教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

4/7 BSプレミアム 英雄たちの選択 「渋沢栄一 七転八倒の青春」

若き日の渋沢栄一の話

 渋沢栄一は新札のこともあり、今年は歴史関係の番組で散々取り上げられている。

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 どころか実はこの番組でも以前に取り上げている。

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 ただ前回の時は「論語と算盤」をテーマにして渋沢栄一の明治以降の財界人及び社会事業家としての側面を描いているので、今回はそれ以前の栄一の姿を描くことになる。ちょうど大河でのこれからの展開を予習するようなものであり、もろに大河連携になる。なお内容的には実際は上の番組で既にやられている内容なので新味はない。

 

攘夷運動に身を投じた若き日

 さて血洗島の藍玉農家の息子だった栄一は、若い頃から商売の才能を示し、10代で藍の買い付けなども任されるようになっていた。番付を作って巧みに農家を競わせて藍の品質を上げたりなど、後の経営者としての才覚を見せている。一方で栄一は幼い頃から親戚の尾高惇忠(大河にも登場しているあの空気読めない兄貴です)の元で学問を学んでいた。また読書が好きだったという。

 そんな頃に黒船来航という大事件が起こる。これが攘夷思想の盛り上がりにつながっていった。そして栄一はバカ代官に偉そうに金をたかられたことで世の中に対しての不満を持つことになる(大河にも登場しました)。あんなバカが偉そうに出来るのは藩がダメで、そもそもその上の幕府がダメなのだという考えに行き着く。

 世の中は桜田門外の変などさらに攘夷の嵐が吹き荒れる。23歳になった栄一は農閑期だけの条件で江戸に出た。道場などに出入りして最新の情報に触れる内に一端の攘夷テロリストに染まってしまった栄一は、倒幕を目指して惇忠や従兄弟の喜作と策を練る。そして立案したのが、高崎城を襲撃して武器を集め、横浜を焼き討ちして外国人を殺しまくるというかなり雑なテロ計画である。討幕運動のきっかけを作ろうと考えていたのだという。

 同志を集めて尾高家で計画の詰めを行っていた栄一達だが、京都の状況を視察してきた惇忠の弟の長七郎が栄一の計画に真っ向から反対する。京都で攘夷派が弾圧される状況を目の当たりに見てきた長七郎にすれば、栄一の計画は雑すぎたんだろう。

 

京に潜伏していた時に一橋家に仕官することに

 結局計画は頓挫したが、栄一は安穏とはしていられなかった。何しろ既に同志を集めたりしていたのだから、この計画のことがどこかから漏れると幕府に捕らえられる可能性があった。そこで栄一は喜作と共に京都に身を隠すことにする。

 京都に向かった栄一と喜作の道中の安全は、一橋家の平岡円四郎が家臣ということにして便宜を図った。平岡は栄一を見所があると考えていたという。京都で志士たちと交流していた栄一だが、長七郎が殺人事件を起こして捕らえられ、栄一の手紙が見つかったというのである。それは栄一が幕政批判を書き連ねた文であり、長七郎は倒幕派の疑いをかけられているという。そうして一橋家に栄一の件で確認が来たという。ここで平岡は栄一に考えはとりあえず脇に置いて、一橋家の家臣にならないかと持ちかける。

 ここで栄一の決断である。倒幕の意志をあくまで貫いてこれを断るか、それともとりあえず一橋家の家臣になるかである。しかしこれはゲストも磯田氏も家臣になるの一択、実際に栄一もそうした。この時はそうでもしないと栄一は逃げようがない。命あっての物種である。また磯田氏によると、栄一も自分だけなら華々しく倒幕テロリストして散ることもありえたが、長七郎を救わねばとなると一橋家に身を寄せるしか選択肢がないとのことである。

 しかし栄一は使える前に慶喜との直接の対面を求めたという。異例のことであるがこれは実現し、栄一は慶喜に「幕府の命脈はもう尽きた」などと率直に意見を言ったらしい。慶喜はただ頷いていたという。

 一橋家に仕えることになった栄一は一橋家の領地を回って経済力を高めたり、軍への志願者を募るなどのことを行って一橋家の強化に努めた。ここで栄一はその手腕を十分に発揮している。

 

慶喜が将軍になったことで思い悩む英一にパリ行きの話が

 しかしここで予想外のことが起こる。14代将軍家茂が死去し、慶喜の将軍就任が取りざたされることになったのである。栄一は幕府はもう滅ぶからと反対であることを慶喜に告げたらしいが、結局慶喜は将軍に就任する。倒幕を目指していた自分が幕臣になってしまった矛盾に栄一は落胆して、いっそのこと死んでしまおうかとまで考えたという。

 だがここで栄一に運命の転機が訪れる。パリの万国博覧会に派遣される徳川照武(慶喜の弟)の世話係としてパリに行かないかとの誘いだった。栄一を選んだのは慶喜だった。英一はこれを承諾することを即答する。

 パリに渡った英一はヨーロッパの文化を学んでいく。一方で日本ではその間に大政奉還が起こり、幕府軍は鳥羽伏見の戦いで敗戦して慶喜は謹慎する。この報を英一はヨーロッパで聞いた。英一が水戸藩主になる昭武の供で帰国した時には時代は明治となっていた。

 こうして帰国した英一は実業界で活躍していくことになるのである・・・。

 

 以上、渋沢栄一若気の至りのテロリスト編でした。英一企画のテロ計画は惇忠が声明文を書いていたらしいが、それが見事なアジ文書だという。多分に血気盛んな若者が勝手に盛り上がっていたんだろう。どう考えても計画が雑すぎて、恐らく実際に決行していたらすぐにどこかで頓挫していただろうと思われる。そうなると英一は捕らえられて処刑、「青天を衝け、完」である。

 まあ英一の素質を見ていたら、明らかにテロ計画を立てるよりは商売人として銭勘定することの方が長けている。結局はヨーロッパで経済なども学んできたことでこの才能が見事に花開き、明治の日本に大きく貢献したのだから、まあ人間の運命なんてどこで開けるか分からないものである。ちなみに英一と行動を共にしていたお調子者の喜作もやはり財界で活躍するようである(結構派手な失敗などもしたようであるが)。

 

忙しい方のための今回の要点

・若き頃から商売の才能を示していた渋沢栄一だが、攘夷運動の嵐が吹き開ける世の中で、彼自身も幕府体制に疑問を感じたことから討幕運動に傾倒することになる。
・そして横浜を焼き討ちするテロ計画を立案するが、これは長七郎の反対で頓挫する。計画発覚を恐れた英一は喜作と供に京に潜伏するが、長七郎が殺人事件を起こして捕らえられたことで、英一の倒幕運動が発覚する。
・この事態に一橋家家臣の平岡円四郎が一橋家に仕官することを勧め、英一はそれを了解する。
・一橋家の家臣となった英一は一橋家の強化に尽力するが、慶喜が突然に将軍に就任することになり、倒幕の意志のある英一は自らの立場に思い悩み死ぬことさえ考える。
・その時、慶喜から万国博覧会の使節の世話役としてのパリ行きを勧められ、英一はそれを承諾する。
・英一がパリに滞在中に日本では明治維新が起こり、明治になった日本に帰国した英一は後に財界で活躍することとなる。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・まあ人間の運命はどこでどうなるか分からないという話ですが、英一の場合は、本来行くべき方向に行ったと言うべきでしょう。まあ幸運であったとは言えると思います。

前回の英雄たちの選択

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