教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

1/5 BSプレミアム 英雄たちの選択 「北条義時・チーム鎌倉の逆襲」

大河ドラマ関連企画

 今回のテーマは北条義時。今度の大河ドラマの主人公とのことでその絡みである。またこの人物は実際にはそれほど強力なカリスマを持っていた風でもないのであるが、どうやって権力を獲得することになったのか。なお大河ドラマ関連と言うことで、最近になってあちこちの番組で取り上げられているので、今回の内容はそれらとほとんど差はない。

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頼朝に信頼されて取り立てられる

 北条義時は時政の次男であり、そのために養子に出されて江間の姓を名乗っていた。しかしこの義時が頼朝に信頼され、側近として重用されることになる。そうして見事に平家を打倒した頼朝であるが、それから間もなく頼朝は落馬で呆気なくなくなってしまう。

 頼朝の次に将軍になったのが息子の頼家だが、彼は積極的に政治を仕切ろうとしたことで御家人と軋轢が生じる。そこで頼家を制するために宿老13人が合議制で政務を仕切ることになる。これが今度の大河の「鎌倉殿の13人」である。これらの13人は有力御家人や京からきた有能な者、さらには義時や時政などの北条家の者が含まれていた。

 

 

父と対立してついには追放する

 しかし間もなく彼らの間で権力争いが起こることになる。まず梶原景時がクーデターを起こそうとして一族ごと滅ぼされる。さらに時政は頼家の側室が子を産んだことで自分の地位が危うくなると、側室の父である比企氏を謀殺する。頼家もその後、将軍の座を追われ何者かに暗殺される(時政がやったに間違いないと思うが)。こうして頼朝の死からわずか5年で宿老達は次々と粛正され、結果として時政が台頭して権力を掌握することになる。

 実朝を擁立してその後ろ盾となった時政は事実上の独裁者となる。そして時政が畠山重忠が謀反の企てがあると滅ぼした時、義時はこれを時政のでっち上げだと考えて時政と対立することになる。さらに時政は実朝を廃して自分の娘婿を新将軍に擁立することを画策するに及び、義時は姉の政子や重臣の大江広元、三浦義村の応援を得て時政を追放する。義時は一族の繁栄よりも幕府の安泰を優先したのである。義時は合議制で政務を進めることにしたという。

 

 

後鳥羽上皇が幕府を狙ってくる

 鎌倉幕府にとって問題は実朝に子供がいなかったことである。そこで後鳥羽上皇の親王を次の将軍にすることで密約を結ぶ。これで鎌倉幕府も安泰と考えたのだが、実朝が暗殺されると後鳥羽上皇は親王を鎌倉に送ることに難色を示し、逆に摂津の地頭の解任を要求するという義時達に対して踏み絵を示したのである。後鳥羽上皇は以前より鎌倉の軍事力を支配下に置く野望をもっており、その動きを明確化し始めたのである。

 後鳥羽上皇の要求を呑めば幕府に対する御家人の信頼が揺らぐことになる。義時は拒否の意を伝える。これに対して後鳥羽上皇は激怒し、ついには後鳥羽上皇が義時追討の命を出して承久の乱が始まることになる。三浦義村は自身の元に送られた院宣を義時に提出、上皇からの使者が捕らえられて院宣が押さえられる。

 

 

こちらから討って出て勝利を収める

 大江広元はこれは義時個人を追討するものでなく、幕府そのものを壊滅させる策略だと断言し、鎌倉が一丸となることを訴える。そこで政子が御家人達に頼朝の恩を訴える演説を行い御家人達の心を掴む。

 ここで義時の選択は、戦術として鎌倉で上皇軍を迎え撃つか、京にこちらから進軍するかである。番組ゲストは京に進軍するというのが多数派だが、北条義時もこれを選択することになる。御家人達は鎌倉迎撃策が多かったが、大江広元が士気が低下していくことを警戒して即時出撃を訴えたという。結局は義時はこの策に従うことになる。

 そして東国武士が京に進軍、最終的に19万騎に膨れあがる。これに対して上皇軍の動きは鈍く、圧倒的な兵力に敗北、後鳥羽上皇は京を追われ隠岐の島に流されることになる。これで鎌倉幕府の権威が西国にまで及ぶことになる。こうして武家の世が始まることとなる。


 後鳥羽上皇にしたらまさか鎌倉幕府が自分に楯突くと考えていなかったのではと言っていたが、確かにそういうところがあったのかもしれない。後鳥羽上皇は個人としてかなり能力の高い人だったらしいだけに、自身の能力に権威の力を過信したのではとのこと。出来る人間が陥りやすい失敗である。それとやはり致命的だったのは、所詮は後鳥羽上皇は下々の武士の心を理解できなかったということだろう。結局は末端の人間を動かすには、明確な利を示さないと権威だけで服従させるのは無理があるわけである。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・頼朝に信頼されて側近として重用された義時は、頼朝の死後に合議制で政務を司る13人の宿老の一人に選ばれる。
・しかし宿老内で権力争いの戦いが始まり、その過程で義時の父の時政が台頭することになる。頼家を廃して実朝を将軍とした時政はその後見として独裁者になる。
・だが義時は時政が畠山重忠に謀反の罪を着せて殺したのに反発、ついに時政が実朝を廃して自分の娘婿を将軍に建てようとする及んで、政子や重臣の協力を得て時政を追放する。
・義時は合議制で政務を行うことにする。しかし実朝の死の後、後鳥羽上皇が鎌倉幕府に対して圧力をかけてきて、ついには義時追討の命を下すに及んで上皇と対立することになる。
・政子が頼朝の恩を御家人に訴えて御家人達は結束、彼らはそのまま京へと進軍、幕府の軍勢は途中でさらに膨れあがり、京から後鳥羽上皇を追放、幕府が全国を掌握することとなる。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・北条義時って、やっぱり強烈なカリスマは感じられないんですよね。どちらかと言えば調整型のリーダーのようです。やり手は親父の時政の方ですが、彼はやり過ぎて結局は追放されることになる。鎌倉幕府って御家人に担がれた政権なんで、結局は独裁的なことをやり過ぎると破綻するようです。

前回の英雄たちの選択

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