教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

10/3 BSプレミアム 偉人たちの健康診断「睡眠を操る英雄ナポレオン」

 今回はヨーロッパに飛んでフランスの英雄ナポレオンがテーマ。現在のパリがあるのはナポレオンの都市計画によるものであり、良くも悪くも現在のフランスにも大きな影響を与えた人物である。

貧しい生まれから努力で頭角を現す

 ナポレオンはコルシカ島の生まれであるが、コルシカ島はフランス領とは言っても地理的にはイタリアに近い場所であり、そのせいで言語もイタリア語の方言であり、ナポレオンも幼少期にはフランス語を喋れなかったという。そのせいで陸軍幼年学校に入学した後も、ナポレオンは言葉のことで馬鹿にされていじめられっ子であったとのこと。

 しかし彼はそこで猛勉強に励む。いろいろな本を読みあさり、中国の兵法書まで読んだとのこと。ある時、生徒たちが二組に分かれて雪合戦をしていた時、ナポレオンは仲間たちに、最初は半分の者だけが雪玉で応戦してその間に残りの者が雪玉を作って蓄積し、相手が疲れた頃に一斉に全員で攻撃をかけるという作戦を提案、彼の組はそれで勝利を収め彼は仲間たちからも注目を浴びるようになったという。もっとも番組で触れていなかったが、このエピソードはナポレオンの英雄性を強調するために後世に創作されたものであるようだ。

 

フランス革命の中、独創的な戦略で指揮官として勝利する

 その後、フランスでは革命が勃発して社会は動乱状態になる。この期に乗じて諸外国がフランスに軍事介入、フランスの独立が保てなくなる危機に直面することになったが、この時に部隊を率いて外国軍を撃退したのがナポレオンだった。この時のナポレオンが実際に来ていた服が博物館に残っているが、ナポレオンは身長165センチと当時の標準で、その服地体はかなり地味なもの。しかしナポレオンの親衛隊は180センチ以上の大男を集めていたので、地味な小男が指を鳴らすだけで大男たちが一斉に整然と動くという様は相手方に不気味さを感じさせるものであったという。こういう心理効果まで駆使していたらしい。このようにナポレオンは様々な独創的な戦略を駆使して連戦連勝、一躍フランス国民のヒーローとなり、後に国民の圧倒的支持の元で皇帝に即位することとなる。

 

ナポレオンの発想の元となった? 睡眠習慣

 このナポレオンの躍進を支えていたのは彼の睡眠習慣であったというのがこの番組の解説。ナポレオンが建てた宮殿では執務室にベッドを置いてあり、ナポレオンはここで昼寝するのが習慣であったという。最近は昼寝が脳に好影響を与えることが注目されているが、特に昼寝することで新しい発想につながると言われている。これは人間の脳は睡眠中に記憶を整理するためで、その際に新しい記憶を古い記憶と結びつけるということが自動的な行われるのだという。この作業は無意識で行われるので、本人も意識していない新規な発想につながることがあるのだとか。これを追想法といって、ここで結びつけられる新規な記憶は寝る前に考えていたことなので、夜寝る時よりも仕事中に仮眠することの方が効果があるらしい。また人間の脳は睡眠不足になると機能が低下してくるが、その機能回復が図れるということで、昼寝で作業効率アップも期待できるとのこと。ただし長時間寝過ぎると夜の睡眠の質が低下するために、深い睡眠に陥る前の30分程度で切り上げるのが重要とのこと。夜の睡眠は脳内の老廃物を除去する効果があるので、夜の睡眠の質の低下は認知症などにつながる危険があるので、あくまで夜の睡眠に悪影響を与えないというのがポイントだとか。昼寝を寝過ぎないためには、寝る前にコーヒーを飲むのがお勧めとのこと。30分ぐらい経つとカフェインの覚醒効果が出始めるのですっきり目覚められるとのことである。

 要はネタに詰まったらウダウダと徹夜して考えるというのは一番最悪であり、そんな時は諦めてさっさと寝ちまうのが一番だということである。翌朝になって「あっ、そうか」というのは私も何度も経験している。だから私は今でもこのような原稿のネタに詰まったらさっさと寝てしまう(笑)。まあ回らない頭を無理矢理回してもろくな案は出ません。もっとも全く逆に脳が疲労の極限まで来ていて、ヘロヘロになった時にふと突拍子もないアイディアが湧くこともあるのですが、あれは何なんだろう? 妄想に近い状態の中から発想が出るという一種のヤク中状態? うーん、これはヤバそうだ。

