薬剤耐性菌を退治するウイルス
抗生物質が効かない薬剤耐性菌が問題となっているが、その薬剤耐性菌への切り札としてバクテリオファージを使った医療が注目されている。
バクテリオファージは細菌を食べるウイルスである。これを上手く使って薬剤耐性菌を撃退しようということだという。ファージは細菌にとりついて増殖し、それが出てくる時に細菌を殺すことになる。
日本では犬で、海外では人で効果を確認された
日本でファージセラピーが最初に行われたのは動物用の治療である。薬剤耐性の緑膿菌に感染した犬を救うために酪農学園大学の岩野英知教授は、全国の汚水から集めたファージから薬剤耐性菌に適合したファージを見つけ出して治療に利用したという。なお細菌が変異するのに備えて、わずかに変異した4種類のファージのファージカクテルを用いたという。なお治療の経過を見つつ、さらにファージの構成を変えるということを行ったとのことである。なおファージ耐性菌は生じやすいが、その過程で抗菌薬に弱くなったりなどの現象も起こることがあるという。
実際に多剤耐性アシネトバクターという薬剤耐性菌に感染した男性が、ファジーセラピーによって昏睡状態から回復して退院したという例もあるという。なお目下のところ副作用はなく、その後も100例ほどの臨床が行われているとのこと。
難病治療への応用や、人工ファージの合成
さらにファージセラピーを難病治療に使用しようという研究も勧められている。慶應義塾大学医学部の中本伸宏准教授は、胆管が狭くなって肝臓にダメージを与える原発性硬化性胆管炎の治療法を研究している。従来は肝移植しか治療法がなかった。患者の腸内細菌を調べたところ、健康な人からは検出されないクレブシエラ菌が見つかったことから、これが何らかの形で病気を悪化させていると考え、この菌だけを狙い撃ちでファージセラピーで退治することを考えたのだという(抗生物質などなら他の菌も巻き添えにする)。マウスでの実験ではファージ投与でクレブシエラ菌は消滅し、肝臓の繊維化の抑制効果も見られたという。最終的にはこれを臨床につなげたいとしている。
さらに人工ファージの開発も試みられている。岐阜大学の安藤弘樹特任准教授は複数の細菌を退治できる人工ファージの開発を目指している。彼は大腸菌に感染するファージの足をクレブシエラ菌に感染するファージのものと入れ替えることで、クレプシエラ菌を攻撃出来るようになると考えたという。実際にこのファージはクレプシエラ菌をやっつける能力があることが確認されたという。さらにこの考えでさらに足の先端部分のみを入れ替えることで、大腸菌と食中毒菌の両方を退治できるファージを作り出したという。
薬剤耐性菌の登場は大きな社会問題となっているので、それを新規な抗生物質とは全く別の方向からのアプローチで対応するというのは非常に有用な研究である。何でもかんでも根絶やしにしてしまう劇薬である抗生物質(抗生物質が攻撃した後にはペンペン草も生えないというのは、「はたらく細胞」とかでターミネーターばりの表現されてますね)と違い、標的とする細菌にしか働かないのは特に多くの細菌が共生している腸内環境なんかでは重要な気がする。
ただ現状を見ていると、効果のあるファージを見つけ出すのがかなり大変で運頼み的なところがあるような印象を受けたのと、ファージ耐性菌もやっぱり生まれるという辺りが気になったところ。結局はこの方法も万能ではないので、他の治療法などと相補的に行うということになるんだろうか。まあ選択肢が増えるのは大いに結構だが。
忙しい方のための今回の要点
・薬剤耐性菌に対して、その菌に感染して死滅させるバクテリオファージを使用するファージセラピーの研究が進んでいる。
・日本では実際に薬剤耐性の緑膿菌に感染した犬の治療にファージセラピーが利用された例があり、世界では多剤耐性アシネトバクターで膵臓をやられて昏睡状態になった患者を、ファージセラピーで回復させた例もあるという。
・さらにファージセラピーを難病治療に利用する研究も進められており、原発性硬化性胆管炎を悪化させていると考えられるクレプシエラ菌をファージセラピーで撃退することで、肝臓の繊維化の抑制効果をマウスの実験で確認した。
・またファージを人工的に設計することで、複数の菌に対して効果のあるファージを合成する研究なども行われている。
忙しくない方のためのどうでもよい点
・それにしてもこのバクテリオファージって、何回見ても非常にメカニックな感じで、本当にこんなのがいるのかよって言いたくなるスタイルをしてますね。しかし顕微鏡で実際にこういうのが見えるというんだから驚きだわ。
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