教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

8/16 BSプレミアム ヒューマニエンス「"遺伝子"その多様性はガラクタから」

ガラクタが鍵を握る遺伝子

 今回のヒューマニエンスのテーマは遺伝子。今まで何かの度に登場はしているが、これをメインに取り上げたことはなかったようである。この遺伝子、生命の元になる情報の集まりとされている。近年になってヒトゲノムがほぼ解読されたが、その結果はほとんどの部分がタンパク質合成に関与しないガラクタだという衝撃の事実が判明したという。しかしそのガラクタこそが人類の進化の鍵を握っているのではというのが今回の主題。

 まず一般的には遺伝子とDNAは同じと思われているが、実は遺伝子とはタンパク質を合成するための情報であり、DNAはそれを構成している物質であると言う。つまり遺伝子はDNAの中でタンパク質を合成する情報を持つ極一部であるということになる。細胞1個の中のDNAの長さは2メートルもあり、核の中に丸まって入っているらしい。

 番組では実際にDNAを取り出してその姿を見せているが、基本的には4種の塩基からなる物質であり、二重螺旋構造をなしている。この二重螺旋をほどいて複製が作られるのだという。DNAはRNAにくらべて壊れにくい上に、2本の鎖はバックアップのようにもなるから、情報の保存に都合が良いのだという。ちなみに染色体とは細胞分裂の時にDNAを分配しやすいように凝縮させたものだとか。

 

 

遺伝の多様性を生み出す「ガラクタ」の働き

 DNAは遺伝情報を守るのであるが、単にそのまま伝えるのではなく変化をも与える。まず受精で多様性を産むことになる。両親の染色体ペアの1つずつ受け継がれるので、染色体が23対で、組み合わせは2の23乗×2の23乗になるので、パターンが全く同じになるのは63兆分の1ということになる。つまりDNAは遺伝情報を伝えるだけでなく、そこに多様性を加えることも重要なのである。なお厳密に言うと、単純に染色体の1本ずつを渡すのでなく、その時に2本の染色体が混ざり合って新たなパターンを生じることもあるので、実は63兆では済まないらしい。さらにはDNA複製の際にエラーが生じることがある。これが突然変異である。これも親から子へ100個ほど存在するという。

 そしてこの多様性は実はガラクタのおかげだという。ヒトがヒトであるためには10万種類のタンパク質が必要だという。しかしヒトゲノムを解析したところ、30億の文字数の中でタンパク質合成に関わる部分はたったの2%に過ぎず、その他はタンパク質合成に関与しないガラクタだったことが判明した。しかも見つかった遺伝子は2万ほどでこれは線虫などの単純な生き物と差がなかったという。この2万という数字は先ほどの10万種のタンパク質の数よりも少ない。この2万の遺伝子で10万のタンパク質を合成するのにガラクタが関わっているという。1つの遺伝子の中にガラクタであるイントロンが存在し、それがタンパク質合成情報を持つエクソンの間に挟み込まれていることが分かってきた。この遺伝子がタンパク質を合成する時には、まるごと遺伝子が複製された後にイントロンが切り捨てられるのだが、その際にはイントロンに挟まれてエクソンも一緒に切り捨てられることで同じ遺伝子から異なるタンパク質を合成することが可能になったのだという。線虫での観察で1つの遺伝子から複数のタンパク質が合成されることも確認されている。このことから最近はDNAの28%のイントロンも含めて遺伝子と言われるようになっているとのこと。なお他のガラクタの役割は、かつては役に立っていたが今は使われていないとか、大事な遺伝子を守っているとかいろいろ考えられるがそこはまだ不明のようだ。

 

 

意図的に遺伝子を不安定にして進化した人類

 なお遺伝子には大小があるが、大きな遺伝子ほど組み替えなどが起こって不安定であると言う。そしてこの大きな遺伝子の半数は脳で働いている。脳に関係する遺伝子はイントロンが長いのだという。だから脳の発達にはイントロンの長さが影響しているのではと推測できる。遺伝子が変わりやすいことで新たな発展があったのではという。

 ヒトとチンパンジーの遺伝子を比較した時、脳内にヒト特有のエクソンが実に多いという。ヒトは進化の過程で様々なエクソンを使用するようになり、それが進化につながったのではという。またチンパンジーの染色体にはStSatというガラクタの固まりが多くあるが、ヒトではこれがないとのこと。StSatは回りの組み替えを起こりにくくする働きがあるので、ヒトは積極的に変化を促すようになったことになる。ヒトは不必要な能力を退化させていく(例えば腕力などはチンパンジーより弱い)ことで進化したのではという。

 

 

 以上、人間の進化の歴史には遺伝子の変化の可能性を上げることが関与していたという話。確かに突然変異などについては、それが個体の生存について致命的なまでに不利な場合もあったろうが、そのような個体は自然に淘汰され、たまたま変異が生存に有利になった個体は子孫を残すことで種として進化を重ねていったという説明は説得力がある。そのためにDNAには安定性と同時に不安定性も求められたという絶妙なバランスが存在することになる。あまりに不安定だと生命として存在することが不可能だし(実際に放射線などでDNAが著しく破壊されたら新陳代謝さえ不可能になって死亡することになる)、あまりに安定しているとコピーのような子孫ばかりになり、環境の変化などに対応できずに絶滅することになるということである。

 番組ゲストが「変人がメンバーにいた方が独創的なアイディアが出る」という類いの事を言っていたが、これは真理。実際は会議がまとまりにくくて大変ではあるが、画期的なアイディアはそういう場の方が出てくる。上ばかり見ているイエスマンばかりの日本の経営会議が進歩に対応できずに、日本企業が次々とダメになっていったのはまさにこれである(日本型組織はとかく変人は事前に排除するシステムが強い)。

 組織に限らず、個人に還元したら「変化を恐れるな、柔軟に対応せよ」という話にもつながると思う。もっとも口では言っても現実にはしんどいが。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・遺伝子とはDNAの中のタンパク質合成の情報が記載されている一部を指す。
・ヒトゲノムの解析の結果、DNAの98%はタンパク質合成に直接関与していないガラクタであった。
・しかしそのガラクタの一部はタンパク質合成に関わるエクソンの間に挿入されるイントロンであり、これらは遺伝子を適宜切断することで1つの遺伝子から多様なタンパク質を合成する働きがあることが分かってきた。
・さらに遺伝子は大きいほど組み替えなどが起こりやすくなるが、脳に纏わる遺伝子は大きいことが分かっており、これが脳の進化に影響していると考えられる。
・ヒトとチンパンジーを比較した時、ヒトの方が遺伝子の組み換えが起こりやすくなっており、これが進化に影響していると推測できる。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・遺伝子は確実に時代に伝える必要があるが、そこで変化の可能性を含めると。つまりは多様性こそが人類にとって重要であるという生物学の方面からの証明ですね。今はとかく多様性を敵視する輩もいますが。

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