 

ナポレオンの転落につながった? 早食いの悪習慣

 こうして権力の階段を一気に上り詰めたナポレオンであるが、しかしここから段々と落ち目になっていく。番組ではこの原因を彼の悪習慣に求めている。それは早食い。彼はかなりの早食いだったらしく、彼の召使いが「陛下はかなりの早食いで、胃が痛くなって倒れることもあった」と書き残しているらしい。彼は食事を8分で終えてしまっていた・・・とのことなのだが、よくよく考えると私もいつも昼食はこのぐらいだ。

 早食いは血糖値上昇に連動した満腹中枢の働きの時間差(満腹中枢が働くのに20分はかかるとか)のために食べ過ぎになって太る原因になるということは最近よく言われていることだが、実際に肥満率が高いグループほど早食いの者が多いらしい。ナポレオンも40ぐらいになる頃にはかなり太ってきていたという。なお番組ではこれを示すのに20代ぐらいの肖像と比較しているが、あの肖像はかなり美化が入っていることでも知られている肖像であるので、実際のナポレオンがあの年齢の時にあの肖像画通りのスリムで凜々しい男だったかには疑問はある。

 

早食いによる悪影響

 また早食いは肥満以外にも、かむことが減るので胃に負担がかかるという問題がある。番組はさらに一歩踏み込んで、かまないことによって脳の刺激が減って発想力が低下するということまで言っている。かむという行為は実際にはかなり複雑な行為であり(舌や頬をかまないようにするとか、諸々の複雑な制御を脳が行うことになる)、これは脳への刺激になるのだとか。実際にマウスの実験では歯を抜いたマウスは脳が萎縮して空間認知能力が低下することが分かっているし、高齢者にガムを2分間かんでもらったところ、2割の者に顕著な記憶力向上効果が見られたとしている。実際にこの頃からナポレオンは敗戦が増えてくる。

 とは言うものの、この時のナポレオンはまだ40才で高齢者と言うほどではないし、さすがにこれは言い過ぎの暴論だろう。実際は権力者になった奢りが出てくると言うことがあるだろうし、また若い頃は最前線の陣頭に立って軍を引っ張っていたのが、最高権力者となるとどうしてもそうはいかなくなるだろう。また当初は斬新なナポレオン戦略に翻弄された敵軍も、戦いを重ねるとそのパターンが分かって対応策も練ってくるだろうしという辺りが現実的な原因だと思われる。

 まあ理由はともかく、その後のナポレオンはロシア遠征で大失敗(いわゆる冬将軍にやられたというやつである)、多くの兵を失ったこともあってその人気及び権威は失墜、皇帝を退位することになる。

 

ナポレオンの命を奪った? 薬の飲み合わせ

 その後、エルバ島に流されるがそこから復帰して復位するもののワーテルローの戦いで敗北するといういわゆる百日天下の話があるのだが、番組では尺の関係かそこのところはばっさりとカットして、30秒天下になってしまっている(笑)。とにかくこれでナポレオンは絶対に帰ってこれないアフリカ沖の孤島セントヘレナに流される。

 ナポレオンはそこで孤独な生涯を送った・・・と思われがちだが、実際には家族や家臣なども引き連れており、結構豪勢な暮らしではあったようだ(もっとも監視付きであったのは間違いないだろうが)。番組ではここでの暮らしは実はナポレオンにとって初めての安らぎのあるものだったのではとしているが、それは彼本人に聞かないと分からないところではある。ただこの島に渡って3年後ぐらいから彼は脇腹の激しい痛みを訴え始め、島に渡って6年後に亡くなっている。死因は死亡後の医師の解剖結果から、胃がんとされているのだが、近年になって別の直接死因を主張する論文が登場したとのこと。その論文は「ナポレオンは医師によって殺された」というショッキングなものであるが、別に医師が暗殺したという意味ではなく、薬の飲み合わせで命を落としたという内容らしい。

