外にも輸出され、大英博物館に収蔵されたり、アメリカではバーナムが見世物にして巨額の利益を上げた。
・江戸時代のニセモノといえば、各藩が作った偽天保通宝。薩摩製に至っては、琉球通宝を隠れ蓑にして巨大な鋳造所に幕府の鋳造所から引き抜いたスタッフを起用したことから、本物と区別の付かない出来となり、これは倒幕資金にも使用された。
・また全国の銘酒のニセ酒を作るレシピや偽の雪舟の絵画なども見つかっている。
・さらに1000点を超すという椿井文書なる偽歴史書がある。これは国学者の椿井政隆が紛争当事者の一方を有利にするために作成した偽由来書などで、実に巧妙に製作されているために現代の歴史学者などでもダマされることがあると言う。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・椿井文書は「ここのところの資料が欲しい」という痛いところに手が届く文書を用意するのが特徴だったとか。これをやられると専門家でもダマされます。今でもニセモノ史では必ず登場するピルトダウン人なんて例もあります。日本でも比較的最近に「ゴッドハンド事件」のせいで、日本の古代史が大幅に書き換わってしまう例までありましたね。

次回のダークサイドミステリー

tv.ksagi.work

前回のダークサイドミステリー

tv.ksagi.work