 この時代の医療としては、とにかく不調がある場合には悪いものを体から出すのが一番と言うことで、嘔吐剤や下剤が処方されることが多かったらしい。ナポレオンも不調が現れてから日常的に嘔吐剤を服用していたという。しかし嘔吐剤の服用は低カリウム状態を招く。そこに死亡の2日前にさらに強力な下剤を服用しており、これで低カリウム状態に拍車がかかって低カリウム血症を起こしたのではないかとしている。低カリウム血症は心不全につながる。実際にナポレオン死亡後の所見では右の胸膜内に左よりも大量のリンパ液が溜まっていたことが記されており、これは心不全の症状と合致するとのこと。つまりは彼が胃がんを患っていたことは間違いないが、直接死因は薬の飲み合わせによる低カリウム血症からくる心不全だったのではということである。

 この薬の飲み合わせは現在でもポリファーマシー(多剤服用)として問題になることがある。例えば高血圧と糖尿病を持っている患者が、血圧を下げる薬を常用しているところに利尿剤を服用し、利尿剤にも血圧降下効果があることから低血圧で失神したなどという事例があるとか。また鼻炎薬と胃腸薬の併用も口の渇きすぎや便秘につながることがあるとか。現在では複数診療から来る薬の飲み合わせの問題などを避けるためにお薬手帳が導入されているが、これは常時持ち歩いていない者が多く「お薬手帳は?」「あっ、忘れました」となることが多いのが問題とのこと。最近はお薬手帳のアプリも登場しているので、それを使用するのも一手とか。

 

 以上、ナポレオンについて。いかにもこの番組らしい大胆な仮説も登場しましたが、おいおいそれは言い過ぎだろうというツッコミどころも満載でした(笑)。まあこの番組らしいところではあります。「これが歴史の真実だ」と声高に主張しているわけでなく、「こんな考え方あるかも」というスタンスなので、怪しい歴史扱いまですることはないですよね、呉座先生

tv.ksagi.work

 今回のは番組ゲストがしきりにナポレオンが行ったことでは民法の制定など、市民の平等な権利の主張をしたことが大きかったというようなことを言っていましたが、彼は恐らくナポレオンをこういう観点から見ている方なんでしょう。ナポレオンは結局は自分の権力を追求する形になってベートーヴェンなどを激怒させることになりましたが、一応はフランス革命の精神に則って、その考えをヨーロッパ全土に広げるという役割も果たしていたという一面もあったようです。だからこそ未だにファンも多いのでしょうが。

 

忙しい方のための今回の要点

・ナポレオンは執務中にも昼寝をしていたことが知られているが、これは追想法と言って、新しい発想を生み出すのには有効な方法として注目されているという。
・昼寝は深い睡眠に陥らない30分以内に切り上げるのが原則で、そのためには寝る前にコーヒーを飲むことなどがお勧めである。
・ナポレオンは早食いだったことが知られており、これが原因となって肥満につながったようである。またかむ行為は特に高齢者などでは脳の活性化に効果があることも知られている。
・セントヘレナ島に流されたナポレオンの死因は解剖の結果胃がんとされているが、近年の研究では嘔吐剤と下剤の併用による低カリウム血症からくる心不全であったという指摘も為されている。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・ナポレオンは最終的には皇帝になったのですから、ある意味では王族から民衆に権力を移管するというフランス革命の理念に反しているのですが、ナポレオン自身はそれに反してフランス革命の理念を体現しようとしていたという一面もあり、この辺りは実に複雑です。まあこの辺りからか英雄ナポレオンとは言われますが、独裁者ナポレオンとは言われませんね。彼は最終的には軍事的失敗で失脚しましたが、政治的には決して国民を弾圧して私腹を肥やすということをやってはいなかったということでしょうか?
・ちなみにフランス軍は伝統的に弱いことで知られています。イギリスと戦ってもドイツと戦っても、歴史的に見ると連戦連敗です。そもそもひねくれたフランス人(笑)は軍隊といった整然と団体行動をとる組織が向いてないという説があります(「右向け右!」と号令をかけると、一斉に左を向くのがフランス人だというジョークもあります)。だからこそ正規軍はとにかく弱いのに、これが正規軍敗北後のレジスタンス活動となるとやたらにしぶとくて強い(笑)。フランス軍が整然と他国軍に勝利を重ねたのはナポレオン指揮下の時ぐらいとも言われており、この辺りがナポレオンが英雄視される一因かもしれません。

 

次回の偉人たちの健康診断

tv.ksagi.work

前回の偉人たちの健康診断

tv.ksagi.work